オレは赤のストラップ。
サクは青のストラップ。
絵本に出てくるネズミの色みたい、なんてサクは文句を言ったけれど。そのプレゼントを貰ったこと自体は、別に満更でもないようだった。
オレとサクが、月島の父さんからお下がりのカメラを借りたのは、小学校五年生の時だった。
カメラが趣味の父さんは、何台かカメラを持っていた。一緒に出掛けた先でカメラを構える父さんが珍しくて、色々聞いたり借りたり試したりしているうちに、すっかり写真が好きになっていて。
そんなオレとサクに、父さんは自分がもう使わないカメラを一台、貸してくれた。
お下がりとはいえ、それはちゃんとしたカメラで、今思えば小学生にとっては過ぎたおもちゃだったことは明確だ。
当時はそんなこと分からなかったけど。養父が、二人で一つといえど高価な機械を貸してくれたというのも嬉しかったし——なにより、カメラで世界を切り取るのはやっぱり楽しかった。
二人で沢山写真を撮って遊んだ。景色も、人も。父さんと母さんとサクだけじゃなくて、ハルキの写真も撮った。二人で撮った写真は父さんに見せて、「よく撮れてるじゃないか」なんて言ってもらえて。凄く嬉しかった。
そして、それはオレとサクが中学に入って、最初の誕生日だった。
七月七日。墓参りが終わって家に帰ったあとに、父さんがオレとサクを呼び止めてきた。なんだろうと思って顔を見合わせていたオレとサクに、父さんはそれぞれに一つずつ、箱を手渡してくれた。
キレイにラッピングされたそれは、明らかに誕生日プレゼントだった。
「誕生日だろ。受け取れ」
「は?」
父さんの若干ぶっきらぼうな言いぐさに、サクがイラっとしたように眉を顰めた。せっかくの誕生日プレゼントだというのに、この二人はこういう対応しかできない。思わず苦笑してしまった。
その場で袋を開けて、中身が見える。丁寧に梱包された、黒い機械。明らかに高そうなカメラの外観が見えた時点で、オレとサクはもう一度顔を見合わせた。
「なあ、これ二人分? 父さん、いいの?」
「二人分同時なんて、高かったんじゃねえの」
隣で素っ気なく言うものだから口が悪く聞こえるけれど、サクも値段を気にしているのはわかる。父さんは全く気にした様子はなくて、素っ気なくフンと鼻を鳴らして言った。
「子どもが遠慮するんじゃねえよ」
相変わらずこの養父もまた口が悪い。サクも口は悪いが、養父も負けず劣らずだ。血が繋がっていないはずなのに、なぜかこうやってたまにそっくりな面を見せる。
誕生日プレゼントを贈った側と貰った側なのに、どうしてこうもスムーズな会話が出来ないのか。頭を抱えそうになったオレに救いの手を差し伸べてくれたのは、ひょっこりと扉の向こうから顔を出した養母だった。
「貰っておきなさいな、二人とも」
ニヤニヤと笑って言うその様子は、助け船というよりも悪魔のささやきに見えないこともない。怒られるので絶対に言わないけど。
「この人ね、どのカメラにするか、ストラップをどうするかって、ずうっと棚の前で悩んでたのよ」
「おい!」
指をさして指摘され、父さんは慌てて声を荒げる。どうも図星だったらしい。母さんは腰に手を当てて、呆れ果てて父さんをみやった。
「何よ偉そうに。そのプレゼントのラッピングは私が選んだのよ。ストラップの提案をしたのも私。なんなら金額だってきっかり半分私が出しましたけど、文句あるっていうの?」
「ぐっ」
「そもそも、貴方はちゃんと言いたいことを言葉にして伝えなさい。なんでもかんでも察してくれると思ったら大間違いですからね」
「……」
「ほら、返事は?」
「……ちっ、分かったよ」
結局折れた父さんのつぶやきに、母さんは「よろしい」と頷いた。
父さんは母さんに弱い。惚れた弱み云々というだけでなく、なんだか物理的に弱い感じがする。別にずっとこの二人を見ていたわけではないけれど、この数年間一緒にいれば、力関係や雰囲気はしっかりと伝わってくるもので。これが尻に敷かれるってことなのかなあ、なんて思っている。怒られるから、これも絶対に言わないけど。
母さんはオレと、そしてサクに向き直って、にこりと笑った。
「サク、カズト。お誕生日おめでとう。これは私とお父さんからのお祝いよ。入学祝いも兼ねてるから奮発しちゃった。二人が沢山、それぞれ好きなものを撮ってくれたらと思ったの。喜んでもらえると嬉しいわ」
「でも、高かっただろ?」
やっぱりどうしても値段が気になってしまって、同じことばかり聞いてしまう。こわごわと尋ねたオレに、母さんはケラケラと笑った。
「二人がぜんっぜんワガママ言わないから、その分も合わせたのよ。大事な息子二人が好きなことくらい、応援したってバチは当たんないわ。そんなにお金が気になるなら、来年からの父さんの稼ぎに期待しましょうかね」
「俺かよ」
突然流れ弾をくらって目を丸くした父さんを、母さんはじっとりとにらみつけて黙らせた。なんだか漫才みたいで面白くて、思わずこっちも笑ってしまう。
プレゼントをくれた二人がこの様子なのだから、オレとサクが気にするわけにもいかない。大人しく貰っておこうと、手の中の包みをしっかり抱きしめた。
「なあ、サク」
「なんだよ、うわっ」
こっちを振り向いた瞬間のサクに向けて、ちゃっかりシャッターを切った。パシャ、と軽い音が部屋に響いて、液晶画面に振り向きざまのサクの画像が映し出される。なるほど、ひとつひとつ撮ったものがすぐに見れるのか。
感心しているオレに、盗撮されたサクが嫌そうに顔をしかめながら怒ってきた。
「カズト、お前!」
「見てみろって!綺麗に撮れてる!ほら、ほら!」
半分ごまかし、半分本音で、今撮った画像を液晶画面に表示させながらサクに向かって見せてみる。さすがデジカメ、すぐに確認できるのが凄いし、何より画質が綺麗だってよくわかる。
「……ほんとだ。画質キレーだな」
「な!」
ふーん、と感心しているサクから、そそくさと自分のカメラを取り戻す。せっかく撮ったサクの写真を消されたらたまらない。ただでさえこいつは自分の写真を撮られたがらない。家族写真を撮る時でさえ、実は今でも難航するのだ。
「で、サクは? 何撮る?」
「……」
さらりと話をふりつつ、いつでもこいやと身構える——が、サクは考え込んだままだ。てっきりさっきのやり返しで、オレを撮ろうとしてくると思ったけど、サクはそうしなかった。
その場では何も撮らずに、サクはカメラを入れ物に片付けてしまって。どうするつもりなのか全然わからなくて、思わず首をかしげた。
数日後。サクは「ほら」とカメラを見せてきた。なんだなんだと起動させて、保存された写真を表示してみる。液晶画面に映っていたのは、この月島の家の写真だった。
夕焼け空と合わせて綺麗に撮られてるけど、結局は家である。なんで家なんか撮ったんだろう、と思ったけど、二枚目三枚目と見て、サクの意図がなんとなく分かった。
二人でよく遊んだ公園は、二人でよく滑った滑り台が真ん中に映ってる。
川の上にかかった橋は、よく学校帰りに三人で眺めた水面と撮られていて。
道端に咲く花は、昔、二人で通りがかった時に、オレがよく水をあげていたものだ。
——ああ、そうか。これは全て『サクが好きな景色』だ。
「これ、いいな」
「うん、いいだろ」
素直に褒めると、それに答えたサクもちょっと嬉しそうだった。
双子でこれだけ違うのも、なかなか面白い。今までは二人で一台だったらか、こんな違いが出てるなんて気づかなかった。オレだったら、滑り台で滑っている子どもとか、花に水をあげている人とかを撮ると思う。どこに焦点をあてるか、というところでこういった差が出るんだなって、なんだかワクワクした。
「これさ、父さんと母さんに見せなよ」
「何でだよ」
「せっかくカメラ買ってくれたんだから、初めて撮ったものくらい見せたほうがいいだろ」
珍しいオレからの正論で、サクはぐっと言葉に詰まる。ちょっと悩んであれこれ考えたあと、しぶしぶと頷いた。
二人でカメラの中の写真データを見せると、母さんはニコニコとオレたちの頭を撫でてくれたし、父さんは「よく撮れてるじゃないか」と言ってくれた。
それから、二人でいろんな写真を撮ってきた。
上手いとか下手とかは、よくわからない。サクはともかく、人ばっかり撮りたがるオレはそんなに上手い方じゃなかったと思う。
それでも別によかった。オレにとって、いいな、って思う景色が残せたなら、それでよかった。
——そのデータを、一枚、また一枚と消していった日のことは、よく覚えている。
辛くて、苦しくて、指が震えそうで。でも、勢いのまま、思い出を振り切るように全部消していった。オレがあんまりにもトロかったもんで、途中からサクが代わってくれて、容赦なく全部消してくれたっけ。
そのサクも気づかなかった、たった一枚の桜の景色。
それは、きっとそうなる運命だったのかもしれない。
ずっとカードの中にいて、待ち続けてくれたその景色を、オレは指の腹でゆっくりと撫でた。