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第34話 ドラゴンの凶暴化

「マスター、商売している場合ではないです。ちゃんと戦いを見てください」


 売上に貢献したんだけど、ユミに怒られてしまった。


 でも、それは当然だろう。


 ちょっと目を離した隙に、久我さんによって瀕死になったドラゴンの鱗が真っ黒になっていたのだ。威圧感が高まっていて、近くにいるだけで肌に何かが突き刺さるような感覚がある。


 立っているのがやっとだ。


 長くいたら、正気を失うほどの恐怖が全身を襲っている。


「全員、撤退しろ!!」


 護衛に徹していた誠が叫んだ。


 役割を無視するほど危険だと判断したんだろう。


 無事な探索者たちは逃げようとしているけど、数人はドラゴンの気迫によって腰を抜かしていて動けない。


 久我さんは凶暴化したドラゴンに押されていて、後ろに大きく飛んで距離ができた。


 その瞬間を狙っていたのだろう。口が大きく開かれた。ブレスだと分かったので、近くにいるミスラムに触れて、魔力を送る。


ウォール


 ミスラムが拡大すると、残っている探索者を守るため、階段付近のエリアに円を描くようにして覆った。


 ブレスが吐かれるとミスラム越しでも強い冷気を感じる。


 探索者の一部は体が凍結していた。


 威力が数段上がっていて、『ウォール』が間に合わなかったら全滅していただろう。


 怪我をしている久我さんは、自前の回復ポーションを飲んでいる。すぐに戦線は復帰できるだろうけど、凶暴化したドラゴンと戦うには実力が足りない。もう一人いればいいんだけど……誠にお願いしようかな。


「もう一本、肉体強化ポーションがあるから、ドラゴンと戦わない?」

「裕真を守る仕事がある」

「このままだと全滅だよ。俺を守るなら、戦った方が良いんじゃないかな」

「全滅するまえに、裕真を抱えて逃げるだけだ」


 非情とも思える判断だけど、パーティの命を預かる立場としては、割り切りも重要なんだろう。


 でも俺は可能性があるなら全員を助けたい。気持ちとしては久我さん寄りだ。


「マスター、私とミスラムが行きます」

「危険だ」

「誰かがしなければいけないことです。精霊である私なら人よりも寒さに耐性はありますし、体の一部が吹き飛んでも死にはしません。適任かと思います」


 人工精霊であるユミは、体の半数以上が壊れて現世に精霊を留められなくなるか、もしくは頭部にある精霊石を破壊されない限り死ぬことはない。人間よりもタフにできているのだ。


 気持ちとしては拒否したいが、ユミの特性と肉体強化ポーションを飲んで底上げされた実力を考えれば、久我さんのサポートぐらいはできる。


 凶暴化したドラゴン相手でも立ち回れるだろう。少なくとも俺よりかはマシなはずだ。


「危なくなったら逃げると約束してくれる?」

「マスターを残して、私は死にませんよ」

「約束だ」

「約束ですね」


 壁になったミスリルの限界は近い。


 会話は終わりだ。後は動くだけ。俺は肉体強化ポーションをユミに渡すと、すぐに飲んでくれた。テントウムシの形をした葬炎虫そうえんちゅうを召喚すると、ミスラムに触れる。


大剣グレートソード


 命令を受けると縮小して壁から大剣の形になった。大人でも振り回せないほどのサイズを、ユミは両手で持って軽々と振るっている。肉体強化ポーションは、人工精霊にも効果を出してくれたようだ。


「私が攪乱するので、攻撃は任せました!」


 召喚していた葬炎虫を、ドラゴンの口の中に突っ込ませた。爆発が起こってブレスの動作が止まる。その間にユミは体の中に滑り込み、鱗が欠けている部分を狙って大剣を振り上げた。


 肉に当たったというのに、金属同士が衝突したような音がした。


 ユミの顔が歪んでいる。


 肉弾戦特化ではないので、純粋にパワーが足りなかったのだろう。凶暴化する前なら、首を両断できたはずなんだけどね……。


 そこでパワーを補う久我さんがハンマーを思いっきり振って、ドラゴンの足を叩いた。衝撃は骨まで到達したみたいで、変な方向に曲がっている。


 これじゃ歩けないだろう。


「今のうちに倒れている探索者を救出しない?」

「危険だぞ」

「死にかけの探索者がいるなら、お金を稼げる。頑張るよ」

「……裕真の仕事だったな。それなら協力しよう」


 誠はパーティメンバーに声をかけて、探索者を俺の近くに集めてくれたので、無理やり回復ポーションを飲ませていく。


 完全に恐怖を払拭することはできなかったけど、動けるようにはなったみたいだ。


「邪魔になるから、撤退してね」

「は、はい!」


 動けるようになった探索者たちは、無理して残ろうとはせず逃げていった。


 これで残ったのは俺とユミ、久我さん、誠パーティのみ。


「裕真は逃げなくていいのか?」

「うん。俺はユミの勇姿を見る義務があるから」


 彼女だけに戦わせるわけにはいかない。俺は腰にぶら下げている脇差――絶刃ぜつじんの柄に手を乗せる。


 神性をもつこの武器なら、凶暴化しているドラゴンすら容易に両断できるはずだ。


「ヤル気はあるか。錬金術以外でも本気になるんだな」

「まぁね」


 動きを悟られないよう、対冷気の金属で作られた壁の裏側に回った。


 足の折れたドラゴンは移動できないが、爪や鋭い牙で抵抗をしていて、久我さんはトドメを差し切れていない。


 あと一手必要だ。


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