「――それじゃあ、今から魔力操作の視覚化をやってもらいます」
朝から早々に実技の授業が始まった。
しかし、前半は主に座学実技のようなことをやるみたいで、外には居るんだけど全員が先生の方へ視線を向けている。
既に屋外ということもあり、最初こそ席順に並んではいたものの気づいたらバラバラで……当然のように〇〇が隣に待機している。
そこまで待ち構えなくても、僕と行動を共にしたいと思う人は居ないんだから離れていてもいいのに。
「お手本として、リーゼさん。前に来て実演をお願いします」
誰かと思えば【紅蓮の姫剣士】。
顔を合わせて話までしたのに、そういえば名前を初めて聞いたな。
あれから目線すら合わせていないけど……最初のときに顔を合わせたとき同様に凛として表情一つ変えず全員の前へ歩み出た。
「それではお願いします」
「はい」
澄ました顔で軽く返事をし、右手を出して手のひらを上向きに。
小さく火が燈され、メラメラと燃えている。
さすがは周りから注目されるだけの繊細な魔力操作技術。
僕は実力を先に見てしまっているから、あの技量に初見のような反応はできないけど。
しかし周りからは拍手が巻き起こり、「おぉ!」「凄い!」「さすが!」などの黄色い声があちらこちらから湧き上がっている。
僕だって、あの技術は素晴らしいもので称賛に値するものだということぐらい、理解しているつもりだ。
誰が見ても輝きを放っているような美しさがあるし、大きさを維持し続けるのは才能だけではなく努力の跡も伺える。
「リーゼさん、ありがとうございました。それでは、もう1人――そうですね、アリシアさんもお願いします」
と、指名されたのは横に居る彼女。
通行する道が自然とできるよう、みんなが空間を開け始める。
そして、歩き始めたら漏れ聞こえてくる「綺麗……」「美しい」「お近づきになりたい」などなどの声。
麗しく歩く様は、飾っているわけではなく板についているようだ。
僕だって、彼女と話をしていると終始綺麗だと思うし、おかしい距離感のおかげで胸の鼓動が高まっていた。
「それでは、お願いします」
「はい」
アリシアは拳を前に突き出す。
すると、少しずつ水が出現して拳を覆う。
流動的な動作はなく、拳を保護している、と言った方が正しいだろう。
そして、そのまま手を広げると指の先まで――いや、指の1本1本を分割して水で覆っている。
「素晴らしい。これほどの魔力操作技術とは。試験をするまでもありませんね」
「お褒めに預かり光栄です。ですが、どうかわたしも皆様と公平に評価いただけると幸いです」
「そうですね。ありがとうございました。それでは公平と言うのであれば、もう1人だけ……じゃあアキトくん、前に来てもらってもいいかな」
「……わかりました」
公平、ね。
聞こえのいい表現であり、公平かつ平等であることが間違っているとは思わない。
しかし、それは時と場所や環境によって変わるものだ。
理想はあれど、現実は違う。
現に、先の彼女たちに向けられる目と僕を見る目は違い、歩き出すだけで空気は一変する。
アリシア用の戻る道は確保されていても、そこは僕が通っていい場所ではなく遠回りをするしかない。
そして、僕が前に呼ばれたのは優れているものを評価されるためではなく。
公平――という言葉の意味を正確に表現するため、優秀な人間の後に平凡な人を舞台に立たせることによって正しく意味を成す。
「無理をする必要はないですよ。彼女たちが特別優秀なだけですから」
「……はい」
きっと、先生は悪気があって言ってるわけではないのだろう。
無自覚に最も残酷な判断をしたに過ぎない。
「これは……」
僕も腕を前へ少しだけ出し、手のひらを上へ向ける。
しかし【欠落者】が魔力操作を行えば、出てくるものはほぼ見えない。
色がついていない魔力を、得意属性に染めて出現させる――これが魔力操作と魔力変換。
魔力吸収と魔力操作ができても、魔力変換できなければ明確な魔法として出現させることはできない。
そして先生は、僕が【欠落者】ということを知らなかったのだろう。
口元を押さえ、衝撃を受けている表情で目線を向けてきている。
加えて、クラスメイトも同様に「信じられない」「【欠落者】って本当に居たんだ」などの、声が漏れ出てきた。
「先生、もういいですか?」
「――あ、ああ……ごめん。い、いやありがとう。もう戻っていいですよ」
動揺を隠せないのも仕方がない。
でも、自分がしてしまったことに対する罪悪感に苛まれている、ということが伺えたから責める気も起きない。
隠し通したかったわけじゃないが、『補欠合格者であり【欠落者】の召喚士』という事実が白日の下に晒されることになった。
クラスメイトが知ったのなら、次は隣のクラス、次は別の学年……とすぐに広まるだろう。
でも僕は――嗤われる覚悟を持って挑んでいる。
「そ、それでは……次は各ペアにわかれて、用意したゴーレムに魔法を試してもらいます」
楽観視はできないな。
これでペアの約束もなくなっただろうし、誰かに頭を下げて一緒にやってもらうしかない。
最悪は1人――。
「ではアキトくん、ペアを組みましょう」
「え?」
ざわつくクラスメイトを横目に元の場所へ戻ると、アリシアが迷う素振りを見せることなくペアの申請をしてきた。
当然、アリシアに申し込もうと思っていた人たちは困惑の声を漏らし始めている。
「さっき見たでしょ? 僕は【欠落者】なんだ」
「だから?」
「だから? じゃなくて。こんな僕とペアを組むより、もっといい人が――」
「わたしを甘く見ないで。交わした約束を守ることができず、何が騎士か。わたしはわたしの意思で申し込んだ。他の誰が口を出しても、絶対に引き下がらないわ」
やっぱり、かなり重たい約束をしちゃっていたみたいだ。
その覚悟が決まっている宣言を耳にしても周りの人は、
しかし彼女が自ら言葉を口に出したが故、誰も心の中で渦巻く黒い感情を吐き出せない。
これ、絶対に『弱みを握られている』とか『脅されている』とか思われているんだろうな。
「わかった。そこまで言ってくれるなら、こちらとしては相手を探さずに済むからありがたい」
「あら。もう少し嬉しい返答をしてくれると思ったのに」
「地面に額を擦り付けながら泣いて喜んだほうがよかった?」
「絶対にそんなことだけはやめて。そんなことより、わたしたちは一番遠くに行きましょう」
と、強引に手を引かれて移動が始まってしまった。
背中側からは無数の鋭い目線がグサグサと突き刺さる感覚がしていたけど、わざわざ振り返って確認する義務はない。
とはわかっていても、この授業が終わったら僕に対する扱いがさらに酷くなるんだろうな。