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第4章_水の都ルルイエへの船旅

 王都南港は朝日を浴び、白く輝いていた。数十隻の帆船が波間に浮かび、マストに張られた帆がゆっくりと風を受けて揺れている。市場の喧騒と潮の香りが混ざり合い、晃たちに旅の始まりを強く実感させた。

  「これが出航する船か……」純也が甲板を見上げ、喉を鳴らした。

  「でかいな……俺、船なんて乗ったことないぞ」

  ジョーダンが柔らかな笑みを浮かべた。

  「大丈夫よ。船酔いは慣れれば平気だし、あなたなら乗客とすぐに打ち解けられるわ」

  荷物を積み込む作業を見守っていた明日美が、手元の記録を確認した。

  「飲料水、保存食、応急道具……全部予定通り。あとは私たちが乗り込むだけ」

  佳那は船尾に積まれている奇妙な装置に目を輝かせた。

  「見て、この推進機。魔力を使っているみたい。航行速度は普通の帆船よりずっと速いはず」

  エマーソンはその観察に頷いた。

  「古代の浮遊技術を応用したものかもしれない。ここに来て正解だったな」

  彩夏は船員に声をかけ、航路について質問した。

  「ルルイエまでの所要時間は?」

  船員は陽気に笑って答えた。

  「天候次第だが二日と少しだな。今夜は沖合で停泊する。港を出れば海鳥くらいしか会わないさ」

  優太がポケットから小型の時刻計を取り出し、航行予定を記録していた。

  「二日後の夕刻に着けば、結晶の展示祭に間に合うな」

  晃は全員の顔を見回し、短く告げた。

  「じゃあ、出航だ。ここからが本番だぞ」

  出航の鐘が鳴り響き、船は港を離れた。波の音と帆の軋む音が混じり、徐々に陸地が遠ざかっていく。未知の海へと進むその光景は、八人の心を同時に高鳴らせた。



 船が港を離れると、都市の喧騒は次第に遠ざかり、代わりに波が船腹を叩く音だけが響き始めた。甲板の上で潮風を浴びながら、彩夏は遠ざかる王都を振り返った。

  「なんだか、あっという間だったね。昨日まで図書館にいたのに」

  晃は腕を組み、冷静に頷いた。

  「時間の流れは同じでも、感じ方はまるで違う。今はとにかく、次の目的に集中しないと」

  純也はロープを握りながら苦笑した。

  「なぁ、俺、まだ信じられないんだけど。本当に異世界で船旅してるんだよな?」

  ジョーダンは柔らかい声で返した。

  「ええ、信じられないのは私も同じ。でも、だからこそ面白いのよ」

  昼下がりになると、甲板で小さな集会が開かれた。優太が航路図を広げ、指先でルルイエまでの行程を示す。

  「このルートなら二日で到着可能。途中で補給する港はないから、物資は慎重に管理して」

  明日美は荷物のリストを確認し、整然とした声で言った。

  「食料と水は三日分、医療用品も十分。夜間停泊時に点検を行うわ」

  佳那は船尾の装置を眺め、目を輝かせていた。

  「ねえ、あの推進機、たぶん魔力石をエネルギー源にしてる。もし調べさせてもらえたら——」

  晃は苦笑しながらも制した。

  「佳那、分解とかはダメだぞ。船を止められたら困る」

  船員たちは陽気で、乗客の晃たちに対しても親しげだった。その中の一人が純也に声をかける。

  「おい、楽器弾けるんだって? 今夜、演奏してくれないか?」

  純也は肩をすくめ、視線を逸らした。

  「……緊張するんだよな、俺。人前は」

  ジョーダンがそっと彼の背中を押した。

  「大丈夫。あなたの声は人を惹きつける。だからこそ、やってみる価値がある」

  純也はしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。

  「……わかった。やってみるよ」



 夜、船は沖合で停泊した。甲板の中央には小さなランタンが灯され、船員たちが木製のテーブルを囲んでいた。食事の後、自然と視線が純也へ集まる。

  「じゃあ、一曲だけ……」純也は深呼吸し、持参していた小型の弦楽器を取り出した。指が少し震えていたが、ジョーダンの励ましを思い出し、そっと弦を弾いた。

  柔らかな音色が夜の海に広がり、波音と混じり合った。やがて純也は声を乗せ、短い歌を歌った。初めは震えていた声が、二節目には安定し、三節目には自信を帯びて響いていた。

  船員たちは拍手を送り、ジョーダンは嬉しそうに微笑んだ。

  「ほら、できたじゃない」

  純也は照れ隠しのように肩をすくめた。

  「……まあ、何とか」

  その夜、晃は甲板に立ち、満天の星空を見上げていた。エマーソンが隣に立ち、低い声で言った。

  「星の配置が微妙に違う。時間と空間の歪みを示している可能性があるな」

  晃は静かに応えた。

  「つまり、僕たちの帰還条件には、この世界の天体配置も関係するかもしれない……」

  夜明け前、優太は時計を見ながら航路データを確認し、明日美は荷物を再度点検していた。佳那は推進機の稼働音を記録し、彩夏は結晶を譲ってもらうための交渉内容をノートに書き留めていた。

  そして二日目の午後、船はルルイエの港に到着した。水面に映る都市は水路が縦横に走り、橋や塔が複雑に絡み合っていた。まるで水上の迷宮のようだ。

  純也が目を見開いて呟いた。

  「すげえ……本当に水の都だ」

  ジョーダンは笑みを浮かべた。

  「ここからが本番ね」

  晃は仲間たちを見回し、短く言った。

  「行こう。結晶を手に入れるために」

  八人の影は、水面に揺れる都市の光の中へと伸びていった。




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