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第37話 死にかけても戦う理由

 再生途中の神官に向かって誠が走り、一瞬にして懐へ入った。今回は殴るつもりじゃないみたいだ。両腕で斬られた肩を触れると、左右に広げていた。


 既にある傷口であれば、神性を持っていてもダメージを与えられると判断したんだろう。


 悪くはない狙いだ。

 もしかしたら可能性はある。


 そう思っていたんだけど、狙いとは違って傷口は広がらず、逆に小さくなっていく。


 物理的な攻撃はまったく影響を受けないようだ。


 ズルい。


 あまりにも高い性能を持っているので、思わず心の中で愚痴を言ってしまった。


「だったら、これはどうだ!」


 俺から絶刃を受け取った久我さんが、頭部を狙って突きを放つ。


 弱点が狙われているとわかったみたいで、神官は体をひねって回避するのと同時に、腕を掴んで久我さんを投げ飛ばした。


 空中で体を回転させ、ダンジョンの壁に足から着地する。


 すごい身体能力だ。


 俺だったら頭から激突して死んでいたかもしれない。


 傷が塞がりかけている神官は、久我さんを警戒していて俺に背中を見せている。今のうちにポーチから、店を追い出されるときに作った爆発ビンを取り出す。


 地雷より威力は低いけど、煙が多く出る。


 攻撃しながら目くらましするときに使うアイテムだ。俺はそれを神官の足元へ叩きつけた。


 爆発がすると、真っ白な煙が立ち上る。


 視界は奪った。


 誠は白煙の中に入って打撃を加えている。ダメージは与えられないけど、意識の何割かを奪っているはず。


 その間、静かに動いていた久我さんも白煙に飛び込んだ。


 肉体強化ポーションの効果は継続しているから、きっと倒してくれるはず!


 期待しながらも、ブレスを防ぐために用意した壁の裏に隠れ、様子を見守る。


 白煙の中が動いているように思えたけど、しばらくして止まる。音もない。


 不気味な静けさだ。


 嫌な予感がしていると、白煙から誠が飛び出して天井に叩きつけられた。


「がはッ」


 血を吐き出し、床に落ちる。


 続いて久我さんが逃げるようにして出てきた。全身から血を流している。絶刃は持っているけど、満身創痍って感じだ。


 何が起こったの!?


 有利に進めていたと思ったんだけど、勘違いだったみたい。


 時間が経って白煙が薄くなっていく。


 神官だった男の姿は、大きく変わっていた。


 腕が四本に増えていて長い爪を持っている。久我さんはアレにやられたんだろう。


 腰の羽を羽ばたかせると、神官は宙に浮いた。


 周囲に黒いエネルギーの塊が数十個も浮かぶ。杖がなくても魔法スキルは発動できるみたいだ。


 ただ時間はかかっているので、避難する余裕はある。怪我をした二人は回復ポーションを飲みながら、俺と同じように近くにある壁へ隠れた。


 黒いエネルギーの塊が降り注ぐ。


 ドラゴンのブレスにも耐えた壁だったけど、当たると削られていって壊れていく。


 特に俺の所は被害が甚大だ。壁が折れて倒れてきたので、飛び出した。


 神官がこちらを見て黒いエネルギーの塊が殺到する。


「あ、これはマズイね」


 必死に逃げているけど速度が足りない。


 数発回避したけど、後はすべて命中しそう。


 こうなったら最終手段だ。ポーチから数本の回復ポーションを取り出し、口に含んだ。その直後、黒いエネルギーの塊が当たって右腕が消滅したので、少し飲む。すぐに再生された。


 すごく痛いけど、これなら耐えられるかもしれない。


 腹や胸に穴が空き、足が吹き飛んでも回復ポーションを飲んで修復する。


 即死さえしなければ生き残れる。


 まさか俺の体で体現するとは思わなかったよ。


 すぐに口に含んだ回復ポーションがなくなってしまったので、空いている手でポーチから取り出そうとしたけど、近くの床に衝突した黒いエネルギーの塊によって吹き飛ばされてしまった。


 回復する手段はない。


 けど、死ぬことはなかった。


「マスターーーーっ!!」


 逃げたはずのユミが戻ってきたのだ。


 ミスラムは『小盾スモールシールド』にしていて、俺に当たりそうな黒いエネルギーの塊を弾いている。


 肉体強化ポーションを飲んでいたおかげで、動体視力も上がっているのだろう。動きは的確だ。


「なんで逃げなかったの!?」

「マスターが無茶するからです! このバカっ!」

「なっ!?」


 初めてユミに罵倒されてしまった。


 何も言えずに固まってしまう。


「マスターに酷くない?」

「こんな所に残るんだから、バカで十分です! バカっ! バカっ!!」


 泣きながら胸を叩かれてしまった。


 俺を心配してユミは怒っているのだろう。


 反論はできない。


 戦闘中だというのに黙ってしまった。


「……勝算があるから残ったんですよね!? どうすれば倒せるんですか!」

「俺の絶刃で頭を貫けば殺せるはず。今持っているのは久我さんなんだけど……」


 姿を探したら床の上で倒れていた。黒いエネルギーの塊に当たってやられたみたい。誠が回復ポーションを飲ませているけど、意識を失っているので手間取っている。


「なんでマスターが持ってないの! 後で説教ですからね!」


 数時間コースになりそうだな。


 お手柔らかに頼むよ。


「私が囮になるので、何が何でも倒してくださいね!」


 ミスラムを『大剣グレートソード』に変えると、ユミは前に飛び出した。黒いエネルギーの塊は左右に飛んで避けると、跳躍する。


 空中じゃ動けない。


 黒いエネルギー体が数発迫ってきたけど、ユミは青白い光を放つ幽灯蝶ゆうとうちょうを召喚して、盾代わりにしてぶつけた。


 小さな爆発をしたけど、ユミは無傷だ。


 神官に接近すると大剣を振り下ろして、地面に落下させた。


 戦いの様子を見ながらも、俺は久我さんの元にたどり着き、絶刃を拾う。


「代わりに戦おうか?」


 手当をしている誠が提案してくれたけど、受け入れられない。


「ユミが頑張っているんだ。マスターも頑張らないとな」

「錬金術師としての意地か?」

「そんな崇高なものじゃないよ」


 少女が戦っているのに、俺が見ているだけってのじゃ、かっこ悪い。


 バカはいいけど、ユミを盾にして逃げる臆病者にはなりたくないんだ。


「裕真がやるって言うなら、俺は久我さんを安全な場所に移しておく。周囲は気にせず存分に戦ってくれ」

「ありがとう」


 不思議と緊張していない。自分でも驚くほどリラックスできていた。



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