再生途中の神官に向かって誠が走り、一瞬にして懐へ入った。今回は殴るつもりじゃないみたいだ。両腕で斬られた肩を触れると、左右に広げていた。
既にある傷口であれば、神性を持っていてもダメージを与えられると判断したんだろう。
悪くはない狙いだ。
もしかしたら可能性はある。
そう思っていたんだけど、狙いとは違って傷口は広がらず、逆に小さくなっていく。
物理的な攻撃はまったく影響を受けないようだ。
ズルい。
あまりにも高い性能を持っているので、思わず心の中で愚痴を言ってしまった。
「だったら、これはどうだ!」
俺から絶刃を受け取った久我さんが、頭部を狙って突きを放つ。
弱点が狙われているとわかったみたいで、神官は体をひねって回避するのと同時に、腕を掴んで久我さんを投げ飛ばした。
空中で体を回転させ、ダンジョンの壁に足から着地する。
すごい身体能力だ。
俺だったら頭から激突して死んでいたかもしれない。
傷が塞がりかけている神官は、久我さんを警戒していて俺に背中を見せている。今のうちにポーチから、店を追い出されるときに作った爆発ビンを取り出す。
地雷より威力は低いけど、煙が多く出る。
攻撃しながら目くらましするときに使うアイテムだ。俺はそれを神官の足元へ叩きつけた。
爆発がすると、真っ白な煙が立ち上る。
視界は奪った。
誠は白煙の中に入って打撃を加えている。ダメージは与えられないけど、意識の何割かを奪っているはず。
その間、静かに動いていた久我さんも白煙に飛び込んだ。
肉体強化ポーションの効果は継続しているから、きっと倒してくれるはず!
期待しながらも、ブレスを防ぐために用意した壁の裏に隠れ、様子を見守る。
白煙の中が動いているように思えたけど、しばらくして止まる。音もない。
不気味な静けさだ。
嫌な予感がしていると、白煙から誠が飛び出して天井に叩きつけられた。
「がはッ」
血を吐き出し、床に落ちる。
続いて久我さんが逃げるようにして出てきた。全身から血を流している。絶刃は持っているけど、満身創痍って感じだ。
何が起こったの!?
有利に進めていたと思ったんだけど、勘違いだったみたい。
時間が経って白煙が薄くなっていく。
神官だった男の姿は、大きく変わっていた。
腕が四本に増えていて長い爪を持っている。久我さんはアレにやられたんだろう。
腰の羽を羽ばたかせると、神官は宙に浮いた。
周囲に黒いエネルギーの塊が数十個も浮かぶ。杖がなくても魔法スキルは発動できるみたいだ。
ただ時間はかかっているので、避難する余裕はある。怪我をした二人は回復ポーションを飲みながら、俺と同じように近くにある壁へ隠れた。
黒いエネルギーの塊が降り注ぐ。
ドラゴンのブレスにも耐えた壁だったけど、当たると削られていって壊れていく。
特に俺の所は被害が甚大だ。壁が折れて倒れてきたので、飛び出した。
神官がこちらを見て黒いエネルギーの塊が殺到する。
「あ、これはマズイね」
必死に逃げているけど速度が足りない。
数発回避したけど、後はすべて命中しそう。
こうなったら最終手段だ。ポーチから数本の回復ポーションを取り出し、口に含んだ。その直後、黒いエネルギーの塊が当たって右腕が消滅したので、少し飲む。すぐに再生された。
すごく痛いけど、これなら耐えられるかもしれない。
腹や胸に穴が空き、足が吹き飛んでも回復ポーションを飲んで修復する。
即死さえしなければ生き残れる。
まさか俺の体で体現するとは思わなかったよ。
すぐに口に含んだ回復ポーションがなくなってしまったので、空いている手でポーチから取り出そうとしたけど、近くの床に衝突した黒いエネルギーの塊によって吹き飛ばされてしまった。
回復する手段はない。
けど、死ぬことはなかった。
「マスターーーーっ!!」
逃げたはずのユミが戻ってきたのだ。
ミスラムは『
肉体強化ポーションを飲んでいたおかげで、動体視力も上がっているのだろう。動きは的確だ。
「なんで逃げなかったの!?」
「マスターが無茶するからです! このバカっ!」
「なっ!?」
初めてユミに罵倒されてしまった。
何も言えずに固まってしまう。
「マスターに酷くない?」
「こんな所に残るんだから、バカで十分です! バカっ! バカっ!!」
泣きながら胸を叩かれてしまった。
俺を心配してユミは怒っているのだろう。
反論はできない。
戦闘中だというのに黙ってしまった。
「……勝算があるから残ったんですよね!? どうすれば倒せるんですか!」
「俺の絶刃で頭を貫けば殺せるはず。今持っているのは久我さんなんだけど……」
姿を探したら床の上で倒れていた。黒いエネルギーの塊に当たってやられたみたい。誠が回復ポーションを飲ませているけど、意識を失っているので手間取っている。
「なんでマスターが持ってないの! 後で説教ですからね!」
数時間コースになりそうだな。
お手柔らかに頼むよ。
「私が囮になるので、何が何でも倒してくださいね!」
ミスラムを『
空中じゃ動けない。
黒いエネルギー体が数発迫ってきたけど、ユミは青白い光を放つ
小さな爆発をしたけど、ユミは無傷だ。
神官に接近すると大剣を振り下ろして、地面に落下させた。
戦いの様子を見ながらも、俺は久我さんの元にたどり着き、絶刃を拾う。
「代わりに戦おうか?」
手当をしている誠が提案してくれたけど、受け入れられない。
「ユミが頑張っているんだ。マスターも頑張らないとな」
「錬金術師としての意地か?」
「そんな崇高なものじゃないよ」
少女が戦っているのに、俺が見ているだけってのじゃ、かっこ悪い。
バカはいいけど、ユミを盾にして逃げる臆病者にはなりたくないんだ。
「裕真がやるって言うなら、俺は久我さんを安全な場所に移しておく。周囲は気にせず存分に戦ってくれ」
「ありがとう」
不思議と緊張していない。自分でも驚くほどリラックスできていた。