警察官がマスターに近づいていると気づいてから、私は厳戒態勢に入っていた。
幽灯蝶をビルの陰、街灯の上など見えにくい場所に待機させ、いつでも襲えるように準備をしている。手を出すようなら即座に攻撃するんだから。
腕を組みながら、殺気を抑えて様子を見守る。
「ここで何をしているんだい?」
「商売ですよ。ポーションを売っているんです」
マスターが営業の言葉づかいをしてスマイルを浮かべているのに、警察官の顔は険しくなった。
ショバ代をよこせとか思っているのかな? 世の中には不正がはびこっていて、汚職警官も多いことぐらい人工精霊だってわかっている。
あれは、敵だ。
待機させていた幽灯蝶を上空に集めた。
あれらは下級精霊だけど、雷の属性を持っていて羽から電流を流す能力を持っている。一匹の力はたいしたこと無いけど、数十まで数が増えると魔物すら焼き殺せるほどの威力になる。
魔力を持っていない警察官ぐらいなら、即死しちゃうだろうな。
マスター、早く命令を出してください。
私は準備万端ですよ!
「ポーションねぇ。免許は持っているのか?」
「錬金術ギルドと探索者ギルドの免許があります」
「本物か確認するから待っていてくれ」
失礼なことに、警察官はマスターから免許を受け取ると、無線で連絡を取り始めた。
私を作るほどの天才的な技術を持っているマスターを疑うなんて、万死に値する。
もう殺して良いかな。殺しちゃおうかな。
我慢できなくて、マスターの服をちょんとつまんで引っ張った。
「暇なのか?」
側にマスターがいるのだから、顔を見ているのに忙しくて暇にはならない。
まったく何も分かってないなぁ。
「あれは敵じゃないの?」
警察官を指さすと、マスターの顔色が悪くなった。
私は何か悪いことを言ってしまったのだろうか。
「そんなこと言ったらダメだって。街の治安を守るためにお仕事をしているだけだよ」
「でも、マスターの商売を邪魔している」
「免許の確認が終われば、すぐにでも解放してくれる。暇かもしれないけど、少し我慢してくれないかな」
「わかりました」
命令であれば仕方がない。
幽灯蝶は上空で待機させながら、マスターの顔を見る。
ヒゲを剃っていて髪型も決まっているため、いつもよりもカッコイイ。こっそり寝顔を何時間も見てしまったこともあった。それほどマスターは素晴らしい。
どうして他の人間は、マスターにお金を貢がないんだろう。私だったらそうするのに。
「本物だと確認ができた」
無線を終わらせた警察官が、マスターに免許を返した。
続いて私を見る。
「あれは君と契約しているのか?」
「ええ、俺と契約している精霊です」
他人に私とマスターの関係を伝えるには、契約精霊という表現が分かり易いけど、それは私たちの一面でしかない。
創造主と守護者、父と娘、兄と妹、同僚、友人、時と場合によって適切な言葉は変わる。複雑な関係なのだ。警察官ごときがわかるわけもなく、だからマスターも契約している、としか言わなかった。
私たちだけが、お互いの関係を理解していれば、他人なんていらないもんね。
「錬金術ギルドにも登録済みですが、問題ありますか?」
「暴れなければ大丈夫だが……」
警察官は上空に集まっている幽灯蝶を見ていた。私が警戒しているのに気づいたみたい。
「ユミは勝手に他人へ攻撃しません。あれも俺のことを心配して待機させているだけです。安心してください」
目配せされたので、出現させていた幽灯蝶を消した。
「ちゃんと言うことは聞くのであれば、これ以上は何も言わんよ」
危険性がないと納得してくれたみたい。これで、ようやく警察官はどこかに行ってくれると思っていたんだけど、まだ用事があるみたいでマスターの前から離れてくれない。
もしかしてファンになった……?
だったら、まずは私に話を通してもらわなきゃ。お触りは禁止ですよ。
近づかれないようにマスターと警察官の前に立つ。
「どうした? 寂しくなったのか?」
「ちが……っ!?」
何かを言う前に後ろから抱きしめられてしまった。子供を守る親のように。
下心とかは一切感じないので、安心感が心を満たし、嬉しいのと同時に他人の目が合って恥ずかしい。
頬が赤くなっているのが分かって、下を向いて隠してしまった。
人工物なのに、どうして揺れ動く心なんてあるんだろう。
マスターは何を考えて私を創造したんだろう。
いつもは考えない答えの出ない問いが、グルグルと頭の中をめぐっていた。
「仲が良いのは結構だが、ここで商売をするのは止めてくれ」
「どうしてですか?」
「道路交通法によって、路上での販売は原則禁止だからだ。知っているよな?」
「知って…………ないです」
私も知らなかった。まさか路上販売が禁止されているなんて。
「これは商売するなら常識だ。覚えておいた方がいい」
「わかりました」
皆が知っているからといって、マスターや私も知っていると思わないで欲しい。
常識と語るには周知が足りないんじゃないかな。押しつける側の問題の方が大きいのだ。
うん。やっぱり、マスターは悪くない。
「それじゃ申し訳ないけど、商品を片付けてくれる?」
「はい」
私はポーションをマジックバッグに入れて、キッチンマットを丸めて肩に乗せた。
たいした量もなかったので、撤収作業は数分で終わる。
「別の場所で商売されてもこまるから、センター街を出るまでついていくよ」
私が嫌そうな顔をすると、警察官は眉を下げて困った顔をした。
「ごめんね。これも仕事なんだよ」
「理解はしております」
感情にまかせて暴れたら迷惑をかけてしまう。それだけは絶対にダメ。
マスターの手を繋ぎ、意識して警察官の存在を忘れるようにする。
うん、ちょっとだけ落ち着いてきた。今回の失敗は受け入れられそう。
次に繋げよう。
だらしないマスターのために私が頑張るんだっ!