泣くか!?
なんで泣く!?
全くもってわからねえ。
俺は旧校舎の屋上に上がると自分専用のソファーに座ってタバコに火を点けた。
人間ってやつをある程度は理解したつもりだった。
しかし、さっきのマリアの涙は理解不能だ。
それに――
またもや俺様の顔を叩きやがった。
調子に乗りやがって。
なんだか何もかも頭に来るぜ。
腹立ちまぎれにソファーの背もたれを叩いた。
「校内は禁煙だよ。というより未成年が喫煙するのは違法でしょう」
耳触りの悪い声が聞こえた。
屋上の入口に忌々しい白神が微笑みながら立っていた。
「俺様に法もなにもあるか。俺様が法律だ」
「相変わらずだなぁ」
呆れたような顔を見せるとこっちに歩いてきた。
「なんの用だよ?」
「別に。たださっきのはなかなか面白かったよ。魔王ルシファーも形無しだね」
笑顔で言ってきた。
どうも人間どもはこういう笑顔が好きらしい。
俺から言わせればムカつくことこの上ない。
「おい。その名前で呼ぶのはまずいんじゃね―か?誰が来るともわからねえぜ」
「大丈夫。ちょっとの間、屋上には誰も来れないようにしたからね」
「ならいいか」
白神聖也。
こいつが大天使ミカエルの人間体だ。
「それにしても泣かしちゃダメでしょう?」
「知るかよ。勝手に泣いたんだからよ」
「まあ、おかげで僕は優しさをアピールできたけどね」
と、腕を組んで後ろに倒れた。
ミカエルの背中は地面につかず、なにもない空間でふわふわ浮いている。
そのまま脚を組んで続けた。
「人間は自分に優しい相手は無条件で“イイ人”と認識するからね。逆は“イヤな人”それがエスカレートすると“悪い人”か…… 善悪で判断すること自体が不完全な動物らしくて笑えるけど」
「だよな。だからオマエら天使は俺達以上に残酷だ」
「それは違うよ。この宇宙には本来、善も悪もない。あるのは主の意志だけだ。僕達天使はその意思に従うだけだよ」
「そいつはどうも」
こいつの言葉はどうも重苦しいというか行儀が良くてつまらない。
当たり前のことを当たり前に言いやがる。
「それから兄さん」
「兄さんは止めろ」
「どうして?僕達は兄弟みたいなもんでしょう?」
宙に浮きながら両手を広げておどけたように肩をすくめて言う。
「朝から瘴気がすごいんだけど気がついてるよね?当然」
「ああ。それがどうした?」
「悪いけど不快極まりないよ。これって兄さん目当てでしょ?」
「ふん。どうだかな」
そう言ったときに突風が吹いた。
熱気をはらんだ突風。
そして太陽が陰りあたり一面が真っ暗闇になり黒雲が不気味に渦巻いてきた。
「チッ・・・現れたか」
渦巻く雲の中心、空がまるでガラスのように砕け散った。
空間が裂けた。
その裂け目から巨大な青白い炎が噴き上がった。
青白い炎はやがて人の顔のようなものを形成する。
魔神の王、大魔神アーリマン。
空間の裂け目も、禍々しいアーリマンの姿も人間には見ることはできない。
アーリマンは俺たちにしか見ることのできない姿と声で話しだした。
「グフフフフ… 久しぶりだな~ ルシファー」
瘴気をまき散らしながら俺の名前を呼ぶ。
「そうか?」
「牢獄を脱け出してここに何しに来た~?しかも不倶戴天の敵と一緒に」
俺とミカエルがこうしているのがよほど不思議なんだろう。
まあ俺達の関係を知っている者から見ればあり得ないツーショットだからな。
「別に。オマエには関係ねえよ。失せな」
「黙れぇッ!!!」
獅子の咆哮にも似たその叫びは大気を震わせた。
「ここは俺の星、俺の庭だぞ!!勝手は許さん!!」
するとミカエルが口をはさんだ。
「勘違いしたら困るな。この宇宙は“主”が創った。この星もね。当然、君も“主”の御力によって生まれた。この宇宙に君の庭なんてものはないよ。どこにもね」
「やかましいわ!!」
ミカエルの言葉に怒ったアーリマンは叫びとともに熱風を吹き荒らした。
「ルシファーよ!聞けぇい!!」
「なんだ?」
「答えたくなければそれでいい。だが我の眷族が貴様の目的をつきとめて邪魔をするだろう」
「やってみろ!そのときはてめえら皆殺しだ!」
「改めて言っておく。我ら全員、貴様への恨み骨肉にしみ込んでおる。そのことを忘れずに行動するんだな~」
言うだけ言うとアーリマンは避けた空間に戻っていった。
そして太陽は顔を出し黒雲はかき消え、もとの青空に戻った。
吹き荒れた熱風はそよ風にもどっていた。
「さすが兄さん。大分嫌われてるね」
ミカエルが笑いながら言う。
「ふん。いざとなれば闘うまでよ」
俺は“主”と戦ったあと、地球(エデン)に来たことがある。
アーリマンはそのときに戦った相手だ。
地球(エデン)がこの宇宙に誕生したとき、残りカスのようなものが闇に闇にと沈んでいった。
それはちょうどこの世界の裏側。
そこから産まれたのがアーリマン達だ。
俺が来たときに、まあ……
余所者は帰れみたいな言いがかりをつけてきやがった。
だから奴ら一族まとめて相手をしてやったのさ。
そのときの戦いで力を使い果たしたアーリマン達は動けなくなった。
俺様が本気を出せばこんなものよ。
「マリアのこと、感付かれたらめんどうだね」
「ふん。めんどうじゃ済まなくなるな」
「断っておくけどとばっちりだけは勘弁してよ」
ミカエルは両手を広げて言った。
「そうはいかねえよ」
「えっ」
「俺がアーリマンで、俺達が来た目的がマリアにあるとしたらマリアを殺すだろうな」
「そんなことをしても何もならないよ。いずれ全てが無に帰す」
「おまえらが望む“新創世”もできなくなる」
「それは兄さんの望みでしょう」
ミカエルが俺の中を覗き見るような視線を向けた。
「確かに。だがそれは俺様の手で成し遂げなくては意味がねえ。下等な魔神どもの出る幕じゃねえよ。おまえだって新しい宇宙とやらは自分で作らせなけりゃ意味がね―んだろ?」
ミカエルはため息をつく。
ふふん。
さっきまでの小馬鹿にしたような笑みも消えたか。
「まあいいや・・・そろそろ僕は退散するよ。この薄汚い校舎は僕には似合わない」
ミカエルは笑顔で言うと背を向けて校舎の中へ入っていった。
思い切りソファーの背もたれに身体を預けると新しいタバコを取り出すと火を点けた。
空に向かって煙を吐くとあっという間に風に流された。
魔神どもが復活したのか。
またぶっ殺せるかと思うと嬉しくてゾクゾクするぜ。
しかし何億年経ってもアーリマンの野郎はわかってねえな。
“俺の庭”じゃねえ。
この地球(エデン)も宇宙も俺、ルシファー様のものだってことを。
今度できっちり叩き込んでやるか。
それにしても……
なんで泣くかねぇ?
頭の中にマリアの泣き顔がチラついた。
目下、俺にとっては魔神どもなんかよりマリアの方が重要だった。
クソッ!!