星野美友紀には、鈴木詩織の考え方がまるで理解できなかった。
反論しようとしたその時、詩織が鋭く言い放った。
「だって、先生に賄賂を渡してるの、あなただけじゃないでしょ!」
この言葉に、美友紀はなんと返せばいいか分からなかった。
確かに彼女は「お願い」したことがないわけではない——だが、決して先生に不正を頼んだことはない!
せいぜい、クラスの問題発表で中島陽介と一緒に指名してほしいと頼んだくらいだ。
それも、たいしたことではなく、先生も半ば困りつつも受け入れてくれた程度。
正直、この学校でコネや手土産の一つも使ったことがない生徒なんていないだろう。
「黙ってるってことは認めるってことよ!今すぐ主任に……いや、校長先生に報告するから!」
詩織がそう言い終えると同時に、美友紀は思わず彼女の手首を掴んだ。
眉をひそめながらも、落ち着いた声で言う。
「私はそんなこと、していない。」
「白々しい!」詩織は手を振り払って嘲る。「やってないなら、なんで止めるの?結局、やましいことがあるからでしょ?」
「いい?今日こそ、私がみんなにあなたの本性を見せてあげる!」
星野を振り切ると、詩織は逃げるように駆け出していった。
「みゆき……大丈夫かな?」と、小林茉里が心配そうに美友紀の袖をつまんだ。
彼女の不安そうな顔を見て、美友紀は優しく手の甲を叩いた。
「私のこと、信じてる?」
「もちろん信じてるよ!こっそり優等生になってたのはちょっとムカついたけど、そんなことする人じゃないって知ってる!」
「だったら大丈夫。あとは結果を待とう。」
美友紀は、詩織のことも、先生に相談しに行くこともせず、静かに自分の席に戻り、また問題集に取りかかった。
その落ち着きぶりに、茉里はそわそわと周囲を見回すばかり。
「みゆき、本当に担任の先生に説明しなくていいの?」
「今、慌てて行ったら、言い訳しに行ったって思われるだけだよ。」美友紀は首を振った。「やってないことなら、調べられても平気。」
実は、試験前からこういう疑いが出るのは予想していた。
でも、物理コンテストに出る以上、「落ちこぼれ」扱いは脱ぎ捨てなくてはならない。
今のトラブルよりも、後から「渡辺雅彦のおかげ」と言われる方がよほど嫌だった。
私は飾りじゃない。絶対に、ただの飾りにはならない。
そんな美友紀の落ち着きとは裏腹に、教室の周りではざわめきが広がっていた。
ネットの掲示板でも非難の声があふれている。
茉里のスマホから、その無責任な書き込みを見て、美友紀はさすがに胸がざわついた。
人はどうして、見たこともない相手にこれほどまで悪意を向けられるのだろう?
彼女は、管理人に削除依頼をすることも、茉里に反論してもらうこともなかった。
ただ、誰かが「星野美友紀は退学になるか」というスレッドを立てた時だけ、茉里に「ならない」に賭けてもらった。
この学校で自分を信じてくれるのは茉里だけだと思っていた。
けれど——
彼女の味方は、もう一人いた。
……
一方その頃、鈴木詩織は仲間を引き連れて校長室へと向かっていた。
ドアの前でしばらく逡巡した後、意を決してノックをする。
すぐに、優しい声が中から聞こえてきた。
「どうぞ、お入りください。」
皆、深呼吸をして中に入る。
「リーダー」のはずの詩織は、なぜか最後に入って、部屋の隅で小さくなっていた。
「みなさん、何かご用ですか?」
校長は三十代半ばほどの落ち着いた男性で、柔らかな物腰と優しい声が印象的だった。常に微笑みをたたえ、親しみやすい雰囲気を持っている。
皆が一斉に星野美友紀のことをまくし立て始めると——
「少し静かにしましょう。」と校長が湯沸かし器のスイッチを入れながら言った。「大事な話のようですので、座って、代表の方に詳しく話してもらえますか?」
その言葉に、皆は少し反省した様子でおとなしくソファに座った。
「それでは……どなたが代表を?」
自然と、皆の視線が詩織に集まる。
この場を提案したのは彼女だからだ。
詩織ももう逃げられないと悟り、咳払いをして口を開こうとした——
だが、校長が先に口を開いた。
「あなた、どこかでお会いしたような気がしますね?」
詩織は気まずそうに笑った。
「はい、前にここでお話ししたことがあります。」
校長はそれ以上は言わず、微笑んでうなずいた。
「それで、今日は……?」
「うちのクラスにカンニングした人がいます。先生から答えを買ったんです!」詩織は堂々と言い放った。
しかし、その時、校長の表情に一瞬の不快感が走ったことに彼女は気づかなかった。
「この発言がどれほどの責任を伴うか、分かっていますか?」
「い、いえ……」
「もし本当なら、あなたは賞賛されるでしょう。でも、もし嘘だったら……」校長は眼鏡を直しながら静かに言った。「名誉毀損の罪を問われる覚悟はありますか?」
詩織は信じられないと言わんばかりにごくりと唾を飲み込み、しばらく迷った末に言った。
「で、でも……彼女の成績が信じられないんです……」
「どうしてですか?」校長は穏やかに促した。
「彼女、普段はいつも最下位なんです!それが今回いきなり満点なんて、不正以外ありえません!」
「本当ですか?」校長は少し真剣な表情になった。「他にも満点の生徒は?」
「いません。彼女だけです。」詩織は声を小さくした。「だから、先生から答えを買ったと疑っています。」
「実は、以前からこういうことがあったんです。」
ここまでの話なら、校長は興味深く聞いていたが——この言葉にはさすがに反応した。
「例えば?」
「先生に贈り物をして、クラスの男の子と一緒に発表するように頼んでいたんです。」
その理由を聞き、校長は少し困ったように首を振った。
「その生徒の名前は?」
「星野美友紀です。」