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第3話:主力はポンタ

 俺たち、いや、真の勇者ポンタとその従者(俺)は、冒険者ギルドのクエスト掲示板の前に立っていた。壁一面に貼り出された紙の束は、この異世界の日常を物語っているようで、少しだけワクワクする。

「さあ、人間よ! 初クエストを受けるのだ!」

 俺の頭の上に乗ったポンタが、小さな前足を掲げ、偉そうに号令をかける。その小さな体からは、なぜか妙な威厳が漂っている。

「お前、なんでそんなに偉そうなんだよ……」

 俺は思わず愚痴をこぼした。

「当然だろう! 我は勇者であり、お前は従者なのだからな!」

「だから、それが納得いかねぇんだよ!」

 何度言っても無駄なのはわかっている。だが、口にせずにはいられない。いくら文句を言っても、俺のランクはFで、ポンタのランクはD。この理不尽な現実は、冒険者カードが証明してしまっている。

「ふむ……」

 ポンタは、さも熟練の冒険者のように腕を組み(前足だけど)、掲示板のクエスト一覧を吟味している。

◆ クエスト一覧 ◆

* 薬草採取(Fランク)

 → 報酬:5銀貨

* ゴブリン討伐(Dランク)

 → 報酬:15銀貨

* 洞窟のスライム掃討(Cランク)

 → 報酬:30銀貨

「おお、ゴブリン討伐があるぞ! 我のランクにぴったりのクエストではないか!」

 ポンタが掲示を見上げながら、興奮したように言った。

「いやいや、お前Dランクでも、俺はFランクなんだぞ? いきなり戦闘系のクエストは無理だろ……。俺、武器も持ってないし!」

 俺は慌てて引き止める。ゴブリン討伐なんて、命がいくつあっても足りない。

「む? 何を言うか。お前が戦えぬなら、我がミラクルバイトで一撃粉砕すれば済む話であろう? 我の牙にかかれば、どんな魔物もひとたまりもないぞ!」

「いやいやいや! そんなスキル名だけで強そうな感じ出すなよ! そもそもハムスターの噛みつきだろ!?」

俺が叫んでいると、先ほどの金髪の美人受付嬢、アイリスさんが微笑みながら近づいてきた。

「初めてのクエストですね。でしたら、薬草採取あたりが無難かもしれませんよ? 新米冒険者の方には、まずはお勧めしているんです。」

「うっ……やっぱり最初は地道な仕事からか……」

 俺は思わず唸った。いきなり華々しい冒険とはいかないらしい。

「むぅ、仕方あるまい。では従者よ、まずはその薬草採取とやらを引き受けるのだ! この勇者ポンタ様が、汝を特別に許そう!」

「なんでお前が決めるんだよ!」

 俺は再びツッコミを入れたが、ポンタはどこ吹く風だ。

 こうして、俺たちは初めてのクエスト「薬草採取」に挑戦することになった。


 街から歩いて30分ほどの森。木々の間からは柔らかな木漏れ日が差し込み、鳥のさえずりが心地よく響く。俺たちは指定された「ヒールハーブ」とやらを探していた。見た目はどこにでもある雑草とあまり変わらないので、見分けるのに苦労する。

「おい、ポンタ。お前も探せよ。せっかく来たんだから、少しは働け。」

 俺は、俺の頭の上で涼しい顔をしているポンタに声をかけた。

「むっ、我を誰だと思っている? 我は勇者だぞ? 勇者にそのような泥臭い仕事をさせるつもりか?」

 ポンタは、まるで自分が王様だとでも言いたげに、偉そうにふんぞり返る。

「勇者でも薬草くらい探せるだろ! お前、暇そうにしてるだけじゃないか!」

「……仕方あるまい。では、見せてやろう。我の真の力の一端を!」

 そう言うと、ポンタは俺の頭からピョンと軽やかに飛び降り、地面に着地した瞬間。

 シュバッ!

 信じられない速度で草むらを駆け回り始めた。その姿は、まるで小さな金色の弾丸だ。

「ちょ、速ぇ!!」

 俺が呆然としている間に、ポンタの姿はあっという間に遠ざかり、そして次の瞬間には、もう目の前に戻ってきていた。

「ふむ、発見!」

 数秒後、ポンタは小さな口に、鮮やかな緑色の葉っぱ、ヒールハーブをしっかりと咥えて戻ってきた。その姿は、誇らしげに胸を張っているように見える。

「おお、本当に見つけた!?」

 俺は思わず声を上げた。まさか、本当に見つけてくるとは思わなかった。

「我を誰だと思っている? 神聖魔獣(ハムスター) だぞ? この程度の探索、造作もないわ!」

「それ、すごいのかどうかわかんねぇ……」

「神聖魔獣」と言われても、いまいちピンとこない。ただのハムスターではない、ということはわかったが。

 その後も、ポンタの「ハムスターダッシュ」による圧倒的スピードで、ヒールハーブを次々と発見していった。俺が一本見つける間に、ポンタは数本も見つけてくる。

 結果。

 俺の採取:4本

 ポンタの採取:25本

「お前、もしかして俺いらなくね?」

「ふふん、我がいればすべて解決なのだ! この勇者ポンタに不可能はない!」

「……俺の存在意義とは……」

 俺の異世界冒険者としてのデビュー戦(薬草採取)は、まさかのハムスター勇者の活躍によって、あっという間に終わったのだった。俺はただ、ポンタが採取した薬草を受け取って袋に入れるだけの存在になっていた。

 予期せぬ遭遇、そして衝撃のスキル

 クエストも無事終わり、街へ戻ろうとしたその時。

「グルルル……」

 草むらの奥から、不穏な唸り声が聞こえた。その声は、動物のそれとは明らかに違う、禍々しい響きを帯びている。

「……おい、ポンタ?」

 俺は思わずポンタに声をかけた。

「む?」

 ポンタは俺の頭の上で、小さな耳をぴくぴくさせている。

「なんか、ヤバそうなのがいるんだけど……」

 俺がそう言い終わるか終わらないかのうちに、茂みが大きく揺れ、その瞬間、巨大な狼のような魔物が姿を現した。その体は黒い毛皮に覆われ、鋭い牙を剥き出しにしている。

「ぐるるるる……」

【魔獣:フォレストウルフ(危険度D)】

 俺の頭の中に、先ほどと同じくゲームのようなシステムメッセージが響いた。危険度D!? 俺はFランクだぞ!?

「ちょ、なんでこんな奴が出てくるんだよ!? 俺、武器すら持ってないのに!」

 俺は完全にパニックに陥った。丸腰でこんな魔物と戦えるわけがない。

「ふむ……なるほど、これがこの世界の洗礼 というやつか! 我が力を試す絶好の機会!」

 ポンタは、俺とは対照的に、妙に冷静な声でそう言った。

「いや、そんな冷静に言ってる場合じゃねぇ! どうするんだよ!?」

「ふっ……ここは我が力を見せる時! その小さな命、この勇者ポンタが守ってやろう!」

 ポンタがスッと俺の頭から飛び降り、フォレストウルフの前に立つ。その小さな背中は、なぜかとても大きく見えた。

「待て待て待て、お前どうする気だ!? 無謀すぎるだろ!」

 俺は止める間もなく、ポンタは大きく口を開き……。

「ミラクルバイト!!」

 ガブッ!!!

 ポンタの小さな体が、一瞬、フォレストウルフの足元に跳びつき、そして次の瞬間には、その牙が魔物の足に食い込んでいた。

「ギャウゥゥゥン!?」

 フォレストウルフは、信じられないような悲鳴を上げた。その巨体が、一瞬にして硬直したかと思うと、そのままバタン!と地面に倒れた。

「え、倒した!?」

 俺は呆然と、地面に倒れたフォレストウルフを見下ろした。まさか、ハムスターの一撃で倒れるなんて。

「ふふん! これが神に選ばれし勇者、我の力よ! 無様な魔物めが!」

 ポンタは得意げに胸を張り、倒れたフォレストウルフの死骸を睥睨している。

 スキル《ミラクルバイト》の効果:

 一度噛みついた相手に、高確率で致命的ダメージを与える

 俺の頭に、再びシステムメッセージが響く。

「おいおい……お前、マジで最強スキル持ちだったのかよ……」

 俺は、完全に思考が停止した。これまで経験したどんなゲームよりも、この異世界はぶっ飛んでいる。

「ふっ、当然よ! 我の前に敵はない!」

 ポンタは、まるで英雄のように佇んでいる。

 こうして俺は、異世界の戦闘で初めて実感した。

 ハムスター勇者、マジでヤバい。

 そして、俺は決意する。このままでは、本当にただの「お世話係」で終わってしまう。こんなチートハムスターの従者として、いつまでたっても足手まといでは、俺自身のプライドが許さない。

「……よし、俺も強くならなきゃ、マジでただのお世話係になる……!」

 かくして、俺はポンタの従者(仮)として、この異世界でまともな冒険者を目指すことを決意したのだった。


「ギルドに戻ったぞ、人間よ!」

 ポンタが胸を張り、意気揚々とギルドの扉をくぐる。俺はため息をつきながら、その後を追った。さっきまで巨大な狼を倒していたはずなのに、ポンタはピンピンしている。というか、戦闘したのに毛並みすら乱れていないのは一体何なんだろう。

「リュウガ様、ポンタ様、お帰りなさい。クエストの達成報告ですね?」

 受付嬢のアイリスが、俺たちに優しく微笑む。彼女は俺たちの奇妙な関係に、すっかり慣れてしまっているようだ。

「うむ! これが我の華麗なる成果だ! ヒールハーブ29本なり!」

 ポンタは得意げに、ちょこんと採取した薬草の袋を差し出した。

「ありがとうございます! 確かに確認いたしました。これで報酬の五銀貨になります。」

 アイリスさんが、ポンタの差し出した袋を受け取り、代わりにキラキラと輝く銀貨を五枚、カウンターに置いた。

「やったな、ポンタ。最初の報酬ゲットだ!」

「ふむ……だが、これはあくまで準備運動。我らの真の目的は、この世界を救うことだからな! さあ、次なるクエストを選ぶぞ!」

 ポンタは、もう次の冒険に目を向けている。その意欲は素晴らしいが、俺はまだこの世界の戦闘に慣れていないし、生きていく準備も整っていない。現状、俺は武器も持ってないし、使えるスキルもない。レベルも低いし、ポンタに頼りっぱなしじゃ、マジでお世話係のままだ。

「アイリスさん、俺、何か簡単に強くなる方法とかないですかね? このままだと、ポンタに置いていかれそうで……」

 俺がそう尋ねると、アイリスは少し考えた後、ポンと手を叩いた。

「でしたら、ギルドの訓練場を利用されてはいかがですか? 冒険者ギルドの地下に、専用の訓練施設があるんです。」

「訓練場?」

「はい。ここでは冒険者向けに、基礎的な戦闘訓練を受けることができますよ。経験豊富な教官も常駐していますし、模擬戦なども可能です。」

「おお、それだ!」

 俺は思わず声を上げた。これで、ポンタに頼りっぱなしの自分を変えられるかもしれない。

「むむ……人間よ、ついにお前も修行を始める気になったか! よかろう、我が厳しく指導してやるぞ!」

「そういうお前はどうなんだよ? まさか俺が強くなってる間、お前はのんびりしてるつもりじゃないよな?」

「ふふふ……何を言うか。我は常に進化を続ける勇者! 修行とて例外ではない! この肉体とスキルを、さらなる高みへ昇らせねばならぬ!」

「……お前、ハムスターのくせにどうやって鍛える気なんだ? 走るのか? 回し車でも回すのか?」

「む、何やら我を小動物扱いする口ぶりだな? 我を愚弄するか、人間よ!」

「いや、小動物だろお前。否定するなよ。」

「……」

 ポンタはなぜか、ぷるぷると全身を震わせていた。まるで怒りで震えているようにも見える。

「仕方あるまい! 我が本気の修行を見せるとしよう! その目に焼き付けるがよい、愚かな人間よ!」

「え、何をする気だ?」

「……ハムスターダッシュ強化訓練!」

 ポンタの宣言に、俺は思わず「まさかとは思うが」と口にしたが、時すでに遅し。

「特訓開始だあああ!!」

 突然、ポンタが猛ダッシュでギルド内を走り回り始めた。その速度は、先ほどの森で見せたものよりも、さらに速い。

「うわっ!?」

「速ぇぇぇ!?」

 ギルドの冒険者たちが驚愕する中、ポンタは超スピードでテーブルの上を駆け抜け、壁を蹴り、天井を走り、まるで見えない風のように室内を縦横無尽に暴れ回る。その軌跡は、まるで金色の残像のようだ。

「は、速すぎて目で追えねぇ……!」

「な、なんだあのハムスターは!?」

「勇者だ……勇者がいる……!」

 ギルド内の冒険者たちがざわつき、騒然となる中、ポンタは突然ピタリと動きを止め、ドヤ顔で俺を見つめた。その表情は、まるで「どうだ、参ったか」と言いたげだ。

「ふふん! どうだ、我の進化したハムスターダッシュは! これが新たな境地である!」

「……俺は一体、どんな存在と旅をしているんだ……」

 俺はただ、呆然と目の前の光景を眺めるしかなかった。

 こうして、俺たちは各々の方法で修行を始めることになったのだった。俺はギルドの訓練場で剣の腕を磨き、ポンタはギルド内で「ハムスターダッシュ強化訓練」と称して暴れまわる。このデコボココンビの未来は、一体どうなるのだろうか。

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