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第59話「よるにならんで」

 夜の商店街は静かだった。

 昼間は多くの買い物客で賑わい、店によっては長蛇の列ができるほど活気のある商店街ですら、【夜禁法】で外出禁止となっている今の時間は人の気配ひとつせず、しんと静まり返っている。

 時折、野良犬や野良猫が餌を求めて徘徊している程度の商店街に、颯真は「夜を取り戻せたら今の時間にも人々は買い物を楽しんでいたのだろうか」とふと考えた。


 時計を見る。夜の八時を過ぎたところ。【あのものたち】が活発になり始める時間。

 黄昏時に開き始める裏の世界との通路は夜の八時ごろに完全に開かれる。それまでは【あのものたち】は現れるもののそれはごく稀で、夕方からこの時間にかけては「人通りの少ない場所を歩くと化け物が出る」という都市伝説として語られている。

 今夜の任務はまたしても電磁バリア発生装置の修理班を護衛する、というものだった。


 【ナイトウォッチ】正式入隊前に発生した電磁バリア発生装置破壊事件以降、【あのものたち】派による電磁バリア発生装置破壊事件は月に何度か、という頻度で発生するようになっていた。

 通常の巡回や【あのものたち】との戦闘以外に人員リソースが割かれ、【ナイトウォッチ】も時折人手不足という事態に見舞われている。


 颯真が腰に差したカーボンファイバー製の刀に触れる。本来玉鋼から作られるそれに比べて軽く、メカニカルなデザインは近代兵器のような印象を受ける。

 初めはどの武器を選択していいか分からず、ただ冬希が使っていたというだけで選択したこの刀は入隊以降、颯真のもう一つの相棒としてずっと愛用してきた。


 その柄には新しく組み込んだ増幅装置が。

 その効果を今夜実感できるかどうかは分からない。というのも、前日はデルタチームは持ち回りの訓練日で、それに勢いづいた淳史が隊員の交流も兼ねて、と訓練を隊員同士の模擬戦を実施したからだ。普段の任務に比べて休息は早かったが、なんとなくの疲労を覚えているのは先輩隊員との全力での模擬戦に無駄に緊張して疲れてしまったからか。


 これでは増幅装置の本来の力は確認できないかな、と思いつつも颯真は闇に包まれた商店街を見回した。

 昼間は人気が多い場所とはいえ、夜間は店舗に人が残らないため、この商店街は電磁バリアの範囲外となっている。つまり、戦い方次第では店舗を損傷させてしまうこともある。そのため、なるべく建物から離れた場所で戦うことは目標として定められていたし、【あのものたち】も人がいない建物に興味はないのか積極的に建物を破壊しようとすることもない。ちなみに、戦闘で建物などを損傷させてしまった場合は政府によって手厚く補償されるので一般市民も【夜禁法】で一般市民は出歩けないが巡回しているロボット等が暴走してぶつかったのか、程度の認識で終わっている。


 ざわり、と空気が揺れ、【あのものたち】が姿を現し始める。

 来たな、と颯真と冬希も刀を抜き、【あのものたち】に向かって走り出した。



「颯真! そっち行った!」


 卓実の声に、颯真が振り返り、薙ぎ払うように刀を振るう。

 颯真に飛び掛かった【あのものたち】がその刀に両断される。


「——っ、」


 その手ごたえに、颯真は新しく組み込んだ増幅用パーツの威力に驚いた。


 まず、切れ味が違う。

 今までは【あのものたち】を斬ったとしても肉を断つような重い手ごたえがあった。しかし、今【あのものたち】を斬った手ごたえはそれに比べて軽くなっていた。増幅に関しては使用者の状態——感情や意思に応じて変動すると言うが、多少疲労感がある状態でも【あのものたち】に負けられないという感情がそうさせているのか、きちんと効果を発揮している。


 これなら、この力ならあの時の人型の【あのものたち】にも立ち向かえるのではないか、と颯真は次の【あのものたち】を斬り伏せながら思った。


 勿論、今のこの出力ではまだ足りないだろう。それでも、あの時あの個体を前にした時の感情、倒さなければいけないという意思が上乗せされれば。


 颯真の目の前で、集まった【あのものたち】が融合し、巨大な個体を形作っていく。


「南!」


 颯真の隣で冬希が叫ぶ。

 颯真も頷き、地を蹴った。


『はあぁぁぁぁっ!!』


 暗闇の中で、颯真の刀と冬希の刀がまばゆく輝く。

 冬希が先行し、迫りくる【あのものたち】の触手を切り裂き、颯真に道を作る。


 冬希が作った道で助走し、颯真が大きく跳び上がった。

 空中で、【あのものたち】の頭上で刀を最上段に振りかぶる。


「【増幅Amplification】! 【拡散Diffusion】!」


 刀を振り下ろすと同時に颯真はコマンドワードを解放した。

 【増幅Amplification】によって増幅した光の刃を【拡散Diffusion】によって分裂させた、無数の光の刃が【あのものたち】に降り注ぐ。


 光の刃を全身に受け、【あのものたち】の身体を構築する闇が削れていく。

 闇が削られ、【あのものたち】のコアが露出する。


「うおおぉぉぉぉぉっ!」


 刀を逆手に持ち替え、切っ先をコアに向け、颯真が落下する。

 刀がコアに突き刺さり、次の瞬間、コアが砕け散った。

 コアを打ち砕かれ、霧散する【あのものたち】。


「……」


 危なげなく着地し、颯真は霧散し、闇に溶け込んでいく【あのものたち】を見た。

 以前なら数人がかりで倒すのがやっとだった融合型の【あのものたち】を冬希のサポートだけで倒してしまった。疲労している状態で【増幅Amplification】を使ったため、どっと疲労感が押し寄せてくるが、それでも増幅装置の力を感じたような気がした。


「颯真、やるな!」


 卓実が真を連れて駆けよってくる。


「うん、増幅装置のおかげだよ」


 今の融合型でこの波はいったん落ち着いたのだろう、周りの隊員も少しほっとした様子でいる。


「この調子なら【あのものたち】を向こう側に押し込めるのも不可能じゃないんじゃね?」


 気楽そうに言う卓実。だが、颯真はその言葉を聞いた瞬間、ちくりとした不安を覚えた。

 本当にそううまく行くだろうか。

 【あのものたち】の適応力は高い。【ナイトウォッチ】側の成長に合わせて強化してくる。あの高位の【あのものたち】が出てきたことも気になる。

 とはいえ、今その不安を口にして空気を悪くする気は颯真にはなかった。


「夜を取り戻せるといいね」


 そう言い、颯真は夜空を見上げて天頂に輝く月を見た。


「南! 一般市民がいる!」


 不意に、冬希が叫んだ。


「【黄昏教会】の紋章——【あのものたち】派か!」


 電磁バリア発生装置に向けて駆ける人影に、颯真が【拘束Bind】のコマンドワードを開放する。

 金色の光の帯が人影に伸び、拘束する。


「南、よくやった!」


 冬希が拘束された人影に駆け寄り、その手に手錠をかける。

 【黄昏教会】に関しては先日、国家転覆を謀るテロ組織認定で摘発された。警察や公安が動いた結果ではあるが、それでもかなりのスピード摘発で【政府の闇を切り裂く】チャンネルも陰謀論を声高らかに叫び、ここ最近の政府に対する風当たりは少々悪いものとなっていた。


 それに、【黄昏教会】が摘発されたところでそれはあくまでも雑草の目に見える草部分を取り除いたというだけで根の部分は根強く残っている。日本各地に散らばった信徒は日常に溶け込み、【黄昏教会】の名は出さずともじわりじわりとその勢力を強めていっていた。


 その結果が【あのものたちタソガレさま】を信奉する人間による暴走、電磁バリア発生装置の破壊や政府や警察の目が届かないところでの布教活動。

 一般市民の間にも【あのものたち】と名前は分からないものの夜に化け物が闊歩しているらしいという噂がじわりじわりと広がり、街の中も以前よりは不安と緊張による淀んだ空気が漂うようになっていた。


 護送車を呼び出し、颯真が修理中の電磁バリアの発生装置の方向を見る。

 あの高位の【あのものたち】もあれ以来姿を見せていない。来るべき時を狙っているのか、それとも、取るに足りないと思っていたはずの人間に武器を打ち砕かれたことに恐れをなして引きこもっているのか。


「冬希さん、油断しないで」


 修理班の報告から、修理自体はあと三十分もあれば完了するとのことで、現在は【あのものたち】の波も落ち着いており、視界に映るレーダーにもすぐ近くに【あのものたち】の位置を示す光点はない。

 とりあえず護送車の到着までは護衛するか、と颯真はもがく【黄昏教会】の信徒の男を見た。


 両手は手錠を掛けられ、地面に座らさせられているものの逃げ出す隙を窺っているように見える男の目の前で颯真は膝をつく。


「落ち着いてください。逃げられませんよ」

「何を、政府の狗が! お前たちなんて【タソガレさま】に喰われればいいんだ!」


 喚く男、それをなだめる颯真。

 以前のように夜空を見させて真実を教えるような対話は不可能だと判断し、颯真が立ち上がる。


「冬希さん、こいつ、どうしよう」

「どうするもこうするも護送車が来るまで待つしかないだろう」


 鞘に納めた刀に手をかけたまま、冬希が応える。


「とはいえ、少し遅いな」


 そう言いながら、冬希が護送車の位置を確認すると少し離れたところで停車し、別の信徒を逮捕しているらしい、という情報が入ってくる。

 そんなにも妨害したいのか、と思いつつ、冬希はため息交じりに颯真を見た。


「少し時間がかかりそうだな。そろそろ次の【あのものたち】が出てきてもおかしくない、警戒だけはしておこう」

「うん、冬希さんも気を付けて」


 言葉を交わし、二人が周囲の気配を探る。

 どこから来るか。来るとしたらどのような個体が来るか。

 じりじりとした時間だけが経過していく。

 その間、手錠を掛けられた男が立ち上がろうともがくが、後ろ手に掛けられた手錠で地面に手を付くこともままならず、立ち上がることができない。

 暫く待つうちに、護送車が到着し、隊員が下りてくる。


「お待たせしました! 被疑者はどこに?」


 隊員の声に、冬希が男を立ち上がらせ、引き渡しのために車に向かう。

 喚く男を隊員に引き渡したとき、冬希は一人の男の声を聞いた。

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