実は、私はすでに二日ほど前に目を覚ましていた。ただ、現実に向き合いたくなかっただけだ。
ここがどこかは分かっている。東京都中央病院の特別室だ。拓真もこの病院に入院している。
瀬川達也が現れるたび、私は眠っているふりをしていた。
自分がどのくらい昏睡していたのかも、どうやって助かったのかも分からない。ただ今は、もう体の痛みもなく、残っているのは心の虚しさだけだった。
下腹部の重苦しさも消えた。きっと、子どもはもういないのだろう。
「ハルコ、君が目を覚ましているのは分かってるよ。」瀬川達也がため息をつきながら言った。「看護師さんが、君が何も口にしてないって。スープ、温かいうちに飲んでね。ここに置いておくよ。」
私はゆっくりと目を開けた。
目に映ったのは、包帯だらけの彼の両手。やつれて、目の下にくまができている。
私が目を覚ますと、彼の目に一瞬だけ喜びがよぎり、私をそっと起き上がらせてくれた。
「感謝するつもりはないわ。」私は冷たく言った。生きている意味なんて見いだせない。大切な家族を失い、復讐したところで何が残るのだろう。
「ハルコ、僕は……」彼は私を後ろから抱きしめた。「必ず、君に全て説明するよ。」
温かいキスが首筋に落ち、彼の息が肌をかすめる。
「無茶はしないで。お願いだから、一度だけ僕を信じてほしい。君がいなくなりそうで、本当に怖かったんだ。」
彼はスープを一さじすくい、私の唇に運んでくる。
澄んだスープを見つめていると、父が私を大事に大事にしてくれた日々が思い出される。涙がぽろぽろと落ち、次々とスープの中に落ちていき、彼の手の甲にもはねた。
彼は慌てて、スープを置き、私の涙を拭こうとしたが、かえって涙は止まらなかった。
「ハルコ、泣かないで。もう少しだけ時間をくれたら、僕はきっと――」
その時、携帯の着信音が会話を遮った。彼は眉をひそめ、包帯を巻いた手で苦労しながら携帯を取り出す。
画面には「最愛ユミ」と表示されていた。
私はそれをはっきり見た。
彼は私の視線に気付き、気まずそうにすぐ電話を切り、私を抱き寄せようとした。
「ハルコ、これは全部彼女の罠で――」
私は体をそらし、冷たく遮った。「瀬川さん、もう説明はいりません。私たちはそんなに親しいわけじゃないですし、疲れました。帰ってください。」
「ハルコ――」
「それと、」私は無理に笑った。「もし私が何か誤解させるようなことを言ったのなら、全部忘れてください。昔の藤原晴子は、もういません。」
「ハルコ……」
再び携帯が鳴り出した。誰からか、見なくても分かる。彼はしばらく迷った末、今度は切らずに「後でまた来るから、待ってて」とだけ残し、慌ただしく部屋を出ていった。
私は静かにベッドのヘッドボードにもたれ、ただぼんやりしていた。
しばらくして、清掃のおばさんが部屋に入ってきた。手をつけていないスープと、ぼんやりしている私の様子に、思わず声をかけてきた。「お嬢さん、少しは食べなきゃだめだよ。若いんだから、どんなことだって乗り越えられるさ。あんたを瓦礫の中から素手で何時間も掘り出したあの人に、こんな姿見せていいのかい?両手、血だらけだったんだよ。」
私は少しだけ眉をひそめた。
彼、だったのか?
もう、誰でもいい。彼とは、もう二度と会うことはないだろう。
少しだけ休み、無理にでも少し食べてから、ベッドを降りた。体調は思ったより戻っている。瀬川拓真の特別室は同じフロアにある。私は彼の様子を見にいくことにした。
長い廊下を抜けて、彼の病室のドアを開けた。
彼はまだ眠っていた。穏やかな顔で、静かに息をしている。
初めて出会った日のことがふと思い出され、口元がほんの少しだけ緩んだ。
私は彼の手をそっと握り、優しく撫でた。「拓真、早く目を覚ましてね。これからは……もう、あまり来られないかもしれない。近いうちに、東京を離れるつもり。」
「どこへ行くかは、まだ決めていないけど。」
「鎌倉に戻ってみたいな、なんて思ったりして。もしかしたら、最初にそこへ行くかも。」
「拓真、お大事に。」
「拓真、さようなら……」
気づけば、前のシャツが涙で濡れていた。立ち上がって部屋を出ようとしたその時――
指先が、かすかな力で握られた。
心臓が激しく高鳴る。
まさか……