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第4話 『家族』のために(2)


 時哉の考えに気づいたのか、総一郎が振り返る。


「均はうまくやった。青木の元に潜り込んだうえで、小田家の娘を落としたのだから。表向きはどちらとも対立はしたくない俺としては、どうにも手が出せない……」


「……父さんはやっぱり、蘇我紗希に子供を産ませたいの?」


 貸しは一つのはずだったんだがな、と呟きながら総一郎は時哉に視線を向けた。


「紗希の母は、死に戻りが起きたのか最後まで分からなかった。確実に死に戻りの力がある、と言い切れるのは、蘇我紗希だけだ。彼女に子を産ませるには、お前の協力は不可欠となるのだ、時哉。宮本家の血筋の人間にさえ『絡繰り』の力を使えるお前が、な」


 時哉は小さくため息をつく。


 総一郎が時哉を特別扱いするのは、このためでもあった。時哉はその気になれば、総一郎さえも『絡繰り』によって意のままに操れる。だがそうしないのは、総一郎が実の父であり、彼の行動が自分や母、そしてきょうだいに悪影響を及ぼすものではないからだった。


 しかし、真琴が本当に血のつながりが確かな妹だとすれば、話は変わってくる。


 時哉は家族というものを、ずっとあいまいにとらえてきた。


 だが、真琴を前にしたとき、衝撃が走ったのだ。彼女は自分にとって、母と同じくらい大切な相手だと、何故か直感していた。


「……分かった。なら協力する」


 総一郎は時哉の言葉に、不思議そうな顔をする。


「どういう風の吹き回しだ?」


「父さんがしたいことを、近くで支える気になっただけだよ。真琴のためになるのなら、協力は惜しまない」


 時哉はそう言いながら、父親の目をじっと正面から見つめる。


「……何を考えているかは分からないが、願ってもないことだ。お前の力は時に真琴をも超える。本来なら通用しないはずの宮本家の血を引く者に対し、力を使えるのだから」


 本当に真琴が自分の妹であるのなら、いつか切り札として父に『絡繰り』を使うことになるだろう。


 時哉はそう予感しながらも、今のところは総一郎に従うことを決意していた。


(ならまずは、明音さんと仲を詰めるか……)


 紗希のことを、時哉は全く知らない。義妹の明音であれば、紗希について何かしらの意見を持っているだろう。


 総一郎がこれ以上何も話さないと認識した時哉は、今の宮本家に呼び寄せられている明音に会いに行くべく部屋を出た。紗希の情報を得るためだ。


「あら、時哉さん」


 宮本家の別宅に移されていた明音は、時哉の登場に目を見開いていた。


「やあ。実は先日、君のお姉さんと会ってね……何か話を聞けないかな?」


 明音の中から、紗希に対し激しい憎悪が吹きあがるのが分かった。真琴が施した『絡繰り』によるものだ、とすぐい理解した時哉は、明音からその憎悪を取り払うための言葉をかける。


「真琴は僕には手出しができないよ。大丈夫」


「え? ……」


「僕は本家の、息子だからね。真琴とは立場が違うんだ」


 真琴を貶める発言に心苦しく思いながら、時哉は優しく言う。明音の表情が和らぎ始めたのをみて、さらに優しく伝えた。


「蘇我家には迷惑をかけたね。そもそもは、僕の父が紗希さんの力を狙ったのがきっかけだったんだ……」


「やっぱり。お義姉さまさえいなければ、うちは平和だったんですね」


 虚ろな目で笑う明音に、時哉は否定も肯定もしなかった。


 仮だとしても、今の明音は時哉にとって今後妻となるかもしれない相手だ。


 どうしたものか、と思いながら尋ねる。


「君は紗希さんの義妹だろう? 彼女の変化をどう思ったんだい」


「どうって……最初は変だと思ったわ。でも『死に戻り』のせいなんでしょ? いったい何を聞きたいの」


「君がどう思ったか、だ。まさか、何も思わなかったのか?」


 自分の立場を悲観することで精いっぱいらしい明音が叫ぶ。


「何を言いたいの? 私が何もしなかったって言うの? 勉強も遊びも頑張ったわ。父様がそうしろっておっしゃったのよ。だってお姉さまは本家の血を引いているだけで何もかもうまくいくのよ! 私だって頑張っているのに!」


 まさか他の蘇我家の人間も、同じ状態だろうか。明音を『絡繰り』で強制的に黙らせてから、時哉は別宅の奥に向かった。


 すると明音の叫び声を聞きつけたらしい蘇我明日香が現れ、目を丸くする。


「まあ。時哉さま!」


「やあ。紗希さんについて話を聞きに来たんだ。何でもいい、変化の兆しを教えてもらえないか?」


 明日香はわずかに目を細める。そして、明音のことを一瞬思いやる様に時哉の背の向こうを見た後、静かに話し始めた。


「……紗希は、あの子は急に変わりました。すべては三年前の五月のこと。彼女は普段、カップを取り落とすなどということをすれば、執事の和香を徹底的に責めました。自分なら大丈夫であっても、お客様ならどうなると思っているのか、と」


「ふうん。行き過ぎた正義感、という感じかな」


「ええ。ですがその日以来、彼女は大きく変わりました。自身の支出を改め、仕事に取組み、青木様との関係を改善され……今となっては蘇我の娘として十分な立場でしょう。彼女が青木様の婚約者でなければ、婿養子を取ってもらいたいくらいです」


 驚くほどの高評価に、自分で聞いておきながら時哉は驚く。明日香がまさか、ここまで紗希を評価していたとは思わなかった。


「驚いた。明音さんとは違うね」


「……あの子は、可哀そうな子なのです。私が後妻として入った後、夫によって甘やかされ、自分こそが蘇我家のお嬢様だと思い込んで育ちましたから」


「貴女は何もしなかった?」


 明日香は僅かに表情をゆがめた。そんなわけがない、と言いたげだ。


「なら、あれは本人の素質か」


「っ……ええ、そうですね。そういうこと、でしょう」


 諦めたように呟く彼女は、力なく項垂れる。


(蘇我俊樹はパスだ。彼に借りを作りたくない)


 時哉は総一郎が隠しているであろう事実を知るにはどうすればよいのか。じっ、と考え込むのだった。



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