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第36話 絶刃の威力

 二人が戦っている間に、対冷気対策のために作った壁の裏へ隠れた。


 ここならしばらくは発見されないだろうから、顔を半分出して戦闘を覗く。


 久我さんと誠が協力して神官に攻撃をしていた。


 傷はつけられなくても、戦い続けていれば疲労する。動きが鈍ったところで、俺が絶刃を突き立てれば勝負は一瞬にして決まるだろう。


 焦らず、落ち着けと言い聞かせ、戦いを見守る。


「これでどうだっ!!」


 スキルを使ったのだろう。誠の腕が光って腹を殴りつけると、神官は天井にまで浮かび上がって衝突した。さらに落下の途中で久我さんの振るったハンマーが頭に当たると、地面に叩きつけられる。


 ダンジョンの床が陥没するほどの衝撃だ。


 二人は多少なりともダメージを与えたと思ったんだろうけど、神官は無傷だった。頭に乗ったハンマーを触ろうとする。


 警戒した久我さんは後ろに飛んだ。


 ゾンビのようにゆらりと立ち上がった神官は、二人を見ると恐怖を覚える笑みを浮かべる。


「━━━━!!」


 言葉はわからないけど、歓喜といった感情が含まれているように思えた。


 もしかして攻撃されると興奮するタイプ……?


 ドン引きしていると神官は持っている杖を掲げた。


 黒いエネルギーの塊が数十個浮かび上がる。


 魔法系のスキルを持っているのか。かなりの魔力が込められていそうだ。


 神官は黒いエネルギーの塊を二人に放った。


 誠は手甲で弾き、軌道を変えて直撃は避けられたが、久我さんは防御が遅れて数発まともに当たってしまった。体の強度は上がっているはずなのに、肩と腹に大穴が空いている。口から血を吐き出しているので、内臓の一部は消滅していそうだ。


 再び魔法を使われる前に誠が飛び出し、神官を殴りつける。


 変わらずダメージは与えられてないみたいだけど、物理法則に従って吹き飛んでいるので、時間は稼げている。


 その間に久我さんは自前の回復ポーションを飲んだみたいだけど、再生が始まらない。


 どうして?


 俺が作ったのだったら、即座に塞がるよ?


 疑問に思っている間にも久我さんは、二本目、三本目の回復ポーションを飲む。ようやく効果が出てきたようで止血はできたようだ。でも、穴は開いたままである。


 少しずつ小さくなっているとは思うんだけど、完治する前に誠が倒されてしまうかもしれない。


 俺は自分の安全と久我さんを天秤にかけ……飛び出すことにした。


 ポーチから回復ポーションを取り出し、久我さんに渡す。


「早くこれを飲んで!」


 こくりと頷くと、親指で瓶の蓋を取って飲み干してくれた。


 効果は俺が予想した通りだ。穴はすぐに塞がってくれる。


「1級探索者なんだから、このぐらいの品質を持った上級回復ポーションは買っておいてよね!」

「普通、そんなポーションは……っ!?」


 話している途中で、久我さんが俺を引っ張って投げ捨てた。


 床の上をゴロゴロと転がって起き上がると、さっきまでいたところに神官の杖があった。俺を見つけて攻撃してきたようだ。


 助けてもらわなければ、頭をかち割られていたかもしれない。


 誠が神官の背後に回って両腕を押さえて動きを止めると、ハンマーを振り下ろしながら久我さんが叫ぶ。


「俺たちが時間を稼ぐ! 天宮さんはギルドへ報告してくれ!」


 その指示に従うぐらいなら最初から逃げている。悪いけど、俺は友人を見捨てないよ。


 探索者免許を取得するときに、基本的な武術は習っている。


 俺は一足で近づき、絶刃を振り抜くと、浅いけど神官の顔に斬り傷を作った。


 黒い血が宙を舞い、ダンジョンの床に落ちる。


「この武器なら殺せる! 逃げる必要はないっ!」


 刀身がもっと長ければ、さっきの攻撃で終わったはずだ。


 久我さんと誠と目が合った。


 これでお互いの役割分担は伝わったと思う。


 動きを止められた神官が、杖から魔法を発動させようとしたので、久我さんがハンマーを当てて破壊した。


 黒いエネルギーの塊が不安定になる。


 俺への注目が一瞬薄くなった。上げたままだった腕を振り下ろす。肩をバッサリと斬って、腹の辺りで止まったので、後ろに飛んで距離を取った。


 残った二人も同じように離れている。


「倒せたと思う?」


 返事はなかった。だって、神官の傷が塞がりかけているんだもん。聞くまでもなかったね。


「ポーションすら使わずに回復するなんてズルくない?」

「同感だ」

「裕真って、まともなことも言えるんだな」


 俺ってそんなに変なことを言っている?

 生きて帰ったら、誠を問い詰めなきゃ。


「文句を言っても仕方がない。倒す手段が見つかったんだ。次は首をはねてみよう」


 久我さんの案は、普通の魔物なら試してみる価値はあるんだけど、今回は無意味だろう。


 目の前にいる神官の姿をした存在は、魔物や人間ではなく、また純粋な精霊でもない。近しいのは人工精霊だ。ユミと長く触れ合ってきた俺の直感が、間違っていないと教えてくれる。


 人間の肉体の中にあるのは闇落ちした精霊……ううん、それよりも神に近い存在で、神霊と呼ばれるものが人間と混ざっているんじゃないかな。


 まあ仮にベースが神霊ではなく上位精霊だったとしても、やることは変わらないか。


 現世へ留めるために使っている体の半分を消滅させるか、頭部にあるコアを破壊すれば、精神世界――アストラル界――へ強制帰還するからね。


 存在そのものを消滅させる必要はないんだ。


「それじゃまた再生されるだけだよ。コアがあるはずだから、そこを潰した方がいい」

「場所は分かるのか?」

「脳があるところだと思う」


 精神活動の座と呼ばれている場所が脳だ。人体の中で、最もアストラル界とつながりの強い場所であり、人間が呼び寄せた精霊や神霊であれば、確実に精霊石に近いコアが存在するだろう。


「敵を倒す武器があり、弱点まで分かっているなら戦うしかないな。誠、覚悟はいいか?」

「当然だ。護衛対象の手を借りたくはないが、この際だから目をつぶろう。裕真、後は頼んだぞ」

「任せて」


 ユミを攻撃したお礼はまだ終わっていない。


 遠慮せずに、現世から消えるまで受け取ってね。



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