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第25話 窮地

医師はすぐに再び駆けつけてきた。


瀬川拓真を詳しく診察した後、慎重な口調で言った。「神経反射は確かにあります。ただ、事故で脳に損傷を受け、長期間の昏睡もあったため、今後の経過は予測できません。どうか希望を捨てず、きっと回復の可能性もあります。」


医師が去った後、拓真の落ち込みはさらに深くなった。


達也は黙って立ち尽くし、慰めの言葉も見つからず気まずそうだった。


私は水を一杯注いで手渡し、静かに声をかける。「拓真、今の医療はとても進んでいるわ。きっと元気になれる。目覚めただけでも、大きな山を越えたのよ。」


その時、拓真は突然激しく感情をあらわにし、水の入ったコップを振り払った。「こんな体なら、いっそ事故で死んだ方がよかった!」


「きゃっ!」水が私にかかり、思わず後ずさる。


背中が達也にぶつかる。彼はとっさに私の肩を支え、ティッシュで拭きながら、「ハルコ、やけどしてない?」と言ったが、すぐに自分の行動に気づき、動きを止めた。


私はすぐに身を引き、「大丈夫、自分でやるから」と答えた。


その様子が拓真の心を深く傷つけたのか、慌てて私を引き寄せ、震える声で言った。「晴子、ごめん…わざとじゃないんだ。本当に苦しくて…でも絶対に君を傷つけたりしない!」そう言いながら、自分の足を叩こうとする。


私はあわてて止めた。「だめ、拓真、私の方こそごめん。」


「晴子、僕にはもう君しかいないんだ。お願いだ、僕を置いていかないでくれ。」彼はしがみつくように私を抱きしめ、なかなか離そうとしなかった。


「拓真、私…」


横にいる達也を見ると、彼は眉間に深いしわを寄せ、目を伏せていた。


「晴子、君はもう僕のことを嫌いになったんだろ?」拓真は今にも壊れそうな声で、「僕がこんな体になったから…自分自身ですら嫌悪してるのに。こんなことになるなら、死んだ方がマシだった!」と叫んだ。


取り乱す彼を私は急いで抱きしめてなだめる。「拓真、落ち着いて!私は行かない、絶対に行かないから。お願い、そんなこと言わないで。」


やがて、拓真は少しずつ落ち着きを取り戻した。


彼は私を見つめ、切実な思いで言った。「退院したら、一緒に家に帰ってくれないか?そばにいてほしい、晴子。」


私は断りきれず、重い気持ちを抱えながらうなずいた。


彼と一緒に家へ戻る…それがどういう意味か、私には分かっていた。


でも、彼が寝たきりになったのは私のせい。私だけ逃げるなんてできない。


「…うん、約束するよ。」私は歯を食いしばって応えた。


「ハルコ。」達也は何か言いかけたが、ただ拳を握りしめて耐えていた。最後に低い声で、「じゃあ、俺は先に帰るよ。拓真、ゆっくり休んでくれ」とだけ言って、部屋を出ていった。


……


数日後。


私はキャリーバッグを引いて、瀬川家へ向かった。


以前、熱を出したときに拓真に連れてこられたことがあるが、まさかもう一度この門をくぐるとは思ってもみなかった。


東京でも有数の名家である天城グループの当主、瀬川家の邸宅は想像を超えるほど豪華だった。噴水、林道、プール、テニスコートまで何でも揃っている。


ところが門の前で、私が最も顔を合わせたくない人物と鉢合わせした。


藤原優美だ。


「この下賤女、なんでまだ生きてるのよ!」優美は私を見るなり、怒鳴りつけてきた。まるで品位のかけらもない。


私が淡々と首を振ると、「優美、私は一度死んだわ。でも閻魔様は私を迎えてくれなかったの。きっと、あなたたちの悪事を暴けと言われてるんだと思う。」


優美は私の服を掴み、「あんた、達也に何を吹き込んだの!?」と詰め寄ってきた。


私は冷たく笑った。「そんなに怖いの?」


優美の目には毒のような憎しみが宿る。「藤原晴子、あんたが何を騒いだって、もう証人は誰もいない。どう足掻いたって無駄よ!」


「ふん、そう思ってるなら、なぜ今そんなに怯えてるの?」私は彼女の手を払いのけ、皮肉な笑みを浮かべた。


「いい気にならないで!若様に取り入ったからって、のんきに暮らせると思うな!」優美はそう言い捨てて立ち去ろうとした。


「待ちなさい、優美。天は見ている。必ず報いはあるわ。私が地獄から這い上がってきたのは、あなたの悪夢の始まりよ。」私は彼女の去っていく背中に、しっかりと言い放った。

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