午前の光が差し込む木造図書塔は、王都でも一際静かな場所だった。高さ三階ほどの建物に入ると、紙とインクの匂いが宙の鼻をくすぐる。慣れない異世界生活に戸惑っていた宙だが、本の山に囲まれると少しだけ落ち着いた気分になった。
「ここが……王都の知の宝庫か」
美里はうなずき、声を落とした。「今日会う人は、ここで歴史をまとめている人。あなたの知りたいことをきっと教えてくれるわ」
階段を上がった先の閲覧室に、背の低い女性がいた。栗色の髪をまとめ、分厚い資料を抱えている。彼女は笑顔で近寄ってきた。
「初めまして、ももこです。あなたが転移者の宙さんね?」
宙は驚いて頷く。「あ、はい……どうして俺のことを?」
ももこは軽く笑い、手にした本を掲げた。「歴史を追っていると、転移者の記録は自然に集まってくるんです。あなたみたいな人は時々現れるけれど、みんな何かを変えてきました」
彼女は宙たちを閲覧机に案内し、一冊の古文書を開いた。羊皮紙に描かれた星図と、奇妙な彗星の記号。
「これは〈失われた十二史書〉の逸話の一部。“大罪の彗星”と関係があるとされているものです」
宙は息を呑んだ。「彗星って……やっぱり現実なんだな」
ももこは真剣な表情でうなずく。「はい。この史書は、世界を滅ぼすものと、それを回避する方法が書かれていると言われています。ただし、すべて集まらなければ意味がない」
美里は宙に視線を向け、「だから私たちはそれを探しているの」と説明した。
宙は古文書を見つめ、心に重いものを感じた。
「……俺が、これに関わる意味はあるのか?」
ももこは優しく笑った。「あなたがここに来た時点で、もう物語は始まっているんですよ」
ももこはページをめくりながら、軽快に説明を続けた。
「十二史書の一巻目は、〈灰色の森〉にあると伝えられています。ですが、そこは魔獣の巣窟。普通の旅人では近づけません」
宙は眉をひそめた。「じゃあ、どうやって……」
美里が微笑んで答えた。「だから仲間を集めているのよ。あなたの力も必要になる」
宙は戸惑いを隠せず、視線を古文書に落とした。
ももこは、分厚い資料をすばやくまとめ、机の端に置いた。「歴史を整理するのは私の得意分野。でも現場に行くのは苦手なんです。だから、私ができるのは情報をつなぐこと」
「情報をまとめるのが得意なんだな」宙が感心すると、ももこは少し照れくさそうに笑った。
「過去の出来事をつなげて未来を考える……それが私の役割です」
説明が終わると、ももこは羊皮紙の地図を宙に渡した。「これが灰色の森への道。危険な区域を避けるルートを書き込んであります」
宙は地図をしっかり握りしめ、「ありがとう」と言った。
ももこは首を振った。「こちらこそ、あなたたちに期待してます。もし史書を見つけたら教えてくださいね」
図書塔を出る頃には、宙の胸の中に不安だけでなく、わずかな使命感が芽生えていた。
「……俺でも何か、できるのかな」
美里は横で笑みを浮かべた。「できるわよ。だって、あなたはもうこの世界の一部だから」