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第7話 錬金術ギルドの真の目的

 深夜の0時を過ぎても知晴さんは家に来なかった。


 俺は起きているが、ユミはベッドで静かに寝ている。


 テレビはなく、ネットは止められているのでスマホも使えない。話し相手すらいない状況だから暇だ。


 やることがないので、店を出るときに錬成したポーションを確認していく。


 各種ポーションは50個ぐらいある。保存しているビンは劣化防止の機能があるため、一年ぐらいは効果を落とさず使える。


 ポーションは探索者に必須の商品で、趣味で作ったのを数本店に置いていたときも飛ぶように売れていた。50本なんてあっという間に売れるはずなんだが、販売場所がないから在庫として残ってしまっている。


 1本100万で売れば5000万円になるのだ。滞納分を返済してもお釣りが来る。


 問題は高値で売れる場所なんだが……。


「ピンポーン」


 チャイムが鳴ったのでドアを開けると、顔を赤くした知晴さんが立っていた。


 酒臭い。


 思わず顔が歪む。


「土産を持ってきたんだから、少しは歓迎しろよ」


 俺の前にビニール袋を掲げた。中には弁当が入っている。しかも二個。人工精霊の分まで盛ってくるなんて、わかってるじゃないか。さすが元師匠だけある。


「ありがとうございます」


 お礼を言ってから部屋に戻ると、ユミが目をこすりながら起きる。


「知晴さんから差し入れがあった。食べるか?」

「うん」


 こくんと頷くとフラフラと歩く。壁に当たりそうになったので、慌てて体を掴む。


 まだ眠そうだ。


 テーブルの近くに座ると、膝の上にユミをのせて弁当を開く。


「先に食べていてくれ」


 俺の腹に体重を乗せながら、ユミは箸を持って食べ始めた。


 そんな姿を微笑ましく見ているのが知晴さんだ。お茶のペットボトル二本をテーブルに置いて、どかりと座る。


「いやぁ。ようやくギルドの上層部から解放されたぜ」


 会食の相手は取引先ではなく、本部の上層部だったのか。


「いろいろと動きを仕入れてきたが……先に飯を食うか?」

「空腹には慣れている。後にするよ」


 俺が食事するにはユミをどけなければいけない。まだ眠そうにしているので、それは悪いなと思ってしまったのだ。


「それじゃ、早速本題に入るか」


 膝を立てて、リラックスしたような姿勢を取った知晴さんの目は鋭い。良くない話題が出てくるなんてのは、常識知らずの俺ですら感じ取れるほどだ。


 錬金術ギルドは、本当に大きく変わってしまうのだろう。


「ギルドは質よりも量を取る話は覚えているか?」

「うん。店では廉価品だけを販売するって話だったね」

「具体的には店で買えるのは下級系等の商品だけになる」

「ポーションも?」

「そうだ。中級以上は特別発注となって、中級回復ポーションは300万円、上級となれば1億で売るらしい」

「1本50万の上級回復ポーションが1億!?」


 どうしてそんなに値段をつり上げるんだ。


 わざと品薄状態を作って価格を上げる戦略をとるにしても、上げすぎじゃないか。


 錬金術師としての信念はどこに行ってしまったのか。


 驚きの中にも上層部に対する怒りが湧いてくる。


「落ち着け。昔に戻るだけだ」

「……どういうこと?」

「ダンジョンが100年前に出現したのと同時に魔力持ちの人間が生まれた。これを第一世代というのは、さすがの裕真でも知っているよな?」

「一応は。その子孫が第二世代で、そのまた子供の俺が第三世代だよね?」

「よかった。最低限の知識はあったか……」


 俺を見下しすぎじゃないか?


 社会常識は疎いけど、錬金術や歴史はそこそこ詳しいぞ。


「だったら第一世代しかいなかったとき、上級回復ポーションは、ほとんど存在しなかったことも知っているよな?」

「うん。当時は人間が保有する魔力量と質が悪く、また素材の適切な管理方法も分からなかったから、上級系等のポーションはダンジョンで見つけるしかなかったんだよね」

「ああ、だから当時、上級回復ポーションは10億もした」

「ガチで?」


 とんでもない金額だったので、思わず聞き返してしまった。


「嘘なんて言わん。ちなみに第二世代になってようやく1億ぐらいまで下がり、今はお前が知っての通り50万円が相場だな」

「価格の下がり方がエグイね」


 第三世代になって上級系等の物も作りやすくなったことまでは知っている。


 日本で作れるのは100人もいないのだけど、素材さえあれば錬金術スキルが自動で合成をしてくれるので、錬成にそこまで時間はかからない。


 そういった背景があって値段は下がったんだろう。


「その通りだ。同時に錬金術ギルドの利益も大幅に下がっている。それを懸念して、上級系等の商品をわざと品薄状態にする計画だ」

「それで俺の店も閉店になったんだね」

「お前の場合は滞納が原因だ」

「……………………」


 俺が悪いのだが、何とも言えない空気になった。


 滞納しなければ商売は続けられたのか。


「話は分かりましたが、探索者ギルドから反発されないんですか?」


 完全に目が覚めたのか、弁当を食べながらユミが聞いた。


「当然あるが、金で黙らせた」

「でも現場までお金は回ってこないですよね? 探索者がストライキでもしたら、ダンジョン市場は荒れますよ?」


 ユミが難しいことを言っている。


 よく分からないので膝の上にいる彼女を横に置いて、俺も弁当を食べ始めた。


 空っぽの胃袋はすぐに吸収してくれて、もっともっと、と求めている。白米がこんなに甘く、美味しいなんて思わなかったよ! 箸が止まらない……!


「上級を作れる錬金術師は、クラン専属にすることで回避する」


 複数のパーティを束ねて活動している探索者をクランと呼ぶ。上位の人たちは大抵、所属しているが、誠みたいな変わり者もいるから絶対ではない。


「クランを優遇して上位の探索者が納得すれば、下位がどれほど騒いでも問題はない、ということですね」

「文句を言うぐらいならクランに所属しろ、と探索者ギルドは誘導するつもりだ。一人一人管理するよりも楽になるし、両ギルドにとって得になることが多いらしいぞ」


 あっという間に弁当を食べ尽くしてしまった。ペットボトルの蓋を開けて飲むと、お茶の爽やかな香りがする。喉に残った油を流してくれて、スッキリとした気持ちになった。


 生き返るとは、こういうことを言うんだろうな。


「俺もどこかのクランに入って商売したほうがいいのか?」


 錬金術ギルドの動きに思うところは沢山あるが、今は目の前の生活が重要だ。


 市場話なんてよく分からないが、他の凄腕錬金術師がクランに入るなら、俺も同じようなことをした方が良いと思ったのだ。


「やめておけ。お前には向いていない」

「むむ」


 確かにね。他人の行動にあわせて動くなんてことは苦手だ。不可能と言い換えてもいい。


「クランに入れば好き勝手に物は作れない。言われた物を言われた分だけ作るんだ。嫌だろ?」

「そりゃそうだ。クランに入るのはなしだね」


 家賃を滞納するぐらい、錬金術を研究するのが好きなんだ。


 知晴さんが言ったとおり、誰かの下で動くなんてお断りであった。


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