「ずずずっ……あち゛ゅっ!」
「だ、大丈夫ですか?」
「う゛ぅ。大丈夫れしゅ……」
ちょこんっ、と座布団の上に正座し、出されたばかりの湯呑みを啜って。彼女はその熱さのあまり身体を震わせると、真っ赤に火傷した舌を覗かせた。
そして、おもむろにその先端に左手の人差し指で触れると。舌足らずな言葉を呟く。
「ひーりんぐ……」
「っ!?」
刹那。指先が僅かに発光すると、その光が舌を包んで。一瞬にして、その色が正常なピンク色へと戻ったのだった。
(い、今のって……魔法?)
ぶっちゃけ、彼女が天使などという超常的な存在だということには未だ半信半疑なところがあったのだが。
「ヒーリング」とかいう今の光は、一瞬にして火傷を治してみせた。
まさに魔法と呼ぶに相応しい、超常的な力だ。やはり彼女は、本当に……
動揺していると、
「ふぅ。あっ、そうだ。美穂さん、私には遠慮せず、夜ご飯食べてくれて構いませんからね?」
「へ?」
「それ、買ってきたご飯でしょう? 冷めてしまってはあれですし。あと、もし熱くて舌を火傷してしまったら言ってください。ヒーリングかけてあげますから」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
向かいに腰を下ろした私が床に置いたコンビニ袋を見て、ミカエラさんはそう言うと。次は火傷しないようにふーふーしながらお茶を啜る。
夜ご飯に移れる雰囲気ではないと思いしばらくは食べることを諦めていたのだが。彼女がそう言うのなら、遠慮なく広げさせてもらうとしよう。
買ってきたものは、三つ。
普段は半額になっているおにぎりかパンを一、二個買って適当に腹を膨らませるのだけれど。今日は少し奮発し、コンビニのオリジナルブランドなナポリタンにホットスナックのチキン、更にはデザートのプリンまで購入しているのだった。
それらを袋から取り出し、テーブルの上に乗せていく。
コンビニでチンしてもらっていたナポリタンは未だ容器の上からでもほんのりも暖かく、その余熱によってチキンが冷めていることもない。まとめて入れられていたプリンにまで熱が届いているのはどちらかと言えばマイナスだけれど……まあ冷めたら不味くなるものでもないし。むしろ常温のプリンもそれはそれで、なんだか美味しそうな気がした。
「わぁ。どれも美味しそうですね」
「……なんか、私だけすみません」
「ふふっ、いえいえ。お気になさらず」
割り箸を割り、ナポリタンの入ったプラスチック容器の蓋を開ける。
ふわっ、と。酸味のある、美味しそうな匂いがその場に広がった。
「……じゅるっ」
「…………」
同時に。彼女の口元が緩み、一滴の涎が伝う。
ついさっきまで、お気になさらずなんて言って、我関せずな様子でお茶を啜っていたというのに。
蓋を開けた途端。その視線は、目の前のナポリタンに釘付けにされたようで……。
「ちょっと食べます?」
「い、いいんですか!?」
「ええ。調子に乗って買ったはいいものの、食べ切れるか怪しい量なので。取り皿持ってきますね」
「えへへ……ありがとうございますっ!」
ぺかっと眩しい笑顔に照らされながら。そう言って立ち上がり取り皿とフォーク、スプーンを取ってくると、ナポリタンの三分の一ほどを取り分けて。一緒に持ってきたスプーンとフォークと共に手渡す。
「いただきますっ!!」
「はい。じゃあ、私も」
ぱんっ。二人で両の手のひらをそれぞれ合わせ、合掌する。
そしてそれからすぐに、ナポリタンを口元へと運んで舌鼓を打った。
「〜〜っ!! お、おいひいれふっ!!」
「なによりです」
本当に、美味しい。コンビニで五百円というのは些か高いように感じていたが、確かにこの味なら納得だ。
昨今のコンビニ飯というのは日々進化を続けており、おにぎりやパンの質の高さはもちろんなこと、お弁当や丼物、麺類に関してはもう味で言えばそこら辺のチェーン店に引けを取らない。このナポリタンも、そのままそれっぽいお皿に盛り付ければお店で出しても違和感が無いくらいにはレベルが高いように感じた。
(ミカエラさんの口にも合ったみたいで、よかった……)
ーーーーさて。
そうして二人、共に少しずつお腹を満たしながら。
そろそろ、本題に入るとしよう。
「あ、あの。ミカエラさん」
「ふあぃ?」
まるで無邪気な子供のようにナポリタンを頬張り、しかしながら溢したり口の周りに付けたりなんてすることはなく、やがて「こくんっ」と細い喉から音を鳴らして。彼女は応える。
「ああ、そうでしたね」
一瞬きょとんとしていたが、どうやらすぐに私が声をかけた意図を理解してくれたらしい。
「さて、何から話しましょうかね……」
逡巡して、
「やっぱり、まずは私がここに来た目的からにしましょうか」
ぺろっ。少しだけはみ出た可愛い舌が、口元を舐める。
彼女がここに来た理由。
私が聞きたいことはごまんとあるけれど。確かに、まず一番に聞きたいのはそれかもしれない。
「私を″救いに″来た、って話でしたよね」
「ええ。そうですね……ではまず、私がここに来るに至った経緯からお話ししましょう」
そう言って、彼女の大きな瞳が私を見つめる。
これまでに見たことがないほどの……とても綺麗な琥珀色の瞳だった。
思わず、ごくりと息を呑む。
だが、そんな私の緊張とは裏腹に。彼女はまるで、それこそ神様が人間に語りかけるような優しい笑みと声色を纏って。
私に、問いかける。
「美穂さんは……現代における自殺者が何人に及ぶか、ご存じですか?」