この世界は近世ヨーロッパに近いようだった。
魔法などの要素はなく、近代的で、汽車の線路が国中に張り巡らされているという。
上下水道もあって、水にも困らないようなのでおれは安堵していた。
さすがにエアコンはないようだが、この国の気候は現代日本のように猛暑や酷暑はなく、冬場は非常に寒いが夏場は涼しいくらいで、過ごしやすい気候のようだ。
国の説明は、五人のうち一番年上の灰色の髪に水色の目の肌の色が透けるように白い男性がしてくれた。
彼はこの国の宰相で、ジェラルド殿下の教育係だったと教えてくれた。
五人について、一旦まとめておこうと思う。
最初におれを抱き留めていた褐色肌の男性が、この国の辺境伯で、ファウスト・ダリアという名前らしい。
褐色の肌は、この国の辺境域が南の暑い地域にあるからだと教えてもらった。
年齢は二十五歳。
ちょっと態度は怖いところがあるけれど、辺境域で軍の司令官をしているということなので、ジェラルド殿下を守りたい気持ちがあるのだろう。
銀髪に菫色の目の貴公子は、公爵家の嫡男で、アンドレーア・コスタという名前だった。
年齢は二十一歳。
ものすごく柔和な雰囲気の優し気な男性だが、ちょっと年が若すぎる。二十八歳のおれからしてみれば、まだ大学生くらいの年齢なので、子どもを産むとか考えられない。
ジェラルド殿下は赤毛に緑の目だが、自分で言っていた通りこの国の王太子で、なんと年齢は十九歳! ちょっとおれとは年が離れすぎているように思う。
十九歳なんて高校を卒業したばかりじゃないか。
五人のうち一人の金髪に緑の目の貴公子は、カルロ・デ・コラートという名前で、二十四歳だが、国王陛下の一番下の弟で、王弟にして大公閣下なのだという。
こんなひとが未婚なんてありえないから、おれがこのひとの子どもを産むことになったら、妾になるのだろうかとか考えてしまった。
そして、灰色の髪に水色の目の宰相閣下が、オルランド・ジャンニ。一番年上で背も高くて、おれより背が高い。年齢も三十二歳ということで落ち着いている。
全員から自己紹介を受けて、思ったことは、本当にこのひとたちの誰かとおれが子どもを作らなければいけないのかということだった。
よく考えるまでもなく、このひとたちはオメガとアルファということも知らないのだ。当然この国にはヒートの抑制剤なんてないだろう。
おれがヒートを起こせば、絶対に事故が起きる。
おれは事故で番を決めたりしたくなかった。
まずは教育だ。
おれは五人にアルファとオメガのことを教えることにした。
「この世界にはアルファとオメガという第二の性を持った人間がいます。アルファは優秀でひとの上に立つような才能を持ち、オメガは男女問わず子どもを産めます。オメガはひとによって周期は様々ですが、おれは三か月に一度、ヒートという発情期が起きて、その期間に性行為をすると、妊娠する確率が非常に高いです。ヒートのときにアルファがオメガのうなじを噛めば、番という関係が成立して、オメガはそのアルファ以外を受け付けなくなって、ヒート時に溢れるフェロモンもそのアルファ以外に感じられなくなります」
中学のときに受けた性教育の授業を思い出しながら、必死に説明する。
おれは絶対に事故で番になどなりたくない。
この五人の中から選べと言われるのだったら、しっかりと教育は施しておきたかった。
「今でも神子は甘い香りがしているのですが、ヒートという期間にはもっとそれが強くなるのですか?」
「いい質問です、殿下。ヒートのときにはおれのフェロモンはものすごく強くなって、まともに浴びると、アルファは正気を失ってオメガを抱くことしか考えられなくなる……いわゆる、アルファの発情期であるラットに入ってしまいます」
「正気を失うほどなのですか!?」
驚いているジェラルド殿下は年相応に見えてかわいいが、ジェラルド殿下におれがどう映っているか分からない。
オメガを知らない世界で、こんな厳つい男性が子どもを産めると言われても、実感がわかないだろう。
「神子の言うことを疑うわけではありませんが、ヒートでわたしたちに影響を及ぼすというのは本当ですか?」
「本当です。できればおれも、ヒートでラット状態になったあなたたちに襲われたくありません」
「前の世界ではどうされていたのですか?」
「ヒートを抑える薬があったのですが、この世界にはないでしょう?」
「ありませんね」
鋭い青い目でおれを射抜くように見つめながら問いかけてくるファウスト様はちょっと怖い。
軍人だから鍛え上げられた体付きをしているし、おれの体を軽々と抱き留められたのだ。本気になればオメガのおれなど押さえ付けられてしまいそうな気がする。
「ファウスト、神子を怖がらせるようなことを言うな。神子の次のヒートはいつなのですか?」
「約九十日後です」
「それまでに、選んでもらわねばなりませんね」
ジェラルド殿下の言葉に、おれは一応確認する。
「どうしても、この五人の中から選ばねばならないのですか?」
「ぼくたちは宣託を受けたのです。この五人の中の誰かと神子が結ばれねば、この世界は出生率を更に落とし、滅びるであろうと」
わお!
おれの責任重大じゃない!?
五人が選ばれた理由はなんとなく分かる気がする。
おれがオメガで、この五人がアルファだからだ。
でも、今日初めましての相手と番えとか言われても困ってしまう。
「神子よ、わたしたちは全員独身です。神子を迎え入れたら、神子だけを愛し、生涯大事にすると誓います」
宰相のオルランド閣下が言う。
え!?
オルランド閣下は三十二歳って聞いたけど、独身なの!?
カルロ大公閣下も絶対結婚していると思ったのに、独身なの!?
「おれが、正妻!?」
「神子を側室や妾にするようなことはできません。独身のものしか選ばれていないのでご安心ください。神子が王太子妃や貴族の正妻となって、重圧を感じるのでしたら、正妻としての仕事は他のものにさせることもできます。神子はただ、この国の安寧のために祈り、子どもを産んでくださればいいのです」
それが一番難しいんだってば!
神経なオルランド閣下に突っ込みを入れられなかったけれど、おれは心の中では大いに動揺していた。
「おれは二十八歳です。十九歳や、二十一歳の若い方と恋愛なんて考えられません」
「そんな!? 神子、ぼくは年若く頼りなく思えるかもしれませんが、生涯神子を愛し、大切にします」
「神子、どうか、年齢だけでわたしを候補から外さないでください」
そんなことをジェラルド殿下とアンドレーア様に言われたが、十九歳と二十一歳の二人を恋愛対象にするというのは難しいのが事実だった。
前に出ておれの手を握るジェラルド殿下の必死な瞳に申し訳なくなるが、おれはどうしても九歳も年下の相手を好きになれといわれても難しい。
「ジェラルド殿下、神子が困っております」
「ジェラルド殿下を年齢だけで除外しようとするなど、神子でなければ不敬として処分してくれるのに……」
「ファウスト殿!」
オルランド閣下がジェラルド殿下を取りなしてくれるが、ファウスト様はおれが気に入らない様子だった。
この感じだと、全員がおれを歓迎しているというわけでもなさそうだ。
オルランド閣下は結婚して正妻にして、生涯愛し、大切にしてくれると言ったが、そんなことが実際にありえるだろうか。
宣託で選ばれて、自分の意思もなくやってきた五人が、美しい女性の神子が来ると思っていたのに、来たのは厳つい男性のおれで、オメガだということもよく理解していないのだ。反発する気持ちがあっても当然のことだろう。
「疲れました。一人にしてもらえますか?」
オルランド閣下に頼むと、おれは修道士のような女性たちに連れられて、奥の部屋に連れて行かれた。そこは石造りの壁がむき出しで簡素ながら、大きな天蓋付きのベッドや飴色に輝くよく磨かれた机や椅子、床には絨毯が敷かれ、ソファセットも用意された快適そうな部屋だった。
「神子にはお相手を選んでいただくまで、ここでお過ごしいただきます。食事は三食わたくしたちがお持ちいたします。湯あみは、隣りの部屋で行ってください」
隣りにはバスルームもあるようだった。
外には出られないようだが、快適な部屋で過ごせて、バスルームも使えるということにおれはほっと安堵していた。
ジェラルド殿下の縋るような目と握られた手の体温、ファウスト様の冷たい視線、オルランド閣下の丁寧な説明。
頭の中を今日のできごとが巡って、疲労したおれは、靴を脱いでベッドに倒れ込み、ヒート明けの体を食事までの時間休めていた。