その後レクスはギルメンに感動を伝えてくるというので、俺だけ先にログインした。
いいことをした……の、だろうか?
とりあえず、ルシフェリアには感謝だ。あいつ、本当にいい奴だ。
それからシャワーを浴びて眠った俺は、翌朝も食事の用意をした。
すると降りてきたレクスが、俺を見て満面の笑みを浮かべた。
「おはよう、兄上」
「おはよう」
「昨日はありがとう。俺は兄上が兄上でよかったとこれほど思ったことは、人生で……一……二……、……」
「おい、それ、装備のトレードとルシフェリアの二回? なのか!?」
「……いや、俺は兄上の作ってくれる料理も嫌いではないから、三回か」
「少ないな!」
「冗談だ。いただきます」
こうして朝食が始まった。本日はソーセージを茹でたものとホットサンドだ。
このホットサンドもタイミングを逃すとレクスが来なくて冷めてチーズが哀れになるので、今日のようにほかほかの状態だと俺は嬉しくなる。
パクパクと食べていると、レクスが何やら俺を、チラチラと見た。
「どうかしたか?」
「いや……ルシフェリアのことだ」
レクスはそう言うと思い出すような瞳に変わった。次第に興奮が戻ってきた様子で白い頬が桃色に染まり、その目はキラキラと輝き始めた。
「俺の目標だ」
「う、うん」
「俺もルシフェリアのようになりたい。いいや、俺はルシフェリアを越える!」
決意の滲むレクスの声。
本当に憧れているのが伝わってくる。俺は周囲で俺よりレベルや開始時期が先行しているプレイヤーは誰もいなかったので、その感覚はよく分からない。ただ、目標を持つことはいいことだろう。……できれば、ゲームの外で持つ方がいいと俺は思うが。
「レクス。ルシフェリアは、大学でも優秀な成績を収めていたからな!」
「リアルには興味がない」
「……、……」
今度ルシフェリアから直接、リアルの重要性を訴えてもらえ……ないだろうな。いい奴だけどあわせて俺の黒歴史を語りかねない……。
「なぁ、兄上。兄上はグラパラで、ルシフェリアと一緒に遊んだりするのか?」
「まぁな」
「狩りにいくのか?」
狩りというのは、ボスやmobを一緒に倒すことだ。モンスターを討伐することだ。
「あ、いや、雑談が多いな」
昔はそれこそ毎日のように討伐していたが、最近は俺はレベルを全部上げてしまったし。
「ルシフェリアが雑談!?」
レクスが驚愕したように声を上げた。
俺は頷きながらホットサンドを食べ、そしてレクスを見た。
「うん。あいつ結構饒舌だよ。話してて落ち着くし。俺コミュ障だから、ルシフェリアみたいに穏やかに話してくれる人だと安心する」
「今度呼んでくれ。俺も雑談したい。ルシフェリアと話したい!」
「そ、そうだな。でもフレになったんだし自分から送ってみたらどうだ?」
「……それは、そうだが、緊張する」
レクスがフォークをソーセージに突き立てた。
「緊張するレクスというのも珍しいなぁ」
思わず呟く。レクスは物怖じしないタイプだと俺は思っていたからだ。
「兄上はルシフェリアがいかに凄いか分かっていないんだ。同級生だったからフレになっただけのライトユーザーでは、決してその凄さを理解出来るとは思わないが……変に話していると、ルシフェリアのファンに刺されかねないことをしている」
レクスが目を据わらせて俺を見た。なんだかルシフェリアのギルメンみたいなことをレクスが言い出したので、俺は苦笑しそうになった。
「いいか? 普通高レベルの方から言い出してもらえないと、低レベルからフレをお願いしたり出来ないんだからな、交流系のユーザーは別として」
「へ? そうなのか?」
「そうなんだ」
……ゲーム内に、俺より高レベルはいない。俺はカンストだ。そしてLv.999もほとんどいない。つまり、俺は、自分から言い出さないとフレは増えないのだろうか……? 全然そんな暗黙の了解を、俺は知らなかった。
ピピピピピ、と、その時電子音がした。
電話だと気づいて、タブレット端末の通話ボタンを押すと、映像画面が浮かび上がる。
『やぁ、おはよう。ゼクス』
「父上」
電話主はクライス父上だった。
『レクスもきちんと食事をしているようでなによりだよ』
「……」
レクスの顔が一気に不機嫌そうになった。そうだった。この二人は喧嘩中だった。
『ゼクス、実は少し話があってね』
「うん」
『今日VR上で少しまとまった時間をとって欲しいんだ』
「うん?」
いつもはそういう場合は、直接VRチェアに通信してくるので、珍しいなと思った。
レクスのことが気になったから、映像が見えるこちらにかけてきたのだろうか?
『実は、グランギョニル・パラダイスの実写化のスポンサーを私の会社でやることになってね』
そういえばそんなニュースもあったなと俺は思いだした。
だがレクスがちょっと興味を持ったように、父上の映像を見た。
『せっかくだからアンチノワールモデルのアバターを出してはどうかね? 既にエクエス・デザイアのデザインの服は、現実で実写に提供することになってる』
父上が俺のブランドの服を現実で作る権利を持っているので、エクエス・デザイアの服を制作してもらうというのは特に感想はないが、自分の作ったものが実写に出てボコボコに叩かれたらと思うと俺は胃が痛くなった。
『エクエス・デザイアは、既にゲーム内で知られすぎている高級ブランドだ。その上で、グランギョニル・パラダイスでは、いくつブランドを持ってもいいんだし、アンチノワールとのコラボ商品も販売したい。そこで』
父上はにこりと笑った。レクスと同じチョコレート色の髪色をしている。
『ゼクスがアバターを着ている広告を出す』
「――は?」
俺は耳を疑った。
『レクスとの写真とてもよかったよ』
「は、はは。嫌です。嫌だ。絶対に嫌だ」
『レクスのお願いは聞いて撮るのに、私のお願いは聞いてくれないのかい?』
父上が急に涙ぐんだ。俺は目眩がした。
『ゼクス、お願いだ……それともゼクスは私のことを父親としてはやはり不甲斐ないと思って――』
「そんなことないです!! ないから!」
『それはよかった。では、アンチノワールとエクエス・デザイアのアバターそれぞれを身につけて、VRスタジオで撮影をしよう。両方新規のデザインがいいが、未公開のものはあるかい? ゼクスならあると思うのだがね?』
「……まあ、デザインしたのはたくさんあるけどな……」
『さすがはゼクスだ。では、撮影時間は送っておくよ。レクスも見に来たければ来ても構わない』
父上が喉で笑った。もうどこにも涙の気配はない。
「……行く」
レクスがぶすっとした顔をしつつぼそっと答えた。
『それは楽しみだ。レクスもまたモデルをするというのであれば、きっとゼクスが素敵なアバターを貸し出してくれるだろう』
「絶対行く!」
『では、時間に』
こうして父上が通話を打ち切った。俺は頭を抱えた。
すると食べ終えたレクスが立ち上がる。
「兄上」
「うん?」
「……」
「どうした?」
「贅沢を言うなら死霊術士の一昨年のモデルの闇病・吸血鬼シリーズ改のアバター一式がいい! 一度でいいから着るだけでもいいから、身につけてみたかったんだ!」
「お、おう……」
レクスにおずおずと頷くと、やっとレクスが笑顔になった。
「楽しみにしている」
こうして、朝食の時間は終了した。