目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第1話 眠  り

 ピチャピチャピチャ。


 耳元に、聞こえるはずのない音がする。でも、この中に入る前に見たあたしのイメージからすれば、やっぱり音が聞こえるとしたらピチャピチャだと思う。


 科学的知識の乏しいあたしから見れば、ただの水にしか思えない疑似洋水とかナントカいう液体の中に、あたしの全身は沈んでいる。


 ゆっくりと――それこそ気の遠くなるくらいの間隔で――聞こえてくるのは心臓の音。聞こえるはずなんかないんだけど、これはあたしが生きてるって証拠だから。


 …………トックン………………トックン………………

 その1つ1つを大事にして、体中で感じ取る。

 普通に生きてたころはまるで気にしてなかった自然な働きが、実はとても大切で、すばらしいことなんだってどこかでぼんやり感じてたりもする、今のあたし。


 脳も心臓も凍りついてるから何も感じないし夢も見ないって言われてたのに、そんなことを考えるのは、目覚めが近いから?

 それとも、科学者であるみんなには想像もできなかった、実際に体験したあたしだけが分かること?


 ……ううん、まだよ。まだあたしは目覚めちゃいけないの。シグナルなんか、聞こえない。聞こえるのはあたしを取り巻いてる優しい水の音。それと、なんだか早くなってきているような心臓の音。


 だめよ、あたしは目覚めちゃいけないの。

 まだ、まだ、まだ。

 もう少しこうしてないといけない。今のあたしはまだ完全じゃない。



 と、おく……聞こえるのは、何? 聞こえる……違うわ、感じてくるの。全身に。揺れてる……かしら……?



 でも大丈夫。ここは安全。ここなら何も怖くないわ。なぜだか自分でも分からないけど、そんな気がする。

 だって、ここはこんなに気持ちがいいんだもの。まるで母さまに抱かれてたころみたいに。


 そう、だからだわ。

 ここは母さまの中にいるのと同じなんだ。だから、あたしは大丈夫。そうして本物のシグナルが鳴ったとき、あたしは生まれ変わるの。母さまに産みおとされて、新しいあたしになるの。


 でもまだよ。それはまだ先のこと。

 まだあたしはまっさらじゃないから、もう少しここにいるの。


 だから起こさないで。

 もう少し眠るわ。

 もう少しだけ…………。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?