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第12話 偏愛と揺るがぬ想い

夕食は、賑やかな笑い声に包まれて終わった。

星野美友紀にとって、これは二度目の人生で初めて心からリラックスして楽しめた食事だった。

普段は家事をしない二人のお嬢様も、今日は一緒に野菜を洗い、料理を手伝い、最後には台所の片付けまでしてくれた。


ようやくテーブルに戻り、宿題に取り掛かると、星野美友紀と安西陽太はまるで競争するかのように問題集を解き始めた。

ページをめくる音と解答用紙を交換する音が、二人の集中力の高さを物語っている。


小林茉里はペンのキャップを噛みながら、不満げに二人を睨みつける。

「優等生たちはもう演技やめたの?一緒にだらけようって言ったのに、こっそり成長してるじゃん!」


その抗議に、星野美友紀は困ったように首を振った。

「じゃあ、私たちに追いついて、一緒に優等生になろうよ。」


「無理だよ、私は勉強向いてないし……」

小林茉里は机に突っ伏し、ペン先で答案用紙に落書きを始める。「私は女優になるの。大スターになるんだ!」


星野美友紀が顔を上げると、小林茉里の瞳はキラキラと輝いていた。

「本気でやりたいなら、絶対に叶うよ。」


その一言がまるで魔法のように小林茉里を元気づけた。彼女は勢いよく立ち上がり、リビングの真ん中で即興の演技を始めた。

時には傲慢な妃、時には冷遇された側室、時には気品溢れる令嬢、時には政略結婚の犠牲者――

役柄ごとに表情も仕草も見事に切り替わる。


「すごい!」星野美友紀は心から感嘆の声をあげた。

彼女の率直な称賛とは違い、安西陽太はしばらくじっと見つめてから、静かに言った。

「きっと有名になるよ。」


宿題が終わると、星野美友紀は物理の競技問題集を開き、安西陽太は自分で買った数学の問題を解き始めた。

小林茉里は手持無沙汰にスマホをいじる。


「せっかく一緒に遊べると思ったのに、また問題集か……」

「優等生とは話が合わないなー……」


そんなことをぼやいていたその時、スマホに通知が届いた。


【勝負終了、おめでとうございます。報酬が振り込まれました】


小林茉里は反射的に画面をタップする。

そして――


「うそ!やった!」


その叫び声に、星野美友紀と安西陽太は思わずペンを止めた。

星野美友紀は右目のまぶたがピクッと跳ねる。

まさか、また何かトラブル?


小林茉里がスマホを見せながら駆け寄ってきた。画面を確認して、星野美友紀はようやく胸をなで下ろした。

「賭けで勝ったお金?」


落ち着いた様子の星野美友紀とは対照的に、小林茉里は大興奮で何度もうなずく。

「自分で“稼いだ”こんな大金、初めてだよ!」


匿名掲示板の賭けは一人千円からとそれほど高額ではない。

でも、盛り上がっていたせいか、参加者が多く、しかもほとんどの人が敗者となり、最終的に賞金を分け合ったのは小林茉里ともう一人だけ。

分け前はなかなかの額になった。


「もう一人のラッキーな人って誰だろう……」

小林茉里のつぶやきに、星野美友紀はふと考え込む。


その時――

「それ、僕だよ。」

安西陽太がにっこり笑いながら、スマホの画面を見せてくる。そこには賞金が振り込まれた画面が表示されていた。


たちまち、みんなの視線が陽太に集まる。

「陽太?あなたも匿名掲示板やってたの?」

小林茉里は目を丸くする。


安西陽太は苦笑しながらスマホを渡した。

「勉強好きでも、世間から離れて生きてるわけじゃないから。」


二人のやりとりを聞きながら、星野美友紀は静かにペンを握る手に少し力が入る。

今の気持ちはどう表現すればいいのだろう。

少しの寂しさと、安堵が入り混じったような、複雑な心境だった。


軽く笑って、また問題集に集中した。


……


翌朝。登校の車に乗り込むまで、星野美友紀は二人に今日から研修に行くことを伝えなかった。


「急だね?」と安西陽太が眉をひそめ、星野美友紀の膝に甘える小林茉里を心配そうに見つめる。


「急ってほどでもないよ。前から決まってたけど、どう切り出したらいいか分からなくて」と星野美友紀は小林茉里の頭を優しく撫でる。

「一ヶ月だけ。大会が終わったらすぐ戻るから。」


「その間に、二人とももっと磨きをかけてね。芸能界は見た目だけじゃやっていけないよ。」


「でも、やっぱり寂しいよ……」小林茉里は声を震わせ、熱い涙を星野美友紀の肩に落とした。


星野美友紀は困ったように背中をさすった。

こんなことになるなら、先生に伝えてもらえばよかったかもしれない。

戻ってきても問い詰められるのは避けられないけれど、今この場よりはマシだったかもしれない。


小林茉里の涙が落ち着いてから、三人で校門をくぐった。


教室に入ると、廊下で中島陽介が険しい顔で立っていた。

星野美友紀は避けようとしたが、低い声で呼び止められる。

「君、今まで全部演技だったのか?」


幸い声は大きくなく、周囲には気づかれていないようだ。

説明のしようもなく、小さく「ごめん」とだけ呟いて、その場を離れた。


どう彼と向き合えばいいのか分からない。

でも、明日にはもうここを離れる。これ以上悩まずに済む。

彼と同じ空間にいるときは、強く惹かれる自分を必死で抑えるしかなかった。


休み時間、安西陽太がまた問題について相談しに来る。

話が終わると、すぐに女子たちが集まってきた。


「星野さん、本当に中島くんのこと諦めたの?」

星野美友紀はきっぱりと頷いた。

「もう諦めたよ。」


あまりにもあっさりした返事に、周りの子たちは一斉に興味津々で集まってくる。


「本当に勉強に集中するため?」

「物理研究会に戻って、ちゃんとついていけるの?」

「これから難しいことがあったら、教えてもらえる?」


……


「じゃあ、今はどんなタイプが好きなの?」


ここまではよくある質問だったので、多少きつい言い方でも丁寧に答えていた。

けれど、この最後の問いに、教室はいつの間にか静まり返っていたことにも気づかず、星野美友紀は考え込む。


「前は冷静で静かな人が好きだったかもしれない。でも今は……」

彼女は目を細めて微笑む。

「今は、私だけに情熱を向けて、ずっと私を守ってくれる、そんな人が好きかな。」

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