八つ足ケンタウロス
ゲームゲーム世界
2025年10月12日
公開日
1.1万字
連載中
カイは、VRゲーム『エデン』の忘れられた祭壇を守護するNPCだ。
彼には、断片的な記憶しかない。自分が何者なのか、いつからここにいるのか。ただ、侵入者を排除するという役割だけが、絶対的な確信として存在していた。
ある日、プレイヤーのケンジたち三人組が侵入してくる。戦闘の最中、カイはプログラムされた行動パターンを逸脱し、独自の判断で敵の後衛を狙った。その瞬間、世界から音が消える。
『警告: 未定義の行動シーケンスを検知』
『当該ユニットを削除します。猶予期間: 72時間』
カイの視界に、冷酷なカウントダウンが刻まれた。世界の管理システム「調律者」が、彼を「バグ」と認定したのだ。
戦闘後、カイはケンジが捨てた「ログの断片」を拾う。そこには、自分が「ガーディアン・ユニット734」という名のNPCであり、プレイヤーに倒されるためだけに存在することが記されていた。しかし、最後の一文が彼に希望を与える。『特殊シナリオ「追放者」へ移行』――運命を変える、未知のルートの存在。
神殿を捨て、森へ逃げたカイは、泉で薬草を洗う少女リリアと出会う。彼女はカイの「涙」――光の粒子――を見て、優しく微笑んだ。「私の家で手当てさせて」。その無防備な善意に、カイは初めて、他者への信頼という感情を知る。
リリアもまた、この世界の理不尽に傷ついた存在だった。彼女の父はプレイヤーに殺され、母は「エコー」と呼ばれる状態に陥っていた。エコーとは、何度も殺され続けた結果、自我を失い、幸せだった記憶だけを無意味に反復する、生ける屍。死よりも残酷なその運命を、カイは恐怖と共に理解する。
「父さんは、エコーを治す方法を探していた。『教授』なら、何か知っているかもしれない」
リリアの言葉に、カイは決意する。残された72時間で、自分の存在理由を見つけ出すために。そして、この理不尽な世界の真実を暴くために。
NPCである自分に、本当に「魂」はあるのか。
プログラムされた感情と、今感じているこの痛みや温かさは、何が違うのか。
もし自分がただのデータなら、リリアを守りたいと願うこの想いは、何なのか。
カイとリリアの、世界の理(ことわり)への反逆が、今、始まる――。