学校生活2日目。
今日も今日とて貶しの目線と言葉が待ち受けていると思いきや、教室に入るなり想像とは別の状況が待ち受けていた。
僕の席になぜか座っている人が居て、友達と話をするために座っているのかと思いきや昨日話しかけてた子だ。
「えっと、僕に何か用事でも?」
「おはようアキトくん」
僕が「おはよう」と挨拶を返すと同じく、アリシアは立ち上がって目線の高さが変わる。
「誰にも先を越されないよう、席に座らせてもらっていたの」
「え、何を?」
「や・く・そ・く、したわよね?」
「あー」
印象的な蒼色の髪は、今日も観ただけですぐに存在自体は思い出した。
そして、この距離感の近さもあったな。
初めましてで、「あなたに興味がある」というどう捉えたらいいか困る発言をしていて、加えて物理的な距離も少しだけ気になっていた。
誰もが見下すような存在に対して、挨拶の礼儀の1つとはいえ普通は握手を求めるだろうか。
警戒心がないわけではないんだろうけど、どうにも裏があるのではないか探ってしまう。
まあ、気になるような仕草をしているわけではないから、今のところは分け隔てなく接する子、という好印象ではあるけど。
「でも今日はまだ授業が始まってないし、気が早いんじゃない?」
「いいえ、先約をこうしてアピールすることも大事なのよ」
「は、はぁ」
僕の胸に指を当ててくる、その距離感は無警戒にもほどがあると思うんだが。
1歩も踏み出さなくても体と体が密着しそうな、そんな至近距離で会話することなんてある?
「どうせ毎日実技があるのだから、備えておくのは当然よ」
しかし、昨日からの今日と美少女に絡まれるのは偶然として。
昨日の【紅蓮の姫剣士】が近づいてきたときは、教室中に緊張感が漂っていたような気もした。
でも今日は、僕が到着する前からアリシアが待機していたことが関係しているのか、特に男連中からの嫉妬が込められた目線を感じる。
「で、用事は終わったと思うんだが。座らせてもらっても?」
「そうね。席を温めておいたから、ごゆっくり」
「いーや、やっぱりまだ座らない」
「あら、どうして?」
「そんな言い回しをされたら座りにくいって」
「ふふふ冗談よ。だって制服もローブも着ているから、そうはならないでしょ?」
「言われてみればたしかに」
簡易冷暖房機能は、内側だけではなく外側にも適応されているから気にする必要はない。
……ん? 気にするところはそこではないような……?
気にかかることがあるものの、わざわざ自分の席が空いているのに座らない理由がないため椅子に腰を下ろす。
「それで、まだ何か用が?」
「今朝、寮に行ったのだけど居ないと門前払いをされてしまったの。あの様子だと確認すらしていないから、さすがに納得できなくて」
「それを僕に言われても、どうしようもないんだけど。てか、なんで来たの」
「別の誰かに誘われでもしたら耐えられなかったから、我慢できなくて」
「いやいやいや、さすがに強引すぎるでしょ」
そもそも男子が女子寮に入ることができないと同様に、女子が男子寮に入ることができないのは、誰もが知っているルールのはず。
ていうかさ、僕が寮に居なかった時間って登校時間じゃなくて早朝に来たってこと……?
不思議でしかないけど、なんだか状況が読めてきたかもしれない。
連日美少女に絡まれている、物珍しいだけの補欠合格者で召喚士という事実が念頭にあり。
加えてアリシアがわざわざ寮の前まで迎えに来るという、悪目立ちする行動がクラスメイト以上の関係性を推測させているのだろう。
出会って初日で一目惚れしたでもないだろうし、それを公言しているはずもない――ないよね? 僕が登校している最中にそんなことは起きていないよね?
「やっぱり、廊下で話そう」
「そう? わたしはここでも大丈夫だけど」
「いいから」
僕は席を立ち、そのまま廊下へ。
覗き見される心配から、少し離れたところまで移動する。
「なあ、僕に興味があるって――まさか、異性としての興味があるというわけじゃないよな?」
「ええまあ。でも、そうと言われたらそうでしかないわよ? だって、わたしは女でアキトくんは男なんだから」
「言葉遊びをしたいわけじゃないんだ。真剣に答えてくれ。僕の立場もテストの結果も、誇張なしの正確な情報が広まっている。クラスメイトなんだから、それぐらい普通に聞こえてきただろ?」
「ええ、でも。誰もアキトくんのことを何も知らない。わたし含めて。所詮、数字は数字。それだけで全てが把握できるのなら、それはただの思い上がりよ」
要するに噂など信じず、自分の目で確認するまでは納得しない、ということなんだろう。
平等で素晴らしい考えだが、別に僕は普通に接してもらいたいとは思っていない。
「わたしの家系は代々騎士の家系なの。多少は有名ではあるけど、お金持ちや権力を持っている人たちとは一緒じゃない」
「僕とペアを組むことに関係が?」
「そうなの。代々、主を決めるのは家ではなく本人。見極めるのも責任を果たすのも本人。忠義は絶対で、その命尽きるまで役目を果たすの」
「え」
「ちなみに、初代様が取り決めになったことだけど。誰1人として異論を抱く者は居ないの。当然、わたしも」
素晴らしい心意気だし、きっと嘘じゃないんだろう。
似たような話は聞いたことがあるし、何よりストーカー気質なのは置いておいて、注目を浴びてでも接近してきたことが腑に落ちた。
急ぐ必要はないんだろうけど、家系的には主となる人を在学中に探そうとすると時間が足りないと思うから。
「それにしたって、どうして僕なんかと」
「わからないけど――ここが疼いたから」
また、胸元に手を添えている。
昨日も同じことをやっていたけど、それになんの意味があるのか。
「別に、こちらとしては断る理由はない」
「じゃあ――」
「だが、期待に応えられるかはわからない」
「大丈夫。判断するのはわたしで、それに付き合ってもらうのだから結果がどうであれ文句を言うつもりはないわよ」
というか話を聞いた感じ、かなり重たい内容だった。
もしも仕える主と判断されたのなら、生涯を共に過ごす――って、どう聞いたって軽い話じゃないし、なんならプロポーズでしかない。
「それじゃあ、わたしは先に戻るわね」
それだけを言い残し、アリシアはスタスタと歩き去っていった。
あの平静さを見るに、もしかして僕がただ勘違いしているだけで主従契約? みたいなものは、重く捉えなくていいものなのか?
家系的にそうだから、自分も違和感がないのか、それとも楽観的に考えているとでも?
わからない、わからないぞ……。
「……はぁ」
ここで考えていても答えは出ない、か。
僕が気負っても仕方のない話だ。
なるようにしかならないんだし、実技の授業まで普通に凄そう。