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第53話 シュミット一家と

暗闇の中……陽輝を待つ。今日は特別な日。彼と一緒に新しいステージに行くんだ。

玄関のドアが開閉の音を立てる。二階の階段を登りきった曲がり角の死角に隠れていると、とんとんとん、と規則的な足音が近づいてくる。緊張してきた。

舞さんによってパチンと明かりが付けられ、俺と梓さんは、双方からクラッカーを鳴らす。

「陽輝、四十歳のお誕生日おめでとう!」




そう。今日は彼の誕生日。俺(和也)が先に誕生日を迎え、二人ともちょうど四十歳になった。

「びっ……くりした。誕生日なんて忘れてたから」

彼は目を開き、胸に手を当てて驚きを表した。

「梓さんに舞さんも。何だか申し訳ないな」

「何言ってるんですか! せっかくの誕生日なんですから。私達にも祝わせて下さいよ」

「そうそう! 私達駆けつけますよー」

女性二人にそう言われ、陽輝は「うーん」と曖昧に唸った。多分、祝われたのは嬉しいけど四十歳という大台を越えた事が複雑なのだろうな、と俺は思った。

「四十歳かあ。なっちゃったね」

「うん。そうだな」

俺と陽輝は、相変わらずしまやの店主をやっている。梓さんは数年前しまやのアルバイトを止め、知り合いのアパレルの店を手伝っているらしい。それから、舞さんが作った『マルボロ大佐』のシリーズは地道な努力もあり、ますますファンから根強い人気を獲得している。

時が経ち、みんなパワーアップしていっている感じだ。

「陽輝、クッキーあるよ」

「ありがとう。どこの店のもの?」

「俺の手作りだよ! さっき焼きあがったばかり」

「まじか。うわ、おいしい、クッキーおいしい」

気に入ってもらえたようで、立ったままクッキーを次々食べる陽輝。

「陽輝、みんなで食べるんだからストップストップ!」

「ああ、ごめん。おいしくてつい。そうだな。皆で食べよう」

四十歳になっても、陽輝はあまり変わらない。かっこよくて、でもおもしろい彼のままだ。

「梓さんと舞さんも、良ければクッキー食べてください」




その後。商店街のケーキ屋で買ったケーキと、俺の作ったクッキーを囲み、四人で話していると、陽輝が思い出したように「そうだ。手紙来てたんだった」と少し遠くにある棚の上を見る。ポストに入っている共通の手紙をとりあえず置いておくスペースだ。俺が立ち上がろうとすると、先に彼が立ち上がり、レターサイズの封筒を持ってきてくれる。

「ドイツ語かな」

「うん。ホストファミリーのお母さんからみたい。懐かしいな」

封筒の端をはさみで切り開封すると、中には写真とポストカードが入っていた。

「えっとね……うわあ、本当に懐かしい。おじさんちょっと太ったかな」

写真には、ホストファミリーの皆さんが写っていた。お父さん、お母さん、三十代くらいの女性が赤ちゃんを抱いていて、足元には小学生くらいの女の子が女性のスカートを掴んでいる。女性の隣には知らない男性が写っていた。

「この女の人、もしかしてハンナちゃん? わあ大きくなったなあ。あ、ハンナちゃん結婚したんだってさ! すごーい浦島太郎になった気分だよ」

「和也待って。最初から説明してくれるかな」

「ああ、ごめんごめん。まずはこの男の人がお父さんのクルトさん、この女の人がお母さんのニコーレさん。娘のハンナちゃん。俺が高校生の時は十歳だったから今は三十代かな。後は俺がいた時にはいなかった人だから分からないけど、手紙によると、この若い男の人はハンナちゃんの旦那さんで、子供が二人生まれたんだってさ。おめでたいねえ」

時間の経つのは速いもので、俺がこの家族の元を離れてから二十年くらい経っている。改めて数えると少し恐ろしい。陽輝に二十年という数字を伝えると苦笑いしていた。

「俺達が再会してからは、十八年か。」

「陽輝計算速いね」

「数えてるからな」

「さすが。えっと……え! ウソ!」

手紙をよくよく読んで驚いた。

「大変。おじさん達、今度こっちに来たいんだって! それで、俺に東京を案内してほしいんだってさ!」

急な話に何だか興奮してしまう。

「あ、メールアドレスも書いてある。誰のだろう?」

「案内するなら、店が休みの日じゃないといけないな。俺も行きたいし」

「え、陽輝も? それはありがたいけど……いいの?」

「うん」

当然だろ、と言った顔でいる。多分、俺が他の人と会うのが心配なんだろうな。ちょっと過保護にも思えるけど、まあ陽輝だしな。

「一人で何人も案内するの大変だろ? 心配だし」

ああ、やっぱり心配なんだ。

「和也は仲のいい人間に気を許しがちだからな」

「あの人たちは大丈夫だよお。まあ、ありがとうね。陽輝」

その後。梓さんと舞さんを店の前で見送り、俺はポストカードに書かれていたメールアドレスに歓迎するむねのメールを送った。またあのホストファミリーの皆さんに会えるのが楽しみだ。


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