その夜、瀬川拓真が私の部屋にやってきた。
すでに籍は入れたというのに、今この瞬間、私は言葉にできないほど気まずさを感じていた。
拓真は微笑みながら提案する。「晴子、俺の部屋に移らないか?それとも、俺がここに来てもいい。君の好きなように。」
私は戸惑い、心の準備がまったくできていなかった。
「拓真、私……まだ覚悟ができていなくて。」
「僕たちは夫婦だろう?」彼は手招きして私を呼んだ。
近づいた瞬間、私は彼に強く抱き寄せられ、そのまま強引にキスされた。
慣れない彼の匂いに戸惑い、本能的に拒み、強く歯を食いしばった。
私の抵抗を感じ取った拓真は、突然私を乱暴に突き放した。
初めて見る彼の剣幕――目は真っ赤に充血し、今まで知っていた穏やかな拓真とはまったく違っていた。
「瀬川達也に触れられるのは平気なのか?俺の何が劣っているっていうんだ!」
彼は車椅子から身を乗り出し、私を力いっぱい押さえつけた。
「違うの!時間が欲しいだけ、拓真!約束したでしょう!」この姿の彼が怖くてたまらなかった。
「約束?この契約のことか?」彼はポケットからあの二年契約書を取り出し、冷笑した。「晴子、お前は本当におめでたいな。こんな紙切れ、何の意味もない!」
私は呆然と彼を見つめた。
彼は契約書を高々と掲げて、容赦なく細かく引き裂いた。紙片が雪のように舞い、冷たく突き刺さる。
「やめて、拓真!」あまりの変わりように胸が痛んだ。彼は本当はこんな人じゃないのに。
「やめろ?じゃあどうすればいい?!お前たちがこそこそ会うのをただ見ていろと?藤原晴子、法的にもお前は俺の妻だ。体も心も、全部俺のものだ。今ここでお前を――」
「嫌!やめて!」私は必死に抵抗した。
「まだあいつのために貞操を守るつもりか!」彼は怒鳴った。
衣服が引き裂かれ、胸元に赤い痕が浮き上がる。
心が砕けそうになる――それは昨夜、瀬川達也と……
「パチン!」
頬に激しい痛み。気づけば、拓真の平手が私の顔を打っていた。
私は呆然と立ち尽くし、彼もまたその場で動けずにいた。
「晴子、俺……そんなつもりじゃ……」
揉み合いの最中、急に下腹に激しい痛みが走り、冷や汗が全身を濡らした。
「拓真、医者を呼んで……痛い……お腹が……」
拓真は動揺し、慌てて家の医者を呼び寄せた。
田中先生が診察し、私に注射を打った後、拓真に微笑んで言った。「若様、奥様のお腹の子は無事です。ただ、もう二度と無理をさせないでください。この子を失えば、今後はもうお子さんに恵まれないかもしれません。」
まるで雷に打たれたようだった。信じられない――子どもが、まだいたなんて!瀬川達也はなぜ黙っていたの?彼は何を考えていたの?
でも、今は……私はどうすればいいのだろう。
田中先生を見送った後の部屋は、ひどく冷え込んでいた。
私は無意識に身震いした。
時計の音だけが響き、沈黙が神経をじわじわと締めつける。
どれほど時間が経ったのか。
拓真が突然、車椅子から立ち上がり、ゆっくりと私に近づいてきた。声は氷のように冷たい。
「その子は産んでいい。どうせこれからも、俺の子を産んでもらうんだから。」
私は彼の足を見つめ、驚きで声を失った。「足が……嘘だったの?」
拓真は鼻で笑った。「騙して何が悪い?藤原晴子、絶対にお前を逃がさない。」
「お前たちが俺にしたこと、必ず倍にして返してやる!」
彼はますます激しくなり、赤い婚姻届受理証明書をベッドに叩きつけた。
「俺のものは、何一つ渡さない。お前も、瀬川達也も、絶対に!」
頬の火照りが消えないまま、私は床に落ちた赤い証明書を拾い上げた。
目を刺すような真紅。「婚姻届受理証明書」の文字が、眩暈がするほど痛かった。
まさか、拓真がこんなにも簡単に約束を破るなんて。
そして、この赤い証明書が、私の人生を縛る鎖になるなんて。