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第2話 青春とは? 即ちゲームだった俺の悔恨……。


 家事を終えた俺は、仮想現実接続装置であるVRチェアに座った。すると俺の周囲に、薄く丸い器具が広がった。半透明だ。そして上部から、大きなグラス型の視覚接続装置が降りてくる。


 俺は、一見黒い布のような呼吸と水分の管理装置を口に当て、それから肘掛けに両腕を預ける。すると手首がベルトのようなもので固定された。同時に左足首にもベルトが巻き付く。それらで排尿管理などが行われる。


 VR接続は、推奨時間は十八時間以内と言われているが、実際にはもっと接続していても大丈夫だ。水分もカロリーも排尿も、このチェアで自動管理される。睡眠も設定すれば、そのまま出来る。嗜好品の煙草やアルコールなども、それを摂取した気分になる信号が脳に送られる。


 元々これは、終末医療のために、寝たきりの老人や病気の人のために作られた装置である。それが普及し娯楽用になったかたちだ。唯一と言われる欠点が運動不足になることだ。体に異変がある場合は、強制的にシャットアウトされるので、衰弱死などはない。


 俺は視覚操作で、『グランギョニル・パラダイス』のロゴを選択した。

 VR装置に接続中は、視覚操作――視線による選択で、多くの事が可能になる。


「はぁ……結局、俺は今日もログインしちゃうんだよなぁ……」


 と、呟いた時には、下に急降下する感覚が全身を包んでいた。周囲は白い空間に変わっている。それが星空に変化した時、俺は硝子のような触感の場所に立っていた。目の前には、金色の一つ目のロゴがある。それを見ていると、『ログイン』『ログアウト』という二つのマークが現れた。


 ログインを選択すると、金色の目が俺に突進してきて突き抜ける。すると周囲の風景が、現実では夜であるが、真昼の青空に変わった。目の前には一本道、周囲には木々。振り返れば森があり、左手には小屋がある。


 ここは、俺が最後にログアウトした場所だ。『グランギョニル・パラダイス』は、ログアウトした場所から自動的に始まる。右手には、巨大な丸い鏡が浮かんでいる。これは、『転送鏡』という名前で、タウンからタウンへと移動出来るワープポイントだ。俺が今居るのは、青空村。タウンには、村・街・都市がある。村の規模が一番小さい。青空村の場合は、二人しか入れないように出来ている。


 俺が小屋に入ると、中で鍛冶用の竈を見ていた金髪の青年が俺を見た。目の色は紅色だ。

 アバターで好きに色や容姿は変更可能だ。ただ容姿は、必ず一体はリアル共有アバターという現実と同じ姿のものが作成される。二つ目からのアバターは、好きな骨格や性別が選べるのだが、リアル共有アバターに関しては、VRチェアのシステム上生成される。


「ルシフェリア、来てたのか」


 この青空村は、ほぼ俺単独の場所と化しているので、来客は数少ないフレの中でも、さらに少ないここを知っている者だけだ。ルシフェリアはその一人である。今年で二十七歳、俺のVR大学までの同級生でもあり、一緒に『グランギョニル・パラダイス』のβテストに応募した仲だ。だが、一度も現実では会ったことはない。また、VR大学はHNハンドルネームで通うのが主流なので、ルシフェリアという名前が本名なのかも俺は知らない。とはいえ、誰か一人友達を挙げろと言われたら、真っ先に思い浮かぶ存在だ。


「ああ。この前の話が気にかかってな。異母弟とはどうだ?」

「……っ、お前って本当いい奴だよな。聞いてくれよ……」


 俺はしょんぼりしながら、椅子に座る。すると対面する席にルシフェリアも座った。


「確か、ある日突然ゼクスの家に、『引っ越してもいいか?』と異母弟本人が連絡してきたんだったな?」

「そうそう。俺もうその時点で、ほとんど会ったことがなかったから緊張しちゃってさ……断ろうかと思ったら、インターフォンが鳴って、荷物を持参してレクスが来たんだ」

「ほう」


 ルシフェリアが鞄を視線操作で空けた様子で、お茶を二つ出現させて俺達の前に置いた。実際に触れられる飲める。装置で、同じ量の水分とカロリーも体に摂取される。ルシフェリアは、俺と一緒で生産の料理のレベルをLv.999にしているから、お茶も凄く美味しい。


「追い返せなかった。それに、実家で父上と喧嘩したって言うから、可哀想で……」

「なるほど」

「……喧嘩の理由が、『グランギョニル・パラダイス』のやりすぎだとは思わなかった……はぁ……これじゃあレクスがゲーム廃人になってしまう……」


 俺が嘆くと、ルシフェリアが苦笑した。そして湯飲みを傾けてから、ちらりと竈を見る。


「十七歳だったか?」

「うん。青春まっただ中のはずなのに……」

「俺とゼクスも十七歳の頃は、『グランギョニル・パラダイス』が青春ではなかったか?」

「それやめろ。言うな。黒歴史すぎる」

「俺との思い出は黒歴史なのか?」

「そうじゃない! ゲーム内ではその頃の俺は充実してたし青春してたけど、リアルではぼっちだった。ぼっちだったんだ! 俺はレクスにそういう思いをさせたくないんだ! 絶対将来後悔する!」

「だが、レクスもまた青春しているんじゃ?」

「……大切な存在だっていってた。はぁ……」


 俺は両手で湯飲みに触れながら、どよーんと落ち込んだ。

 するとルシフェリアがクスクスと笑った。


「笑い事じゃないんだ!」

「そうだな。切実だろうな。ところで、『グラパラ』内ではもう会ったのか?」


 グラパラというのは、グランギョニル・パラダイスの略称だ。


「会えるわけない……廃人だってバレる……」

「ゼクスは廃人じゃないだろう」

「そ、そうか? あ……時間だけ廃人って意味か?」

「違う。神と書いて廃神だ」

「なお悪いわ!」


 俺がムッとすると、ルシフェリアがまたクスクスと笑った。


「それはそうと、お知らせは見たか?」

「ん? いや、今ログインしたばっかりだからまだだよ」

「三年ぶりに新大陸が追加アップデートされるそうだ」

「おお……!」


 俺は目を輝かせた。

 現在は、ヨゼフ大陸・アイリス大陸・アイゼンバルト大陸・ユレイズ大陸の四大陸が存在している。三年前ユレイズ大陸が追加されたのが最新だった。ちなみに誰かが一度攻略解放すれば、誰でもそれらのダンジョンや塔には行けるようになる。つまり誰でも攻略できる、名前は載らないが。俺はこの四つの大陸を全て攻略済みだ。


「攻略するのか? ルシフェリアは」


 ルシフェリアは現在、大規模なギルドのギルマスをしている。昔は小さなギルドで、じゃんけんに負けてギルマスになった俺の所で、サブマスをしていた。なお、その小さなギルドは、ギルドホームとギルドチャットは残っているが、円満解散した。


 チャットは、映像・音声・文字の種類があり、個別・フィールド・全体・グループで可能だ。ギルドチャットはグループチャットの一つだ。


「ゼクスは?」

「俺は攻略したい――……け、けど、ダメだ。レクスにログイン時間を不審に思われる。今回はパスだ」

「そうか」


 そんな話をしていたら、竈が音を立てた。ルシフェリアが何やら作っていた鍛冶のアイテムが完成した様子だ。設備がなくても生産は可能だが、設備があると楽なものもある。なお、設備も生産で作る。


「よし、完成した。銘は桃花源」

「うん」


 桃花源というのは、ルシフェリアと俺の共通銘だ。生産品には、銘をいれることが出来る。俺個人は銘・鴉羽で、ルシフェリア個人は銘・クロムレッドだ。ただ露店は、個人でも集団でも出せて、俺とルシフェリアが二人でやっている露店の名前が桃花源なのである。


「デザインは任せた」

「了解。明日までにはどうにかしとく」


 こうして俺は刀を受け取った。

 その後ルシフェリアは、少しの間俺の愚痴に付き合ってくれた後、帰って行った。





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