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第3話 悪女とダンスを(2)


 周囲を見回した真琴は、苛立たし気に内心で呟く。


(……にしても、蘇我紗希はどこ? 来ていない、のはありえないわよね)


 焦りが真琴の中に生まれた。


(早く来なさいよ。そうしたら、昇吾を取り上げて、一緒に踊るの。彼女、きっと泣きわめくわよ……)


 もしうまくいかなくても、白川家のパーティーで現れた真琴の存在は、社交界でもちきりになるに違いない。


 宮本家の名前には、そのくらいのステータスがあるはずだ。


 先ほどまで自分にはあんなに多くの人間が群がり、挨拶をしたのだから。


 その瞬間。わっ、と今までになく湧き上がるような歓声が起きた。真琴と時哉の時とは段違いに人々が目を輝かせている。


 2人は会場の中央へ目をやった。


 そこには紗希と昇吾が立っている。


 紗希が纏うのはAラインのシンプルな濃紺のドレス。飾りを最小限にし、紗希の美貌が映えるよう調整されているのが伺える。髪を彩るのは、銀と青の髪飾りだ。


 隣に立つ昇吾は、こちらも濃紺のスーツ。ネクタイは光沢のあるグレーと、シンプルに纏めている。


 彼らは会場の中心ともいうべき存在感を放っていた。


「蘇我、紗希……」


 仇が現れたとばかりに、真琴は紗希を睨みつけた。彼女の怒りに触れた時哉が、真琴の方に手をやる。


 彼は低い声でそっと真琴に伝えた。


「真琴。相手の気持ちを受け入れる精神的な余裕が必要だ。余裕を欠いてしまうと、いくら力が強くても成功しなくなる」


「……どういうこと? 今までどんなに感情が昂っても、私の『絡繰り』は通じていたわ」


「君は焦っている。それを認めないと、今まで通用していた相手にも通用しなくなるぞ」


時哉の声音はどこか苦々しい。真琴は時哉からの視線を振り切り、紗希の方へ視線をやる。


「いくらお父様が同じでも、急に兄貴面しないでくれる?」


 冷たく言うと、時哉がわずかに唇を震わせた。しかし彼は何も言わない。


曲の始まりとともに、紗希と昇吾は部屋の中央。シャンデリアが輝く下に滑り込むように並び立つ。

 2人のワルツが始まった。


 とん、と床を軽く蹴りながら、紗希は昇吾の引く手に身を預ける。


 白川家のパーティーにダンスタイムが取り入れられたのは、第一次世界大戦以前だと聞いていた。


 青木家と同様、海外の顧客との交流が多かった白川家で、歴代の当主が嗜みとして身につけたのが始まりらしい。


 幼い頃。父や母とともに紗希が挨拶に伺っていた頃には、紗希もダンスを楽しんでいた記憶がある。子供も参加できる昼間のパーティーで、父や母、時には白川会長を相手にダンスを学んだ。


 ひょっとしたら、中には篤もいたのかもしれない。


(どうして私は、そのことを覚えていないのか……)


 考えかけて、すぐさま紗希は思考を切り替える。


昇吾と踊るのは実は今回が初めてだ。にもかかわらず失敗がないのは、紗希の心の声を読み取れる彼のおかげ。


(ここで連続のターンを……!)


 紗希が思い描いたターンに、昇吾がぴたりと合わせる。室内で弾むように広がるバイオリンのメロディーに合わせて連続ターンを決める紗希に、周囲から拍手と歓声が沸き上がった。


(最後、後ろへ倒れこむように……)


 柔らかく右腕をあげ、紗希は回転しながら後ろへ背をそらす。すぐさま昇吾が手を添えて、紗希が大きく後ろへ体をしならせるのを支えた。


 Aラインのドレスから見える瑞々しい白い足。息を弾ませる様子もなく、美しく微笑んだ紗希の体を、昇吾が引き上げる。


「いやあ、おみごと!」


 白川会長が大きく拍手を送る。周りからも一斉に拍手が沸き上がり、紗希と昇吾は手を取り合うと、笑顔を浮かべる。


 昇吾は左手を腰に軽く会釈をした。紗希は足を引いて、ドレスの裾が床につかない程度に身をかがめ、上品に微笑む。


 次の明るい曲が奏でられるのと同時に、2人は壁側へと向かった。


「……うまくいったかしら」


 紗希は不安そうに呟く。昇吾が答えた。


「そのようだ」


 2人の眼前には、こちらへと向かってくる華崎真琴。いや、宮本真琴がいた。



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