「リチャード! 天井裏に何かいる。たぶん人間だ……!」
天井を見上げて視線を移動させる。クラッカーの箱が集中する隅あたりの天井パネルの中に、丸い穴が規則正しく並んだ部分があった。
〈換気ダクトの中か!〉
状況を把握したリチャードが叫んだ。
〈少し前から、環境センサーのログに妙なログが出ると思った! アンモニアとか、メルカプタンとか! こりゃ
そこから音声が外部スピーカーに切り換わった。
――おい! 生きているなら知らせろ、そこの風呂に入ってないヤツ!
格子蓋がガタンと音を立てて外れ、ジャンプスーツを着た細い腕が突き出された。
――迎えに来て……くれたの!?
まだ幼い、薄汚れた少女がそこにいた。
「生存者の発見は喜ばしいことだが……少しややこしくなったな」
「違いない。『単純な肉屋の仕事』に遠足の引率は含まれてないもんな、普通」
カンジとリチャードは、天井からのぞき込む少女を交えて、今は外部スピーカーで直接会話をしていた。
クロエを介した通信のやり取りが数分にわたって続き、ちょうど一段落したところだ。シェーファーの喜びようはたとえるものがないほどだった。
小さな子供で、ダクトに入りこめたことが生死を分けたのだ。
「ディアトリウマに梯子は使えないし、ダクトの中にも入れないからな……だが、あのクソ
「うん……あたしさ、そういうの分かるから。怒ってる人とか、悪いこと考えてる人とかが来たら、頭の中に聞こえてくるの」
「カンジ」
リチャードが言わんとすることはすぐわかった。会話を通信機に切り換える。
〈どうやらこの子、
ESPの研究は今のところ、その種の能力が実在することの実証までは出来ている。認定された超能力者はごく少なく、能力が何らかの実用的なレベルに達しているものも限られているが、テレパスはその中でもデータが集まっているタイプだ。
典型的、というかもっとも
シェーファーの娘、ナギという名前のこの少女の場合は言語的なメッセージの形で送信できず、彼女の思念を受信できるのはたまたま「波長の合う」限られた人間だけ、ということらしかった。
「道理で父親も知らず、この事態に連絡も取れないわけだ」
坑道部分の施設には双方向の通信機はほとんどなく、指示や連絡は主に有線での放送という一方通行。作業の指示や休憩の合図ならそれで事足りるということらしい。「鉱業団」で携帯通信機を持たされているのも、ごく一部の現場リーダーだけらしかった。
カンジたちが使っているような端末は高価だし、データアーカイブにアクセスできるインフラが無ければさほど役に立たない。
〈俺たちの接近を察知して、ダメもとで助けを呼んだってことか……? 俺が受信できたのは奇跡の部類だな〉
「良かったじゃないか、リチャード。
〈やめろ莫迦。あんな子供じゃしょうがないだろうが〉
冗談はさておき、とカンジは考え込んだ。
彼女を連れて坑道を戻るのは危険すぎる。三頭以上のひよこが現れたら、守りきれない。彼女を父親のところに返すのは、まずディアトリウマを殲滅してからだ。
だがそれには時間がかかりそうだった。よほど賢いのか用心深いのか、ディアトリウマはあの後一切姿を現さない。鉱業団の状態を考えると、余り悠長なことをやってはいられまい。
(なにか、奴らを直接相対せずに無力化できる、そんな方法はないか……)
「クロエ、シェーファーに訊いてくれ。例えば、奴らの位置を特定したら、その区画だけ
ややあって、クロエがその返事を伝えてくれた。
〈無理、みたいです。坑道部分はもともとかなり無計画に掘られてて、気密隔壁の類は、外部と繋がる限られたエリアにしか設けられてないそうですよ〉
「そうか。じゃあダメだな」
こちらの「飯場」には気密服も見当たらなかった。ディアトリウマを都合のいい区画に上手く誘導する方法も思いつかないし、減圧でナギが死んでしまうようではそもそも意味がない。何か他にいい方法は――
〈カンジさん……カスミさんが何か思いついたみたいです。ちょっと替わりますね〉
クロエが突然そんなことを言って来た。
「カスミが?」
〈あ、もしもし。カンジさん? ちょっと、凄く莫迦な思い付きな気がするんで、恐縮なんですけど……〉
「言ってみてくれ……こんな状況だ、猫の手でも文殊の知恵でも、借りられるなら何でもいい」
〈えへへ、それじゃあ文殊の知恵の方で評価お願いします……ディアトリウマって、普通の――いやそれ自体は普通でもないですけど――
「そうだな。普通の生物は、大概そうだが」
〈無重力にしたら、上手く動けなくなって一網打尽にできるんじゃないでしょうか……?」