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第2話『稀少な召喚士は、ただ珍しいだけ』

 僕が補欠合格者という情報が、いつどこで誰に伝わったのかわからない。

 でも、そんなことを気にしたところで意味がないのもまた事実。


 どうせ試験のときにでも僕が苦戦している姿から、見覚えがある顔だからと予想立てしたのだろう。


「おい見ろよ、あれが例の――」


 そんな声が、どこからか聞こえてくる。

 教室が狭いということはない。

 わざと声を大きくし、認識すらしていなかった人にまで情報を届けようとしている。


 性格の悪さが滲み出ていて感心するが、仲間を増やしてストレス発散する的にしたいんだろう。

 自分より下を作り出して安堵したい気持ちがあるんだろうけど、それに釣られて集うような人間は遅かれ早かれ自分の哀れさを噛み締めることになる。


「じゃあ召喚士っていうのも――」

「能力が足りないから補欠合格だっていうのにな」


 別に、事実が次々に並べられていくことに耳を塞ぎたいとは思わない。


 そんなことよりも、気を抜いたら呆れてため息がこぼれそうだ。


 たしかに僕は試験で能力を存分に発揮できなかっただけではなく、平均すら超えることができなかったからこそ補欠合格者枠に収まった。

 じゃあ、試験を正規の手段で合格した魔法士たちがどれほど高潔なものかと思えば、能力が足りない人間を見下しているだけ。

 どれほど立派な考えや能力があるのかわからないけど、上よりも下を重視しているなんて、逆に見上げた性根だ。


「……」


 自分から選んだ道、不遇職とわかっていて能力が劣っていることも理解している。

 だから嘆くことはなく、かといって向けられる軽蔑の目線や言葉にいちいち反応することはない。


 所詮、補欠合格者が珍しいというのはあるだろうけど、それよりも召喚士である存在が珍しいだけだ。

 魔法士にとって、自分が魔力を変換し、その魔力で魔法を発現させる能力が優劣を左右する。

 そうなれば、魔力を変換する工程は同じでも、変換した魔力で自分は戦わず召喚した物体に戦わせる召喚士は――悲しくも卑怯者と嘲笑われてしまう。


 それも含めて理解して選んだわけだけど……当然、困ったことはある。


 こんな孤立してしまうような空気間の中、次の授業ではグループもしくはペアを組まなければならなくなってしまった。

 展開が読めていたのなら、先手を打って相手を探すべきだったけど……まあ、こういう流れになるんだったら行動を速めていたとしても解消されていたはず。


 さて、どうしたものか。

 そろそろ移動の時間だけど、周りの人たちは相方を決めてしまっているようだ。


「……ん?」


 つい先ほどまで悪意が伝染してざわついていたのに、いつの間にか静寂に包まれている。

 さっきまでの出来事やクラスメイト同士の雑談が、まるで嘘だったかのように。


 そして、自意識過剰と言われても仕方のない視線が僕に向けられているように感じる。


「あなた、召喚士というのは本当?」

「……そうだけど」


 右からの声に振り向き、返答する。


 声の主は女子生徒。

 炎が燃え滾るように紅色の髪、スラっとした体は制服のせいなのかそれとも本人の努力なのか。

 しかしジト目で僕を見下すような表情はいただけないが、その整った容姿のおかげか嫌な気分にはなりきれない――なんとも複雑な感情を抱いていしまう。


「どうせペアを探しているのでしょう? だったら、私と組みなさい」

「僕としては問題ないけど」

「なら決定ね。じゃあ次の授業では何もせず、ただ私の邪魔をしないように立ち振る舞ってちょうだい」

「善処するよ」


 それだけ言い終えると、その女生徒は赤い長髪をなびかせながら去っていった。

 初対面なら基本的な軽い自己紹介すらすることなく。

 どこの誰かは知らないけど、あそこまでの自信あり気な態度と周りの反応からある程度の予想はできる。

 たぶん、どこぞのお金持ちお嬢様か幼少期から才覚を表した天才や鬼才、で間違いないだろう。


 軽蔑の目線や無礼な態度に対しては、まあ予想の範囲内だからそこまで気にしてない。

 どちらかと言うと、ペア組みを申し出てくれたことに感謝している。


「……」


 彼女が去ってからすぐ、再び始まり、さっきの出来事が着火剤となったかのように事も始まる。


「お前、召喚士なんだってぇ?」

「学園に1人しか居ないからって注目されてるようだけど、調子に乗んなよ」

「目立ちたいがために召喚士って、馬鹿すぎるよなぁ! あ、だから補欠合格者なんだったな」


 男子生徒2人はわざわざ僕の前まで来て、悪態を吐いたと思ったらゲラゲラと腹を抱えて笑い始めた。

 当然、周りに声が聞こえるように声を大きくして。

 そして空気は伝染していき、数少なかった声は増え、笑い声は教室内に響き渡る。


「なんとか言ったらどうなんだ?」

「【紅蓮の姫剣士】だって、お前をペアに誘ったのは実績が欲しいからに決まっているだろ」

「現に『何もするな』って言われていたしなぁ!」

「誰に頼ることもなく課題をクリアすれば、周りの評価も上がるし」


 ああ、そういうことか。

 ペアの相手を、もしかしたら自分が選ばれるのではないかと期待に胸を膨らませていたんだな。

 目の前でゲラゲラと笑っている彼ら同様に、その他クラスメイトも。

 あわよくば有名人に顔を知ってもらい、お近づきになりたいと。

 そして貶すにはちょうどいい召喚士だから、期待していた緊張感から悪い意味で解放されてしまい、当てつけのためにわざわざこんなことを。


 ――心底くだらない。


 補欠合格者は僕だけ。

 ならば、ここに居る人間は能力に差があっても才能や家庭に恵まれている人間たちだ。

 説明されなくても簡単なことで、間違いなく僕より何もかも優れているということ。

 そんな人たちが、努力し目指すも入学すら叶わなかった人が居るとも考えず、入学したと思ったらこのありさまか。

 ひたむきに上を目指し励むどころか、自分より下の人間を探し、蔑み見下す。


「こんな、ただ珍しいだけの色物とこれから学園生活を送っていくのは楽しみだな」

「おいおい冗談はやめろよ。数日もしないうちに学園から消えるに決まっているだろ」

「おっ、それもそうだな」


 もはや誰が笑い声をあげていないかわからないほど、教室中に笑い声が響き渡る。

 指を向ける者、手を叩く者、侮辱の目線を向けてくる者、それら全てが僕を嗤いの対象としか認識していない。


「もういいか」

「はぁ?」


 まさか僕が言葉を発せない人間とでも思っていたのか、ポカンと口を開けて動きが止まってしまった。

 周りの人も、また同じく。


「そろそろ移動しないと授業に遅刻するんじゃないか? お前たちが大好きな【紅蓮の姫剣士】はとっくに移動しているぞ」

「んなのわかってるっての!」


 授業に遅刻することを気にしたのか、それとも【紅蓮の姫剣士】という言葉を出したから反応したのか。

 目の前に居た男子生徒2人並びにクラスメイトは駆け足で教室から出て行った。


 と、僕も余裕ではいられない。

 案内されたときにも観たけど、この学園はあまりにも広すぎる。

 立ち上がり、移動を始めようと振り向いたときだった。


「あなた、召喚士なのね」

「え、うん」


 僕に声をかけてきたのは、【紅蓮の姫剣士】とは対となっているような蒼い長髪で蒼目の少女。

 容姿は美人の一言では収まりきらないほど。

 整っている容姿、という点では共通していても、態度はまるで逆。

 身長こそ僕よりは低いけど、しっかりと目を合わせて手を差し出してきた。


「わたしはアリシア。あなたとペアを組みたかったのだけど、今回は先を越されてしまったわ」

「そうなの?」

「ええ、本当よ。わたし、あなたに興味があるの」

「ただ珍しいだけで、優れている才もなく成績も低い補欠合格者に?」

「そこまで自分を卑下しないで。わたしはただ、この胸の鼓動が意味するものを知りたいだけなの」


 正直、何を言っているのかまったく理解できない。

 少なくとも僕は容姿が優れているわけじゃないし、補欠合格者と召喚士以外の情報が漏れた可能性はないはず。

 じゃあ、イケメンが好きではない人で、まさか一目惚れされた可能性は……あるのか?


 左手を差し出し右手で胸を押さえている。

 何かを示唆している可能性もあるけど、とりあえず握手を求められているなら応えておこう。


「僕はアキト、ご存じの通り召喚士」

「次の機会は、必ずわたしと組もうね」

「事情はわからないけど、こちらとしてはありがたい。ぜひよろしく」

「じゃあこのまま一緒に移動しましょ」

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