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第4話 お金を借りている友人――誠

「路上販売ですか。それなら小さな物を売った方がよさそうですね」

「そうだな。まずはポーション関連で様子を見るか」


 思いついたら即行動だ。


 ユミにマジックバッグを持ってもらい、回復、マナ、解毒、呪解といったポーションを入れていく。全部で100本ぐらいだろうか。品質は上級なので、競合商品に負ける心配は無い。


 路上販売するのであれば、ござの様に商品を並べる布は欲しいが、家にはタオルぐらいしかない。小さいので使えないだろう。


「うーん。いい敷物はないかなぁ」

「これはどうですか?」


 悩んでいる俺に、ユミがキッチンマットを持ってきてくれた。細長いがポーションを十本ぐらい並べる大きさがある。これなら商品が汚れることはないだろう。


 座る場所は確保できそうにないが、そこは気にしない。


 直接、地面にケツをつけるか。


「ありがとう! 使えそうだ!」


 お礼に頭を撫でると、手をパシッと叩かれた。嫌がったのかと思ったが、口角が上がっているので恥ずかしがっているだけのようだ。


 素直じゃないが、そこがいい。実の娘みたいに保護欲をかき立ててくれる。ユミのためなら苦手な金稼ぎも頑張れるというものだ。


「他に必要な物がなければ行きましょう」

「売り物があるんだ。他は何もいらない」

「わかりました」


 最高の準備が出来たので、俺たちは家を出て道玄坂付近を歩く。


 時刻は10時ぐらいだろうか。


 人が多すぎて商品を広げる場所がない。スクランブル交差点もダメだ。


「マスター、渋谷ダンジョン前に行きませんか?」


 センター街のど真ん中に、地下へ行く階段がある。そこがユミの言っている渋谷ダンジョンだ。


 たまに魔物が地上に出てくることもあるらしく、センター街は探索者の免許を持っていなければ入れない。


 俺は魔力とスキルを持っているから、錬金術師の他に探索者の免許も取得している。センター街に入る資格はあるのだ。ユミはテイムした魔物として扱えるため、同行しても問題はない。


 ただ懸念点もあった。


「あそこは物騒な武器を持った人が多いから盗難が心配だ」

「陳列した商品には幽灯蝶を付けておくので、盗まれても取り返せますよ」

「それなら大丈夫なのか……?」

「悩んでいても先には進めません。商品は沢山あるんですし、試してみましょう。盗まれたらその時です」

「そうだな。何事もチャレンジが大事だ!」


 悩んでいても借金は減らない。今はユミの考えが正しいだろう。


 場所の目処が立ったので、センター街の入り口まで移動して免許を見せて中へ入る。


 ここだけはファンタジー世界のような場所だった。大剣や杖、槍といった武器を持っている人が大勢いる。防具は皮製が多く、金属製は稀だ。


 魔力の込められた武具でしか魔物は傷つけられないため、戦うときは魔力を持った人間が武器に流し込んで攻撃する。そのため飛び道具は全く意味がない。


 銃器や弓矢を持っている人を見かけないのは、そういった理由があった。


「相変わらず物騒な場所だな~」

「マスターが作っている物の方が物騒ですけど」

「俺のは、ほら、マジックバッグで隠しているから」

「私が管理しているのに、自分がやっているみたいに言わないでください」

「……いつも感謝しているよ」


 これ以上話していたら、俺へのダメ出し大会になりそうだったので、足早で歩く。


 路上販売出来そうな場所を探していると、武器と雑貨を売っている店の間に、ちょうど良い空間があった。


「あそこで販売してみよう」


 場所を決めると、ユミは小走りで場所を取ってキッチンマットを敷いてくれた。各種マジックバッグからポーションを二つ出して置く。


「助かった。ありがとう」


 お礼を言ってから地面に座った。


 ユミは後ろで壁に寄りかかりながら待機だ。幽灯蝶が舞っていて幻想的に見え、探索者たちの注目を集めている。客引きなんて必要なさそう。なんて優秀なパートナーだ!


 露店を開いて30分ぐらいだろうか。


 誰も声をかけてくれない。


 眠くなってあくびをしていると、見知った顔と目が合った。


 黒いスーツを着ていて、髪を七三で分けている男性、誠だ。一見すると普通の会社員のようにも見えるが、ひじまで伸びる白い手甲を付けている。スーツに使っている布を含め、全てダンジョンで見つけた素材から作っているらしく、かなり丈夫だと自慢していたなぁ。


「裕真じゃないか。ここで何をしているんだ?」

「見て分からないか?」

「…………誰か待っている、とか?」

「ポーションを売ってるんだよ」


 商品を並べているのに、どうして待ち合わせをしているなんて思ったんだろう。


 誠は俺と同じぐらい常識が欠如している。


「価格や商品名を書かずに商売をしているのか?」

「え?」

「他人が見たら何を売ってるのか分からず、近寄りたいと思わないよ。俺も知らない人だったら素通りしていた」


 誠が言うことにも一定の説得力はある。試験管に入った液体だけじゃ、ポーションだと思わないだろう。


「そもそもだが、こんな怪しい人が売っているポーションなんて誰も買わない。普通は錬金術ギルドが所有している店で買う……って、裕真はお店で売らないんだ?」

「家賃滞納で追い出された」

「うあぁーー。この人、終わってる」


 いつも丁寧に話しかけてくれる誠に暴言を吐かれて、流石の俺もちょぴっと傷ついた。


「俺への借金返済はどうするんだ? いつでも良いとは言ったけど、もう1年は待っているぞ」

「うっ」


 文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、その前に追撃をくらってしまった。俺の心は、もうボロボロだ。


 誠は優秀な探索者なので、良い素材をしょっちゅう見つけてくる。この前は、ダンジョンから見つけてきた高品質のミスリル銀が欲しくて、直接交渉をして買い取ったのだが、その際に資金が足りなくて借金をしていたのだ。


 金額は約120万円。


 回復ポーションは1個50万円で売れるので、すぐに返却できると思って商売をサボっていた俺が悪かった。反論はできない。


「裕真さんが作る物はどれも最高品質なのに、どうしてそれ以外が全部ダメなんだよ……」

「それは俺が知りたい」

「…………だよなぁ」


 呆れた顔した誠は、小さなため息を吐いた。


「まあ借金の返済は気長に待つけど、利子として回復ポーションを2本もらっていいか?」

「こんなんでよければ何本でも持っていってくれ」

「そんなこと言うからお金が稼げないんだよ」


 キッチンマットに置いてあった回復ポーションを持って、ダンジョンへ行ってしまった。


 売上が出るどころかマイナスだ。商売とは難しい。


 先は長そうだと顔を上げると、警察官が立っていた。


「君~、ちょっといいかね?」


 職務質問をするような問いかけだ。


 断っても逃がしてはくれないだろう。ポーションが違法物だと思ったのであれば、説明すればすぐに解放してくれるはず。


 おとなしく対話することを選んだ。

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