漆黒のメルセデス・マイバッハが夜の闇を切り裂くように疾走していた。
あまりのスピードに、私はシートにしがみつくのが精一杯だった。
震える指で紙を広げた瞬間、頭のてっぺんから氷水を浴びせられたような冷たさが全身を貫いた。ほんのわずかな時間で、彼は私の全てを調べ上げていた。今や、私の最も弱い部分が完全に彼の掌の中にある。
どれほど走ったのか分からない。突然、「キィッ――」と鋭いブレーキ音が響き、車が激しく止まった。
その衝撃でフロントガラスに頭をぶつけそうになった私を、彼の腕がまるで鉄のように抱きとめる。次の瞬間、彼は座席を急に倒した。無防備な私はそのまま後ろへ倒れ込む。
「高橋啓介に渡す前に、俺が好きなだけ楽しませてもらう」
彼は冷たい笑みを浮かべ、私に一息つく隙も与えなかった。
車はどうやら海辺に停まっているようだった。窓の外から、荒々しい波音が車内の息苦しい空気を覆い隠していた。
どれほど時間が経ったのか、私は泣きながら懇願した。
「もうやめて……本当に無理……」
「もう音を上げるのか?」彼は嘲るように言う。「お前がまだ未成年だった頃は、これだけじゃ済まなかっただろ」
「藤原優美との約束を忘れたの? こんなことして、彼女に顔向けできるの?」私は必死に訴えた。ただ、彼がこの苦しみを止めてくれることだけを願って。
彼の動きがほんの少し止まった。
責め苦はそこで終わったが、私の心は彼の冷たさに大きな穴が空いたままだった。どうやら、彼は本当に藤原優美のことを気にしているようだった。
「彼女に近づくな。もしまた何かあれば、お前を地獄に落としてやる」
彼は低い声で警告した。
「分かった……ありがとう」私は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「ありがとう? 誰が終わったと言った?」
彼の唇が不敵に歪む。
その瞬間、私は恐怖に目を見開いた。
新たな責め苦が私を襲った――
……
夜明け前、私はほんの一瞬だけ意識を失っていた。気が付くと、彼が私に服を着せてくれていた。
ぼんやりとした意識の中、車は山道を登っていくのが分かった。
車が止まり、私はようやく目を覚ました。
瀬川達也の腕が伸びてきたので、私は怯えた小鹿のように身を引いた。
「シートベルトを外すだけだ」彼は私を一瞥し、軽蔑のこもった声で言った。「こんな場所でお前に触れる気はない。汚らわしい」
車を降りると、そこが静かな個人墓地だと気づいた。
彼の言う「汚い」とは、この場所を私が汚すという意味だったのだ。
朝の細雨が降り、山の霧が青々とした松を覆う。
墓石の前に立つと、雨が急に強くなった。
自分の頬を濡らしているのが雨なのか涙なのか、もう分からないほどだった。
彼は突然、私の背中を押した。私はそのまま冷たい石段にひざまずいた。
「瀬川さん……あなたのお墓、ここに移されていたんですね……どうりで探しても見つからなかったはず……」
私は声にならないほど泣き崩れた。あの事件は私の人生で最も悔やんでいることだ。もしできるなら、私が代わりに死ねばよかった。
こんな風に、惨めに生き長らえるくらいなら。
「母さん、あなたを苦しめた犯人を連れてきたよ」
背後から、瀬川達也の冷えきった声が聞こえてきた。その一言一言が、私の心に鋭く突き刺さる。
「達也……」私はそっと彼の名を呼んだ。
あの事件以来、一度も口にしなかった懐かしい呼び方だった。
彼は何も答えなかった。ただ、私の肩に置かれた手がぎゅっと強くなった。
「約束します」私の絶望的な声が雨に消えていくのが自分でも分かった。
彼は黙ったままだった。「私は高橋啓介と寝ます。そして瀬川拓真にも見せつけます。でも本当に知らなかったんです……彼があなたの息子だなんて。ごめんなさい。彼とは別れます。贖いのためなら、何でもします。この壊れた身体なんて、もうどうでもいいんです」
「瀬川さん……あの日、本当は何があったんですか? 教えてください、なぜ……なぜこんなことになったの……お母さんは事故で亡くなり、あなたもいなくなり、お父さんはいまだに意識が戻らず、藤原織物も潰れてしまって……」
私は冷たい墓石を抱きしめ、泣き崩れた。
今や、私は何もかも失ってしまった。
七年前、あの暑い夏の日が、すべての悪夢の始まりだった。
その時、私はまだ十七歳だった。