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ヒュウたちはサンタンヘルの言う、「ミナガワの農場」へと向かっていた。しばらく何ごともなく進み、道のりの半ばほどに差し掛かったところ。何気なく空を見上げたボーマンがびくり、と体を震わせた。
「……な、なんだありゃあ?」
ヒュウもつられて空を見上げた。
前方の上空に、ぼんやりと浮かんで見えるものがある。ばかばかしいほど大きなそれは、どうも宇宙船――それも軍艦のようだ。
「政府軍のフリゲートにみたいに見えるな……救援か?」
ハーキムが信じられない、といった面持ちでその影を凝視した。
「助かった、ってことか!?」
ヒュウたちはわっと歓声を上げた。太陽系政府の軍が来てくれたのなら、ディアトリウマの駆除生存者の救難も、キーロウだけでやるよりずっと迅速に進むだろう。
だが、ハーキムはまだ空を見上げて首をひねっていた。
「いや、待ってくれ……どうもおかしい」
「おかしいって、何がだ?」
「微妙に透けて見える。ほら、あそこの直線の内側に雲の形が。それに大きすぎる」
「じゃあ何だ、立体映像ってことか……なんでそんなことを」
とにかく、新しい事態には違いない。彼らにとって、それは希望と同義だった。サンタンヘルはアクセルを踏み込み、
同じ頃。「ヴァイキングス」の隊員たちも、呆けこそしないものの同じように空を見上げていた。
――太陽系政府のフリゲート艦、じゃないか、あれ……?
「ラウラ、何をしたの?」
〈簡単ですよ。キーロウ03の大気中に漂う微粒子に、クレイヴンの映像を投影したの〉
「あー。なるほど……こういう時は驚かせるのも一つの手、ってことね……」
「子供だましのようなからくりではある。だが、この場ではその効果は劇的といえた。
軍の宇宙艦が来たことに気付いた住人たちは、どうにかハメットたちの指示に従うことを受け入れ、農場のまだ無事な建物の方へと避難、移動を開始したのだ。
この状況であれば、ハメットたちは先ず誤射の心配なしに、柵の外のディアトリウマだけを排除することが可能になる。彼らは状況を把握すると、的確にその作業を進めていった。
* * * * *
「それで、コウサク・ミナガワさん……あなたはこいつの理由に見当がつきませんか?」
民間の調査船、というふれ込みに合わせ、カンジが丁寧な物腰で農場主に質問した。
「あなたの農場のディアトリウマたちは、凶暴化の兆候を見せていない……他の農場が、すべて災厄を免れていないというのに。不思議です……なにか心当たりは?」
周辺のディアトリウマをなんとかおおよそ片づけた――その段階で、彼らはこの農場を前哨として駐屯する交渉を始め、協力を取り付けている。今は、農場主に対して聴取を行っているところなのだった。
中年の農場主、ミナガワ氏は首を傾げながらとつとつと語った――
「そんなこと言われてもな……うちはご覧の通りの零細だ。ディアトリウマの飼育ったって、何も特別なことはやってないよ……」
「そうですか? 参ったな……あなたのとこにしかなかった条件が分かれば、原因の特定や対策も分かりそうなんですが」
「そんなこと言ったってなあ。ここの農業支援組合で斡旋してた、安くて栄養価の高い配合飼料だってまだ手が出せなくてさ。涙を呑んで見送って、相変わらずただで採れるここらの草や虫や、余った穀物とか生ごみとかを……」
「待ってください――配合飼料? 詳しく聞かせてもらえますか?」
「あー、半月ほど前からかなあ。支援センターから広報があってね。オブラダ農産とかいう企業が発売した新式の飼料を安く卸してくれるっていうんだよ。肉質と生育速度が向上するって触れ込みで、周りの人たちはみんな買い入れてた。どうなる事かと思ったよ、ああ、また取り残される、って」
「それだ……! なるほど、あなたはここのディアトリウマ飼育に参入したのが遅く、事業の規模も小さかった。それが、かえって幸いしたってことですか」
「褒めてるのかもしれんが、わたしゃあちっとも嬉しかぁないですな」
ミナガワ氏は憮然とした顔で腕を組み、鼻をスン、と鳴らした。
カンジは考え込んだ。先ず間違いなく、その飼料だ。どこの企業だろう? やはりこれは、マークスマンの計画に絡んだ一環なのだろうか?
(いや、違うな……無計画過ぎる。マークスマンならむしろ、テストには最初から人間を使うさ。事情を言い含め、金も与えて言いなりにさせた、秘密を守れる奴を実験台にするはずだ。こんな災害を起こすようなへまはしない)
では、この事件の発端にあるのは何だ?
そう考えてふと窓の外へと視線を流すと。窓の向こう、丘の稜線を越えるあたりに何か動くものが現れたのが見えた。
ストロークの長いサスペンションに幅広いタイヤを履いた無骨な形状の、何かの輸送車両のようだ――