周囲を見回した真琴は、苛立たし気に内心で呟く。
(……にしても、蘇我紗希はどこ? 来ていない、のはありえないわよね)
焦りが真琴の中に生まれた。
(早く来なさいよ。そうしたら、昇吾を取り上げて、一緒に踊るの。彼女、きっと泣きわめくわよ……)
もしうまくいかなくても、白川家のパーティーで現れた真琴の存在は、社交界でもちきりになるに違いない。
宮本家の名前には、そのくらいのステータスがあるはずだ。
先ほどまで自分にはあんなに多くの人間が群がり、挨拶をしたのだから。
その瞬間。わっ、と今までになく湧き上がるような歓声が起きた。真琴と時哉の時とは段違いに人々が目を輝かせている。
2人は会場の中央へ目をやった。
そこには紗希と昇吾が立っている。
紗希が纏うのはAラインのシンプルな濃紺のドレス。飾りを最小限にし、紗希の美貌が映えるよう調整されているのが伺える。髪を彩るのは、銀と青の髪飾りだ。
隣に立つ昇吾は、こちらも濃紺のスーツ。ネクタイは光沢のあるグレーと、シンプルに纏めている。
彼らは会場の中心ともいうべき存在感を放っていた。
「蘇我、紗希……」
仇が現れたとばかりに、真琴は紗希を睨みつけた。彼女の怒りに触れた時哉が、真琴の方に手をやる。
彼は低い声でそっと真琴に伝えた。
「真琴。相手の気持ちを受け入れる精神的な余裕が必要だ。余裕を欠いてしまうと、いくら力が強くても成功しなくなる」
「……どういうこと? 今までどんなに感情が昂っても、私の『絡繰り』は通じていたわ」
「君は焦っている。それを認めないと、今まで通用していた相手にも通用しなくなるぞ」
時哉の声音はどこか苦々しい。真琴は時哉からの視線を振り切り、紗希の方へ視線をやる。
「いくらお父様が同じでも、急に兄貴面しないでくれる?」
冷たく言うと、時哉がわずかに唇を震わせた。しかし彼は何も言わない。
曲の始まりとともに、紗希と昇吾は部屋の中央。シャンデリアが輝く下に滑り込むように並び立つ。
2人のワルツが始まった。
とん、と床を軽く蹴りながら、紗希は昇吾の引く手に身を預ける。
白川家のパーティーにダンスタイムが取り入れられたのは、第一次世界大戦以前だと聞いていた。
青木家と同様、海外の顧客との交流が多かった白川家で、歴代の当主が嗜みとして身につけたのが始まりらしい。
幼い頃。父や母とともに紗希が挨拶に伺っていた頃には、紗希もダンスを楽しんでいた記憶がある。子供も参加できる昼間のパーティーで、父や母、時には白川会長を相手にダンスを学んだ。
ひょっとしたら、中には篤もいたのかもしれない。
(どうして私は、そのことを覚えていないのか……)
考えかけて、すぐさま紗希は思考を切り替える。
昇吾と踊るのは実は今回が初めてだ。にもかかわらず失敗がないのは、紗希の心の声を読み取れる彼のおかげ。
(ここで連続のターンを……!)
紗希が思い描いたターンに、昇吾がぴたりと合わせる。室内で弾むように広がるバイオリンのメロディーに合わせて連続ターンを決める紗希に、周囲から拍手と歓声が沸き上がった。
(最後、後ろへ倒れこむように……)
柔らかく右腕をあげ、紗希は回転しながら後ろへ背をそらす。すぐさま昇吾が手を添えて、紗希が大きく後ろへ体をしならせるのを支えた。
Aラインのドレスから見える瑞々しい白い足。息を弾ませる様子もなく、美しく微笑んだ紗希の体を、昇吾が引き上げる。
「いやあ、おみごと!」
白川会長が大きく拍手を送る。周りからも一斉に拍手が沸き上がり、紗希と昇吾は手を取り合うと、笑顔を浮かべる。
昇吾は左手を腰に軽く会釈をした。紗希は足を引いて、ドレスの裾が床につかない程度に身をかがめ、上品に微笑む。
次の明るい曲が奏でられるのと同時に、2人は壁側へと向かった。
「……うまくいったかしら」
紗希は不安そうに呟く。昇吾が答えた。
「そのようだ」
2人の眼前には、こちらへと向かってくる華崎真琴。いや、宮本真琴がいた。