一行が小一時間も進んだころ、街道の両脇には畑が広がっていた。
片側には野菜が。もう片方は果樹園があった。
「もったいねえなあ……。なんだよこれ」
畑の残念な有様に、男はぼやいた。
視界に広がる農地には、収穫されずに萎れている野菜が大量にあったのだ。
そして果樹園も同様に熟れた果物が放置されて、地面に落ちた実があちこちで腐敗している。
男はクラクションを鳴らすと、先導する馬車を停めた。
そして車を降りると、馬車のオッサンに声をかけた。
「なあ、この畑はなんで収穫してねえんだ? このままじゃ全部腐っちまうぞ」
「はあ? 畑? わしには分かりかねるが……」
「異界の方よ」と御者が呼ぶので男が近づいていくと、
御者が小声で、
「この畑で働いている農民は、現在港の工事に駆り出されておりまして……。その工事を命じたのが我が主、という訳でございます」
「アホかよ。せめて収穫してから連れていきゃあいいじゃねえか」
「そのような下々の都合など理解されるような方ではございませんで……」
御者の言うには、今日はその港の工事の進捗具合を見に行った帰りだったと。
呆れた男は、拳で反対の手の平をパン、と叩き、
「とにかく、食い物を粗末にするのは許せねえ! 食えそうなもんだけでも、持ち帰ってやりたい。だが、無断で採るのは泥棒だからなあ……」
男が心底悔しそうな顔で畑を見つめていると、馬車から顔を出したオッサンが、
「なんだ、ゴミが欲しいのか? 好きなだけ持っていってよいぞ」
「は? この畑オッサンのじゃねえだろ。何言ってんだよ」
「しかし、ワシはここの領主じゃが。それではダメなのか?」
「は? 領主? へー……。そんなら遠慮なくもらってくぜ。だがな」
男はオッサンに詰め寄ると、襟首を掴んで凄んだ。
「農家さんが汗水垂らして作った作物を、ゴミ呼ばわりすんのは頂けねえ。あんたも野菜や果物や穀物を食ってんだろ。それは誰が作ったんだ。あんたじゃねえだろ。
食えるものはゴミじゃねえ。食えなくなってからがゴミなんだ。分かったか」
「す、すまん……わしが悪かった。異界では、余程食料が貴重なのじゃな」
「そういう問題じゃねえ」
吐き捨てるように言うと、男はオッサンを解放した。
そして、トラックの屋根にいる女に声をかけた。
「おーい、おいしい食事の材料を集めに行くぞ。姐さんも手伝え」
「分かった!」
女は屋根から軽やかに飛び降りると、見事な着地を決めた。
男は荷台から組み立て式のコンテナをいくつか取り出すと、ひとつを女に手渡し、己は数個を抱えて畑へと入っていった。
「なあ、これは大丈夫か?」キャベツを手に女が尋ねる。
「お、ダイジョブダイジョブ。周りの葉を数枚毟って箱に入れてくれ」
「分かった」
女は腰から小ぶりのナイフを取り出すと、サクサクと外側の葉を切り落として収穫していた。確かに刃物があった方が便利ではある。
コンテナに4つ分ほど野菜を収穫――キャベツ、ニンジン、タマネギ、トウモロコシ、ジャガイモ、良く分からない葉野菜――した二人は、次に果樹園へと入っていく。そこにはリンゴ、ナシ、オレンジ、桃などが生っていた。こちらも痛んだものが多かったものの、なんとか食べられそうな実を集めることが出来た。
嬉しそうにコンテナを抱えた男が、
「いや~、大漁大漁。これだけあれば当分食えるな」
「これで何が出来る? どんな料理が出来るのか? 私はニポンの料理をもっと食べたいんだ」
「見たところ野菜は共通っぽいけど、日本の料理は調味料が独特なものが多いから、外国の料理になっちまうかもなあ」
「ガイコク? それは異界とは違うのか?」と残念そうな女。
「お前たちの世界にも国はいっぱいあるんだろ?」
「ある」
「日本っていうのは、俺らの世界に200ある国の中の1つなんだよ」
「に、にひゃく……」女が絶句した。
「おそらく、こっちに来た異界人のほとんどが、俺の同郷……つまり日本人だったってことなんだろうさ。それで異界の代名詞がニポン、になっちまったって思うんだ」
「なるほど……」
「ここは俺の母国とはちょっと違ってさ、もーっと西の方にある国の文化に近いように見えるんだ。さっきお前が食べたバーガーも、その西の方の料理なんだよ」
「そうなのか……。でも、すごく旨かった」
男は満足そうにうなずき、女の頭をガシガシと撫でた。
「それは良かった。旨かった、その一言のために俺は……俺は」
「どうした? 急に。何か気に障るようなことを言ったか」
「そうじゃねえ。姐さんは悪くはねえよ。ただ、いくら俺が旨いバーガーを作っても、食ってくれる人があんまりいなくてな。昨日もそれで、大量に売れ残ってしまった。さすがに毎日それじゃあ、俺の心が折れちまうし、なにより食べてもらえなかった料理、食材に申し訳が立たねえのさ……」
しょんぼりする男の背中を、女はズバンと思いっきり叩いた。
ぐはッと息を吐き出す男。
「案ずるな。私がお前の料理を全て食ってやる。だから元気出せ。そして作れ。これだけ材料があるのだから」
「ああ、そうだな。ありがとよ。そうするぜ」
「うむ」
「そういや聞いてなかったな。あんたの名前。
俺はダイキ。
ダイキ・タチバナだ」
「私は元ロドス騎士団所属、今は流浪の冒険者、
ライサンドラ・ギュンターだ。
リッサと呼ぶがよい」
「よろしくな、リッサ」
「よろしく。ダイキ」
二人は力強く握手を交わした。
ハンバーガー移動販売店主の男改め、ダイキが作物をトラックに積み込んでいると元騎士改め、フードファイター・ライサンドラは再び屋根の上に昇って行った。
おそらく彼女の定位置なのだろう。
一行が再出発してしばらく進むと、ひなびた村が見えてきた。
車に積んだ水の残量が心もとなくなってきたダイキは、その村で水を汲ませてもらおうと立ち寄ることにした。
ダイキのフードトラックは水を燃料とする水素エンジン車だったのだ。
異世界でも燃料が調達出来ることに、ダイキは心から感謝していた。
ありがとう車メーカーさん、と。
村の入口の手前に車を止め、ダイキはライサンドラと一緒にポリタンクを持って村に入っていった。
「誰か、ここで水を汲ませてはもらえぬか」
通りかかった老婆に声をかけるライサンドラ。
だが、老婆は二人と、入口前の馬車を一瞥すると、無視をして通り過ぎてしまった。
「ありゃあ……。俺ら嫌われてるのかな……ん?」
ダイキは村の様子がおかしいことに気が付いた。
やせ細った子供たちが、そこここに座り込んでいる。
普通なら走り回っているだろう、幼い子供たちが、生気を失った顔でへたりこんでいるのだ。
「この子供たちは……?」ライサンドラに尋ねるダイキ。
「さあ。しかし、衣服はそこまでボロボロではないから、浮浪児ではないのだろう。街にいる浮浪児はもっと汚いぞ」
「ううむ……」
ダイキはトラックに戻ると、桃をひとつ手にして戻ってきた。
「どうするんだ、ダイキ」
「こうするのさ」
ダイキは近くで座り込んでいる少女に桃を差し出した。
「おなか、すいてるのかい? よかったら食いな」
虚ろだった少女の瞳にわずかばかり光が戻ると、桃にそっと手を伸ばした。
「さ、食いな」
少女が桃を手に取ろうとした時、中年女性がその手を叩いた。
「売りもんを食うんじゃねえ!」
「なにすんだ! 収穫もしないで売りもんもねえだろ! それに俺はそこにいる領主のオッサンに許可をもらって拾ってきたんだ。文句は言わせねえよ」
「なんだって?」
中年女性がダイキの指す方を見ると、そこには領主の馬車があった。
彼女は事情を把握したが、憎悪の籠った目で馬車を睨むと、
「用が済んだらさっさと出てってくれ」
「済んでねえよ。水を汲ませてもらいたいんだ」
「水? あそこで汲みな。終わったらとっとと消えとくれ」
「ありがとよ。一つ聞くが、この子らは何でこんななんだ? なんで飯を食わせてねえんだ?」
「そこの領主にでも聞けばいいだろ! クソ領主め!」
呪詛の籠った台詞を吐くと、中年女性は近くの家に入っていってしまった。
「ま、あれだけやれば、恨まれもすんだろ。さて、水は調達できたが……」
ダイキは村の中をぐるりと見回すと、指を折って何かを数え始めた。