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第2話 あなたを救うために

(私を、救いに……?)


 突然の出来事に。私はパニックに陥りながらフリーズした。


「ふふっ、驚くのも無理はありません。ですがご安心を。私は怪しい者ではないですよ」


 怪しい。


 ……どう見ても、怪しい。


 宗教か何かの勧誘だろうか。いや、だとしたら家の中に侵入しているのはおかしい。


 なら泥棒? その割には一切顔を隠そうともしないし、妙に堂々としているけれど。


 彼女の容姿は……見たところ、高校生か。いや、もしかするともっと若いようにすら見える。


 百六十五センチある私より一回りほど小さい身長に、目の大きな童顔。それに加えて薄ピンク色のゆるふわウェーブがかったセミロングの髪も相まって、どこか子供らしい印象を受けるけれど。


 しかしそれでいて、女の私でも目を惹かれてしまうほどの大きな果実が、身につけているオーバーサイズのニットセーター越しにもよく分かるほど強く主張している。……あれで高校生は流石に無理があるだろうか。


 というか、それよりも。彼女の容姿に関して、もっと驚くべきところが二つ。


 それはズバリーーーーあの頭の上の輪っか(?)と、背中から広がっている二枚の、純白の翼だ。


 あれは、本物なのだろうか。


 ……いや、まさかな。


 困惑していると、


「気になりますか? この天輪と翼が」


「へ? はぁ……いや、まあ。はい」


 彼女はそう言って、どこか偉そうに。その大きな胸を張る。


 そして、その細い腰に手を当てて。むふーっ、と大きく鼻息を吐きながら。自己紹介を始めたのだった。


「私の名はミカエラ。天界順位第二千八百五十八位天使にして、迷える子羊を導きし者! 以後、お見知り置きを!!」


「……えっと?」


「お見知り置きを!」


「あ、ああ。はい」


「あと羨望の拍手を!!」


「えぇ……」


 ぱち……ぱちぱちぱち。


「むふーーーっ(^ν^)」


 乾いた拍手が響く。


 一体、どこからツッコめばいいのだろうか。


 とにかく、あまりにもツッコミどころが多過ぎる。


 えっと……て、天使?


 ″痛い″子? いやでも、コスプレにしてはあまりにもリアルすぎるように思う。


 だって輪っかは何かで固定されている様子が無いし、それに翼だって。彼女の感情に呼応しているのか、ぴこぴこと上下してとても自然に動いている。昨今の技術の進歩を考えれば不可能ではないのかもしれないが……


 そもそも、コスプレイヤーさんが家に不法侵入してるなんて状況は意味が分からないし。それならまだ、彼女が天使とかそういう超常的な存在だという方が納得がいく。どうやって入ったのかとかも、ほら。すり抜ける的な。天使ならそれくらいのことはやって見せそうなものだ。


 ……うん。一旦、そんな感じで呑み込もう。


 一から百まで質問していたらキリがない。それに……


(な、なんでもいいけど……早く出て行ってくれないかな……)


 それに何よりも。これ以上、せっかくの貴重な時間を奪われたくなかった。


 この二時間のために一体私がどれだけの苦労をしたことか。昨日終わらせられなかったクソ上司の仕事に加え、私の分と、また新たに追加された押し付け案件まで気合いでなんとか終わらせて帰ってきたというのに。


 正直、この人には一秒でも早く出て行ってもらいたい。そしてすぐにお風呂場へと直行したい。


 と、いうわけで。


「では、お出口はあちらです」


「むふむふっ。そうでしょう、嬉しいでしょう! こんなに可愛い天使さんがきてくれて、それだけでも救われたような気分でしょう! ……え? 今なんて言いました?」


「では、お出口はあちらです」


「ちょ、ちょっと待ってください!? お出口!? あなたまさか、私のこと帰らせようとしてます!?」


「では、お出口はあちらです」


「嘘ぉ!? ほ、本気ですか!? 天使さんですよ!? あなたを救いに来た神の使いですよ!?!?」


「……」


「むぅぅぅぅっ!!」


 おっと、まずい。


 帰ってほしいがあまり、ちょっと強引にし過ぎたかもしれない。


 頑として自分のことを追い出そうとする私に。どうやらそんな反応をされることは想定外だったのか、彼女ーーーーミカエラはぷくりと頬を膨らませながら、目を潤ませていく。


「私、天使なのに……こんなに、可愛いのに……っ!!」


「そ、そんなこと、言われましても……」


 まあ確かに、本人の言うとおり彼女の美貌は明らかに一般人の範疇を逸脱しているように思う。


 その整った顔も、人間離れしたプロポーションも。きっと世の男性たちが見たら放っておかないだろう。


 しかし生憎と、私は女だ。


 というか、もはやそういう問題でもない。


 私が同性愛者だったとしても、ここに来ていたのが彼女ではなくイケメンの男の人だったとしても。きっと状況は変わらない。


 今は、一人になりたいのだ。


「とにかく! ぜっっったいに帰りませんからね! 私には最高神様より賜った崇高な使命があるのです!」


「……他所でやってください」


「他所だとダメなんですよぉっ! いいですか!? さっきも言いましたが、私は″あなたを″救うためにはるばる天界からやってきたんですっ!!」


 救う……救う、ね。


 脳内で言葉を反芻させながら。嘆息する。


 今の私にとっては、一秒でも早くここから出て行ってくれることが一番の救いなのだが。


 どうやら、彼女にもそうはいかない事情があるらしい。


(仕方ない……か)


 彼女の言葉を信じるのなら、一応わざわざ私のためにここまで来てくれたみたいだし。流石にこのまま無理やり追い出すわけにもいかないだろう。


 それにもはや、こうやって立ち話を続けるほどの体力は残っていない。お風呂とはいかなくても、せめて。腰くらいは下ろしたいものだ。


「……はぁ。分かりました。じゃあまあ、その。お茶くらいは出しますよ」


「っ! やっと分かってくれたんですね!?」


 分かったというか、仕方なくというか。


 さっきまでの涙目から一転、ぱぁぁっ、と表情が明るくなったのを横目に。靴を脱ぎ、玄関扉の鍵を閉める。



 お茶っ葉、どこにしまったっけな……。

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