「はい来ました!ちゃんと狙って!」
「よし来たぁ!【影縛りの枷】ォ!」
クロエが軽く小突きながらも、私の目の前へと満身創痍となった熊を転がしてくる。
それに対し、すぐさま手のひらを向け大きく叫びながら魔術の発動をしてみれば。
熊の身体のすぐ下……身体から伸びる影から無数の手の様なものが湧き出し、熊の全身を縛り上げ小気味いい水音を立てながらそのHPを削っていくのが目に見えた。
……うん、継続ダメージ最高!
どうやら、という訳ではないが。
この【影縛りの枷】という魔術は中々に使い勝手が良い魔術だったようで。詳細説明には書いていないものの、対象に指定した敵性モブに対してしっかりとダメージを与える事が出来る事が判明した。
故に、今はキャパシティを取り敢えず埋める為、この『惑い霧の森』の上層に出現するというミストベアーなる巨大な熊を狩っているのだが、
「……私要ります?」
「いやぁ、思った以上に妖精族の魔術ブーストが強いね!」
正直、クロエが囮になって敵性モブのヘイトを釣る必要がない程度には妖精族の種族特徴が強力だったのだ。
それはもう、【影縛りの枷】の継続ダメージだけでHPが満タンのミストベアーを狩る事が出来る程度には。
「私が初めてここに入った時、ソロで狩るの結構大変だった記憶があるんですけどね……」
「まぁまぁ、少なからずクロエのバフの効果もあるから!それに……これでキャパシティは埋まったし」
【ミストベアーを討伐しました】
【『霧熊の爪』、『霧熊の肉』を取得しました】
【【影縛りの枷】のキャパシティが3/3になりました。これ以上は従属させる事が出来ません。新しく従属させる場合は、既存の従属モブを削除してください】
ログが流れると同時、影の手によって全身を縛り上げられていたミストベアーが光の粒子となって消えていく。
それを横目で確認しつつ、【影縛りの枷】の詳細を表示させてみると。
――――――――――
【影縛りの枷】
種別:攻撃
等級:初級
行使:発声
効果:対象を指定して発動
発動後、その対象のHPが0になった場合、その対象の影を使役する事が可能
使役出来る数はキャパシティに依存する
キャパシティ:3/3
ミストベアー:2
ミストイーグル:1
――――――――――
きちんとここまで倒した敵性モブ達の名前と数が表示されていた。
ちなみにミストイーグルと言うのは、
「あ、また来ましたよ」
「もうキャパシティ埋まっちゃってるから、倒しちゃっていいよ」
「分かりました」
『――ッ!?』
クロエによって、空中から叩き落された2匹の巨大な鷲。
『惑い霧の森』は基本的に濃い白の霧に周囲を覆われているのにも関わらず、空中から定期的にこちらへと襲撃してくる厄介な敵性モブだ。とは言え、空中に向けての攻撃手段を持っていれば、ゲームを始めたばかりの私でも倒せる程度には弱い。
「じゃ、もう帰りたいっちゃ帰りたいなぁ……って思うんだけど……」
「あ、じゃあ帰りましょうか。――はい」
「へッ?!」
マップ機能が制限されているが故に、出口がどちらの方向にあるかが分からない私を見て……クロエが軽く手を一度叩いたかと思えば。
瞬間、私の視界に映る景色は『惑い霧の森』の入り口へと切り替わっていた。
……何が……って原因は分かってる!
クロエが手を叩き、景色が切り替わった。そこに因果関係がないとは言えないだろう。
このArseareというゲームは、自分が作りたい魔術を作り出せると聞いたことがある。ならば、長くやっているプレイヤーならば……私を連れてダンジョンから一瞬で脱出出来るような魔術を持っていてもおかしくは無い筈だ。
「……もしかして、クロエってこのゲームで結構強かったりする?」
「んー……マリスの強いがどの基準かは分かりませんが……とりあえず、ダンジョンを2つ持ってるプレイヤーが弱い訳ないですよね?」
「あはは……そりゃそうだー……!」
その後、私とクロエは一度イニティへと戻り。
おすすめされた宿屋の一部屋を借りて、その日のプレイは終わりにする事にした。
何分、得たモノや体験したコトが多い為に自分の中で咀嚼出来る限界に到達してしまったのだ。
「あ、そうだ。マリスにうってつけな話が出来ると思うので、明日インしたら連絡ください」
「?分かったよ、じゃあまた明日ね!」
「はい、また明日」
何やらクロエが意味深な事を言っていたが……悪い事では無いだろう。多分。
―――――
翌日。
Arseareにインしてすぐにクロエへと連絡すると、タイミングを見計らっていたかのようにすぐに返信があった。
「紹介したい人がいる、ってどういう事なんだろう……?」
彼女のメッセージには短く『昨日会った場所で。1人、私のフレンドを紹介します』とだけ書かれており、詳細は全く分からない。
だが、昨日の言葉を信じるならば……私にうってつけな、私のやりたい事を支援してくれるような人である可能性が高い。
……って言っても、私言っちゃえばグレー寄りの……未来の指名手配系プレイヤーなんだけど大丈夫かな……?
やりたい事がやりたい事なのだ。
今はまだ、自らの根城は存在していないものの。今後それを見つけ、ある程度運営が上手くいったならば……周囲の村なんかを適当に襲ってみようかとも考えている危険思想持ち。
それに支援するような相手がマトモとは考えにくい。
「あっ、居ましたね。大きさが大きさなので探すのに苦労するかと思いました」
「妖精族の魔人プレイヤーか……これはまたニッチな……」
「ん、クロエ!おはようー!……で、隣の人が?」
悶々と考えていると。友人の声がした為に顔を上げる。
そこに居たのは、1人の獣人族の男性プレイヤーだった。2メートルはあるであろう身体に、頭の側面からは巨大な角が生えている。恐らくは牛やそれに類する何かの特徴を持っているのだろう。
「えぇ、彼は『駆除班』のバンビさんです」
「よろしく、バンビだ。一応この辺の『駆除班』の中じゃ情報通ではある。専門にしてるのが周りとは違うからな」
「あっ、マリスです!『駆除班』って確か……ゲーム外クランの?」
「お、知ってるのか。そう、ボス狩り専門のゲーム外クラン『駆除班』だ。俺はそのArseare支部の所属って訳だな」
『駆除班』。様々なVRMMOに支部を置き、ボスを狩れるだけ狩り続けるという事に重きを置いたゲーム外で発足されたグループであり……昨今のゲーム攻略情報は、彼らによって提供される事が多いくらいだ。
私も何度も御世話になった事があるので記憶に強く残っている……のだが。
「……え、クロエ?私ここで狩られるの……?」
勿論、御世話になったのは討伐される側としてだ。
私のやっているプレイスタイル上、彼らはどうしても味方というよりは敵という印象が強いのだから。
身体を震わせ怯えたような表情を浮かべている私を見て、クロエは軽く笑いながらも否定した。
「あは、違いますよ。バンビさんはこのゲーム内のダンジョンの位置を記録して、内部の探索を担当してる人なんです。なので」
「……まぁ、あんま『駆除班』的には良くないんだが……マリスさんの根城に出来るようなダンジョンの情報を提供しようかと思ってな」
「ほ、ホントォ!?」
どうやら、私が思っていた以上に『駆除班』の人達は良い人達なのかもしれない。