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第3話 無人施設

 これまで背中を預けてた後ろの機械に手をかけて、よいしょって体を引き上げる。


 力、入んない。配分忘れちゃってるんだ。

 永く眠るっていうのも案外考えものかもしれないな。たった1年でここまで体がついてこなくなるなんて。

 どうしてただ立つだけなのに、こんなに疲れなくちゃいけないの? 我ながら情けないなあ。


 こんなみっともない姿、たとえ服着てたってだれにも見せらんない。

.よっ、こらしよっ。――ほっ、立てた。けど、ぐらぐらしてる。バ、バランスが……。


 まず、右足に右手、だっけ? あれ? 左手だった?

 ちょっと待って、変よ、止まれ、足、こらっ、手!

 もー……き、きゃわっきゃわっきゃわっ! た、倒れるーーっ!!


 ……あーんっ。歩き方も忘れたなんて、笑い話にもならなーいっ。


 かといって、このまま歩けないなんて冗談じゃない。


 休憩を挟みつつ、トライして何度目か。

 やっと転んだり足踏まないで普通に歩き出せることができて、もうそれだけでほっとする。


 でもまだちょっとこれが自分の体って気がしない。だるいし、重いし……きっと、いきなり起こされたせいで、体が起ききれてないんだわ。前に似たようなこと、あったじゃない。

 ぐっすり寝てたところを父さまに「まだ寝てるのか!! 学校に遅刻するぞ!!」って耳元で叫んで起こされて。きゃーってなって、頭は起きたんだけど体がついてきてなくて、ベッドから出たとたん、足がからまって倒れちゃったのよね。

 きっと、あれと同じ。


 手足がちっともかみあわなくて、すっごくイライラする。それに、寒い。ここの主光源ってたしか、地上から引き込んだ光ファイバーだって言ってなかったっけ?

 理屈はよく分かんないけど、暗いってことは単純に考えて、外は夜ってこと? この部屋暖房入ってないし。風邪ひいちゃいそう。あたしの体、濡れっぱなしだから、よけいやばい。


 やだなあ。ここってすっごく地下にあるのよね。一般人立入禁止のせいもあるけど、来たときは案内されるまま歩いただけだから全然道覚えてない。

 せめてリネン室がどこにあるかさえ分かれば、多分、着替えがあると思うんだけど……1週間検査で寝起きしてたときに渡された検査着とかスリッパとか。

 でもあれ、たぶん相当上の階だったと思うから、エレベーターないと無理かも。


 エレベーター見つけるか、この階のリネン室を見つけるか……。


 せめて、どっかの壁に平面図とかかかってないかしら? ホテルとかビルとか、ああいう施設によくあるやつ。


 そんなのここにあるかどうか分かんないけど、ありますように、と祈りながら、ぺたぺた足音をたてて裸足で通路に出た。


 にしても、どうしてだれも来ないの? おかしいじゃない。絶対おかしいわよね? あたしが起きてからだって、ずいぶんたつのよ? だれも駆けつけてこれないほど遠くなんかないはずだわ。

 今が夜だからって、

 今が夜で、みんなの勤務時間外だったとしても、警備員さんとか、そういう人、いるはずでしょ? 守衛さんとか。

 あたしが入ってたケース、あんなに大きく割れちゃってるんだもの、大きな音がしたはずだわ。つながってた機械だって、引きちぎられたんだから警報とか鳴ってるはずじゃない? 聞こえなかったの?


 それともあの人、人を呼びに行ってくれたんじゃないの……?

 ううん、それよりまず、あの人ってここの人じゃなかったの? もしかして。


 ド、ドロボーさん、だったとか……?


 や、やだっ! パス! そんなこと考えたくない。それなら一体どうやってここまで忍びこんでこれたのよ?

 ここは《CITY》マイルァ中央管理局下の科学局よ? だれにも見つかることなくここまで来るなんて、不可能だわ。

 大体、非常警報が(CITY》管制塔のマザーコンピュータ・デルアに直結してるはずじゃない。そこからただちに治安局へ通報がいき、パトロールが来るはず。


 それがシステムってものでしょ?


 なのにあたしは気を失ったままだった。おまけにほとんど裸のあたしがこうして所内をウロついてるのに、だれもとがめに来ないなんておかしい。監視カメラは? ないとかある?

 絶対、おかしい。こんなのあたしの知ってる常識じゃない。


 あたしの眠ってる一年間に一体何があったの?

 まさかみんな、これ知ってて、黙ってモニター見てるんじゃないでしょうね?

 まさか……でも……。


「エッチ!」


 丁字路の角にあった、監視カメラっぽいレンズに向かってに言ってみる。


 ――あれ? これ、もしかして動いてない? ズーム……されてないよね?

 でも。


「掃除ぐらいしなさいよ」


 そう、声に出して言ってみる。だって集音マイク、あるかもしれないもの。

 まったく、清潔第一って威張って消毒薬っぽいにおいさせてたわりにこういうところがこれなんだから。手が届かないからって、雑に放置しとくなんて、矛盾よね。


 けど、これで決定。

 やっぱり何かあったんだ。


 やっぱり……やっぱり、研究中止、施設閉鎖で施設ごと見捨てられちゃったとか……?


 うっっ。

 い、今は考えないようにしよう。そんなの怖すぎる。涙出てきちゃった。うわっ、鼻水まで。やだっ、早く着替え見つけないと、本当に風邪ひいちゃう。


 そう思って、前方に目線戻したらなんと、あったんだよお。服が。にゅって、通路に現れてる。


「ふっ、服ーーーーーっ!!!!」


 嬉しくって嬉しくって、走り出した。手、前に突き出して、ひったくるようにして取って、抱きしめる。


 服。ああ、服だわ。たしかに服。見間違いじゃなかった。これで風邪ひかなくてすむ。よかった。服だわ。よかった。服、あった。よかった……。


 すりすりって頬ずりして。


 なんか、相当鈍いって言われそうだけど、そこでようやく気づいたのよ、なぜ服がこんな通路の角から突き出してるの? って。


 ロッカーがあったわけでもないし、第一どこにも服がひっかかるところなんてないのよ。丁字路の先の普通の通路の角なんだから。


 なんか、よおーく考えると気持ち悪いけど、とりあえずシャツに袖を通した。白地に緑の細いストライプ・シャツ。胸元に金ボタンつきの飾りポケットがあって、左前。男物なのね。どおりでブカブカだと思ったわ。しかたないから余分な袖まくって……あ、よかった。ボタン止めついてる。ズボンがないけど、裾が長いし、膝のすぐ上まであるからとりあえずはこれでいい。


 いそいそと着終わって、ほっとして。1回深呼吸してから決心する。


 ほとんど裸状態からぶかぶかシャツ状態になっただけだけど、とにかく体が隠せたことにほっとして、少し気持ちに余裕が戻ってきた。


 こうなったら、何だって来いだわ。


 服が出てきた角に指かけて、生唾飲んで、えいやって飛びこむ。


「だれっ!」


 長く続く真っ白な通路。今まで歩いて来た所と全く変わらなくて、当然服のかかるとこはどこにもなくて。

 そして。

 そこにはやっぱりいたわけよ。うわーんっ。


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