そこに立っていたのは、あたしから見れば異常なほど肌の白い、少年だった。
たぶん、14~15歳。確実にあたしより年下。
うーん。美少年、に訂正。
着てるのはブルー・グリーンが基調のつなぎ服で。あれ、多分宇宙軍士官服だわ。詳しくないから階級とか分かんないけど。胸元にバッジがついてるし、きっとそう。
――で。
……えーと……。
やだわ。あんまし見たくない。できれば見たくないんだけど……うっ、避けらんないみたい。見ないわけ、いかないもの、現実である限り。
えーい、認めたくないけどこの際しかたない! この子(だって、どう見ても年下なんだもん、この子)緑色の髪してるのよ! ふわふわの、わたがしみたいな!
染めてるんだと思うけど。
この少年だ。間違いない。第一印象が緑の、ポッドからあたしを引きずり出した男の子!
この子に見られちゃったんだ、あたし……。
途端、かっと顔が熱くなる。
やだっ、きっと真っ赤になってるはず。あたし、すぐ顔に出ちゃうんだもん。やだやだ。でも、だって、差恥心が。うわ。
とても直視できなくて、足元の辺りで視線をうろちょろさせたあと、少しずつ、上に上げていく。
……よく見ると、ほんとにすごい格好じゃない。
あたしと同じで裸足だし、つなぎのズボンも上着もかなり色褪せてて、着古してボロボロ。袖なんて、肩元からちぎり取られたみたいになくなってる。襟のボタンなんかどっかに吹っ飛んでるし、汚れもあちこちついてて、浮浪者みたい。
何事?
この際、どうして宇宙軍の士官がこんなとこにいるの? って疑問は横に置いといて。
見たこともない長銃を担いでるのよ、この子。
銃とか興味ないし、人殺しの武器って嫌いだからよく分かんないけど、どっか、あたしの知ってる銃とは違う形してる気がする。
でも、それが銃なんだっていうのは分かる。
どうして銃なんか平然と持ってるわけ? それってやっぱりドロボーさんなんだってこと?
うわー、うわー、うわーっ。
どーしよーっ。
もしそうだったら、あたし、殺されちゃうの? ズドンってあれで撃たれて。
そうなったらあたし死んじゃうじゃない。あんな大きな銃だもの、撃たれたら間違いなくあたし死んじゃうわ。
――はっ。
もしかしてここの所員の人たち、この子に撃ち殺されちゃったのかも知れない……。
もし。もしそうだったら、あんまり刺激しない方がいいのかも……。
「あ、あのっ。
あたし、坂ロ 美幸っていうんだけど……。あの、ここの室長補佐の、坂口 雄三の娘で。それで、えっ……と……」
とりあえず、当たり障りのない自己紹介なんかしてみる。けど、反応なし。
あ、あと何言えばいいんだろ?
まさか「ポッドから出してくれたのあなた?」なんていきなり聞くわけにいかないし……。
服をありがとう、なんてどうかしら? お礼言われて怒る人なんていないわよね? うん。そうよ。お礼言おう。
「あのぅ……」
この服くれて、ありがとう。
そう言おうとしたんだけど、言えなかった。
緑頭の少年は、何を思ったのか、いきなりあたしの手をつかむと歩き出したのだ。
あまりの驚きに硬直してしまったままのあたしを引っ張って、男の子は無言で進んで行く。
はっきり言って、怖い。もう叫び出したいくらい。手も振り払って逃げ出したいんだけど、でも、あたし撃たれたくない。
刺激しないためには、やっぱり逆らわない方かいいんだろうな、こういう場合……。
男の子はずんずん歩いていく。それがすっごく早くて、ちょっとあなた、女の子と歩いたことないのっ? って問いつめたくなっちゃうくらい。男の子は歩きなのに、あたしは小走りになってるという状態なの。
背の高さだって肩幅だって同じくらいなのに、どうして? と、彼の足と自分の足を見比べて……ううっ。これに関してはあまり考えないほうがいいみたい。あたしがみじめになるだけだわ。
あ。ここ知ってる。覚えてるもの。入るときに通ったとこだ。あ、ここも。
じゃあ彼の向かってるとこって、外?
あたし出ていいの? ほんとに? いいの?
父さまごめんなさいっ。あたしがすすんで出ようとしてるわけじゃないのよ? これは、この子が悪いの。あたしを連れ出そうとしてるんだから。そりゃ、出たくないのかって言えばうそになるけど。でも、この場合はやっぱりこの子の無理強いってことで……。
などなど。あたしが胸の中の父さまに平謝りしている間にも、どんどんどんどん階段を上がっていって、やっと地下2階ってとこについたとき。あたしの目の前には、巨大な瓦礫の山が現れたのだった。
今まで上ってきた階段の続き、上の壁ごと途中で壊れて、つぶしちゃってる。
すっかり埋まっちゃってて……ここまでくると、壮観。うーん、すごいっ。
あんぐり口を開けて見入っていると、男の子はようやくつかんでいたあたしの手を放して、瓦礫に足をかけて登り始めた。
器用に3分の1ぐらい上がって、ぼーっと下で見てるあたしに合図してくる。伸ばした手、おいでおいでして――って、ええっ?
もしかして、来いって言ってるの?
じっ、冗談でしょ!? こんなとこ登れるわけないじゃない。あたし裸足なのよ? そりゃ、あなただってそうでしょうけど、こんな瓦礫の山、絶対痛いに決まってるじゃない。
それに、転んだりしたらどうしてくれるのよ。あたし、絶対転ぶわよ、運動神経ゼロで、障害物競走だって後ろから数えたほうが早いくらいの順位なんだから、もう絶対。
ぶるぶるぶるって首を振るあたしを、彼はずっと見ていた。何も言わず、ただじーっと見てくる。子犬みたく、まっすぐ、そらそうともしない視線。
やだ。あたしのほうがわがまま言ってるみたいじゃない。あたしのほうが年上なのに。
そう思うと恥ずかしくなってくる。
俯いたまま動こうとしないあたしにじれてか、登るより早く、彼はもう一度近くまで下りてきた。そして、あたしの袖をくんって引っ張ってくる。
「……分かったわよ、登る。登ればいいんでしょ。あたしだって外に出たいんだから」
こうなったら、こうなってるわけ、見定めてやるわよ。
そう言って、瓦礫に足をかける。それを見て、彼はまた先に登り始めたんだけど……これが見た目ほど簡単じゃないのよ。忘れかけてたけど、あたし裸足だし。同じ裸足の彼が小石1つ落とさず登っていく姿なんて、まるでサルに見えるわ、こうなると。
それでも気にしてくれてるのか、ときどき止まって、振り返ってくれるけど。
とにかく瓦礫相手に格闘してみたんだけど、これが3歩登ったら2歩落ちる、の繰り返し。顔真っ赤にして、慣れない力配分によろよろしながらようやくあと少しっていう所まで登ったとき。上から手が降ってきた。
見ると、天井の壊れた一角から、あの少年が夜空を背に、手を差し出してきてる。
これ、手を貸してくれるってことかな?
出会って以来、全然、ひとっこともしゃべってくれないからよく分かんないけど、とにかく開いた手に手を乗せてみる。そしたらなんとっ!
「きゃあっ!」
引っ張り上げちゃったのよ! 強引に!
足の先が宙まで浮いた、あまりの勢いにあたしは引っ張り上げられたあと、そのまま前のめりになりながらも倒れまいと踏ん張ったんだけど……途端、ひんやりとした風が全身に触れてきた。
外だ。
真っ暗な、夜。星空が一面見渡せるくらいの。
こんなにたくさんの星って、あたし生まれて初めて見る。
だって、いつだってネオンが夜の星だったんだもの。
でもこの時、その満天の星空よりも、もっとあたしを驚かせたのがあった。
ううん、驚き、なんて単純なものじゃない。
驚愕、恐慌、狂乱ものよ。カルチャーショックの数百倍!
「何も、ない……?」
あたしは呆然と、そうつぶやいていた。