何をやっているんだろう?
「ゼクスは、知り合いじゃない? 俺、アレは時東だと思うんだけど」
「俺は知ってるけど、あっちが俺を知ってるかは分からない」
俺はそう答えつつ、一度体勢を正した。
「声かけてみるか?」
「うん。俺、多少は顔見知りだから、挨拶程度はしたいかなって」
高砂がそう言うと歩きはじめたので、俺も二足歩行の猫としてついていく。
「時東」
「――あ?」
すると時東が緩慢に顔を向けた。そして高砂をぼんやりと見てから、続いて俺を見てビクッとした。
「えっ……あの……なに? なにか?」
「時東、俺の事分かる? 俺は――」
「ゼクス様だろ?」
「あ、うん、うん……『様』とかいうなよ。久しぶり!」
「……」
時東がまじまじと俺を見て、それから小さく頷いた。
「ああ、久しぶりだな」
そしてにやっとした。時東はいつもこの、にやっとした笑い方をする。怠そうな無表情か、にやっと笑っているか、あと一度攻略で回復職不足で地獄が訪れていたときの、檄を飛ばす激しい姿しか、俺は見たことがない。
「高砂も久しぶりというか、高砂。お前は大丈夫なのか? 高砂の居場所を知らないかというグループチャットがあるが?」
「……だからチャットは見たくないんだよ」
「大丈夫じゃなさそうだな。二人はまたどうしてここに?」
「ゼクスが梅干しの材料を採りに来たんだ。そうしながら、ギルメンを探す話をしようとしてたところ」
高砂の言葉に、時東が首を傾げた。
「高砂がギルドを抜けたのは掲示板で見た。ゼクスとガチギルドを作るから抜けたとかそういう? 梅干しは攻略時の準備か? おにぎりの素材だろ? それともちょっと豪華に幕の内弁当か?」
時東の言葉に、実は俺も幕の内弁当をレクスに支援しようか悩んでいるので、そちらにしようかぐらついた。
「似て異なるんだ。ゼクスに会ったのはギルドを抜けたあと。それでフレになって、連戦して、ある意味意気投合してギルド結成みたいな流れ」
「へぇ。偶然ゼクスに会えたとすれば、高砂はグラパラの運の二割くらい使い果たしたな」
「俺もそんな気がして怖いよ」
それから時東が俺を見た。
「大規模ギルドなのか?」
「いや。俺と高砂しか今メンバーがいなくて、もう一人を探してるところだ」
「へぇ」
「時東、入らないか?」
「……ん。入れて欲しいけど自分から言い出すのは恐れ多い感じで話を振ったんだけど、いいのか?」
時東の前向きらしき返事に、俺は高砂を見た。
「いいよな?」
「うん、時東なら歓迎だよ」
高砂が同意した。すると時東が小さく頷く。
「今いるところ、支援と装備のクレクレだらけで嫌気がさしてたから本当に行きたい。あと、俺は今とあるスキル書を購入したせいでダリが空っぽだから、ギルドに資金とかは入れられない」
時東の言葉に、俺は頷く。
「資金は俺がどうにかする。ダリならなんとかなる。スキル書も言ってくれたら俺作るからな?」
「神過ぎる……あと二日早く会いたかった。だがそうすれば俺はここでツルハシを動かしていなかったから、お前らには会えなかったけど」
「とりあえずフレ申請送る!」
「おう」
なんだか疲れた様子だった時東に、俺はフレになってもらった。これでいつでも相談や連絡が出来る。高砂と時東もそれぞれフレンド登録をしていた。
「ギルド名どうする?」
俺が聞くと、高砂が腕を組んだ。
「俺和風の名前の所にばっかりいたから、カタカナのギルド名がいい」
「アンチノワールにしないか? 俺あのブランドが好きなんだよ」
時東が言った。まさか自分のブランドの名前が出てくるとは思わず、俺は呻きそうになったが、平静を保つ。
「いいね。俺もあそこのブランド好き」
「高砂、気が合うな」
二人が新作について話し始めたので、俺は耳を塞ぎたくなった。恥ずかしい。照れる。
「じゃあアンチノワールで決まりで」
高砂が同意し、時東が俺を見た。
「ゼクスは他に候補はあるのか?」
「ないけど……う、うん。分かったじゃあアンチノワールで」
「あとはギルドホームとそれを設置するタウンだな。どこにする?」
時東は仕切るのが上手い。どんどん話が進んでいく。
「アイゼンバルト大陸なら、俺も時東も始めたところである程度、ゼクスと同じくらいの知識があると言えるだろうし、ここの横のタウン――時計魚都市は基本的に無人だから、ここでいいんじゃない?」
高砂が答えた。
「まぁな。静かでいいよな。それにアイゼンバルトは、大陸自体が今いる人間が少ないし」
「難易度も高いからね」
「セントラルがどうなるかだが、今のところは一番ハードだ」
二人はそう言い合ってから、俺を見た。俺にも特に異論は無いので頷いておいた。
「よし時計魚都市のNPC酒場に行って、ギルド結成証を登録してこよう」
それから俺がそう言うと、二人が頷いた。
こうして三人で隣のフィールドへと向かう。夕暮れの街なみで、時計が周囲を泳いでいる。その間を進み、俺達は酒場へと入った。
「いらっしゃい」
中にいた禿頭で筋骨隆々とした酒場の店主の前で、ギルド作成を選択する。
そして一人ずつ名前を指で書くと、登録が終わる。
ギルドマスター一名、サブマスター二名。
ギルドはその部分は変わらない。
「本当に俺がギルマスでいいのか? 時東もいいのか?」
「は? ゼクスがギルマス以外の選択肢があったのか? そうなのか? 高砂、本当に?」
時東がぎょっとした顔をしてから、高砂を見る。
「ないよ。ゼクスで決まりだよ」
「だよなぁ」
なんだかよく分からなかったが、そういうことならと、俺はギルマスの欄に自分の名前を書いた。二人も、それぞれサブマスの欄に名前を書いた。そして俺は、ギルド名にアンチノワールと指先で書いた。
『ギルドが作成されました』
すると電子音が流れた。これは、ギルメンにしか聞こえない。
見れば、一人三つは入れるギルド枠の内の二つ目に、『アンチノワール』というギルド名が表示されていた。試しに俺はギルチャをしてみる。
「聞こえるか?」
「聞こえる」
時東が答えた。
「俺も聞こえるよ」
続いて高砂が言った。俺達は顔を見合わせ――それから、誰ともなく笑った。
新しいことを始めるというのは、なんとなく嬉しい。
今後どんなことが待ち受けているのだろうか。
そんなことを考えつつ、俺は告げる。
「これから宜しくな」