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第22話 永遠の別れ、深淵へ

明らかに、彼は私のタクシーを追いかけてここまで来たのだ。


目前に広がる凄惨な光景に、彼もまた驚愕して立ち尽くしていた。


激しい雨が降りしきり、視界はぼやけている。涙なのか雨なのかも分からず、達也の整った顔にどんな表情が浮かんでいるのかさえ見分けられなかった。


突然、私は胸の奥から絞り出すような叫び声を上げた。


悲しみと怒りが、あふれ出す濁流のように激しい風雨さえもかき消していく。


「遥子、落ち着いて!」

瀬川達也が私に駆け寄ろうとする。


「来ないで!」

私は完全に取り乱し叫んだ。

「達也!これで満足?満足したの?!」


胸の痛みだけでなく、下腹部にも激しい痙攣が走る。その痛みは骨の髄まで突き刺さり、まるで全身の皮膚が引き裂かれるようだった。

突然、温かい液体が下腹から流れ出す。手を当てると、粘つく湿った感触。

私はすぐに悟った——それが血であり、お腹の子の命が流れていく証だった。


達也が慎重に私へ近づこうとする。


私は皮肉な笑みを浮かべ、血で濡れた手を彼の前に突き出した。雨が容赦なく血を洗い流し、生ぬるい鉄の匂いが湿った空気に広がっていく。


「達也、私と拓真は一度も関係を持ったことなんてない。キスすらしていない。これはあなたの子よ。あなたの望み通り、子どもは……いなくなった。そうよ、この世界に生まれるべきじゃなかった。」


「遥子、実は俺……」


彼の瞳には、何かを必死に堪えるような痛みが浮かんでいた。


その姿が、私にはたまらなく皮肉に思えた。今さら何を演じているの?


私は冷たく彼の言葉を遮る。


「達也、そうよ、私は瀬川さんに命を借りている。その恩は返せない。自分の潔白を証明し、真相を探そうと必死だった。でも……」


私は言葉を切り、哀しくも絶望的な笑みを浮かべた。


「だけど、ふと気づいたの。全部、意味なんてなかったって……」


私は手を伸ばし、彼の美しい顔にそっと触れた。指先が鋭い眉をなぞる。


彼は拒まなかった。ただ私を見つめ返し、その瞳に複雑な感情が渦巻いていた。


「私がしてきたことは、全部、あなたの心を取り戻したかったから。でも、なんでそんなことをしようとしたのか……私、馬鹿だった。あなたは私を愛してなんかいない。ただ嫌悪と憎しみしかなかった。私がどれだけ頑張っても、意味なんてなかったのに……」


彼が何か言いかけ、唇を開いた。


私はそっと人差し指で彼の唇に触れさせ、言葉を遮る。冷たい雨の中、その形をなぞるように何度も指を滑らせた。


「達也、私の人生で一番後悔しているのは、たった一つ。」


私は彼の瞳をじっと見つめる。


「七年前、鎌倉の湖畔であなたを助けたこと……そして、あなたを初めて見た瞬間にどうしようもなく恋に落ちてしまったこと。その時から、私はもう抜け出せない深い深い闇に落ちてしまった……」


私は大きく息を吸い、唇の端を必死に上げて、最後の微笑みを彼に残そうとした。


この笑顔だけは、彼の記憶に深く刻まれることを願って。


彼は私を見つめ、喉が上下するが、もう何も言えなかった。


雨がすべてを霞ませ、夜闇が墨のように濃く、私はもう彼の表情を見分けることができなかった。


お腹の痛みはどんどん強まり、私は子どもが完全に離れていくのを感じていた。


もう片方の手で彼の顔を両手で包み、身体をそっと近づける。


体力が急速に奪われ、視界が暗くなっていく中、私は最後の力を振り絞り囁いた。


「達也……私はもう何も持っていない。あなたへの借りは……もう返したわ。どうか……あなたとその純粋な白百合が、末永く幸せでありますように。どうか……来世では二度と会いませんように。」


そう言い終え、私はつま先立ちになり、彼の冷たい唇にキスをした。


そのキスは苦く、血と雨の生臭さだけが混じり、甘さはどこにもなかった。


私は深く彼に口づけながら、心の底から絶望が溢れていた。


彼がそのキスに応え始めた瞬間、私は突然全身の力で彼を突き飛ばした。


彼が驚いた隙に、私は振り返ってエンジンのかかったままの車に駆け込む。


振り向いて、ただ一言だけ冷たく告げた。


「瀬川さん、これで本当にお別れです。」


暗い夜の中、彼の顔が愕然とした表情に染まるのが見えた。


私は安堵にも似たかすかな微笑みを返し、車に乗り込んでアクセルを踏み込んだ。


車は矢のように、焼け焦げた廃墟へと突っ込んでいく――。


「遥子――!」


激しい雨が、すべての叫びを飲み込んでいく。


お父さん、お母さん、瀬川さん……今そちらへ行きます……


この世界に、もう私が未練を残すものなんて何もない。


生きることは、私にとって、ただ終わりのない苦しみでしかなかった。


すべての愛も憎しみも、この豪雨の中で終わりにしよう。


もう、何も大切じゃない。


「ドン――!」

大きな衝撃音とともに、車体は無残な壁に激突した!


最後の意識の中で、エアバッグが勢いよく膨らみ、私はほとんど気絶しそうになる。ぼやけた視界に映るのは、崩れ落ちる廃墟が黒い波のように押し寄せてくる光景だけ……


すべてを、完全に埋め尽くしていく……


やっと……終わりにできる。

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