目次
ブックマーク
応援する
7
コメント
シェア
通報

5-2 黒い陰謀(2)

「まずはお礼を言いたい。昨夜の料理、とても美味しかった」

「あぁ、いえ! 俺の世界では家庭の料理で、王子様が食べるような物ではないと思ったのですが、お話を聞いて何か出来ないかと」


 魔物の穢れを受けて苦しんでいる王子とその側近に何かできないか。俺の料理を食べるとそういった症状が緩和されるかもしれないと聞いて、何か出来ればと思ってした。けれど後で考えたら口に合うんだろうかとか、色々心配になったのだ。

 でも、そんな心配は杞憂だったみたいだ。

 にっこりと微笑んだ殿下はとても優しい顔をしていた。


「とても美味しかったよ。それに、倦怠感や頭痛、気力の減退といった症状が消えた。だからこそ、こうして城を出る事も出来たのだしね」

「それは良かったです!」


 俺の料理にそんな効果が? って、実は疑っていた。だからこそ効果があってほっとしている。何より目の前の人が明るい顔をしてくれているのが嬉しい。


「それだけじゃないんだ。私の大切な者も君の料理を食べた後、意識が戻ったんだ」

「え!」


 これに反応したのはクナルとグエンだった。後ろでとても明るくほっとした様子の二人を見て、心から俺も嬉しくなった。


「ロイが持ち直したのか、殿下」

「良かったぜ。一時は本当にダメなのかと思って悔しい思いをしたからな」

「ありがとう、二人とも。ただ、まだ持ち直したとも言えないんだ」

「え?」


 ほっとしたのも束の間、殿下は悔しげに顔を歪ませる。耐えるような表情は痛々しくて、不安に胸が締め付けられる。


「昨夜、トモマサ殿の食事を召し上がった後で聖女様に浄化と回復を掛けてもらい、意識が戻りました。話す事や体を動かす事はできませんでしたが、視線などには確かに本人の意志が感じられました」

「あの、それなら……」

「ですが今朝方はまた苦しそうにしていて、現在は聖女様が側で浄化と回復を行っております」

「彼女曰く、『また邪魔されている』そうだ」

「そんな事って……」


 不安になって俺はクナルを見た。

 2日前、クナルもコカトリス討伐で負傷し穢れを受けた。黒い靄が纏わり付いていたのを思い出す。

 その時は俺の無意識のスキルで浄化と回復が出来たらしいけれど、そういうのはぶり返したりするんだろうか。


「一般的には無い事だ。だからこそ此方も対処方法や原因が分からず困っている。現状、起こっている事に対して対症療法を試みるのが精一杯なんだ」


 殿下の硬い表情には不安が感じられる。その気持ちは分かるつもりだ。

 母が倒れた時、俺も不安だった。泣きじゃくる星那を落ち着かせなきゃと思って声をかけ続けたけれど、内心は怖くて混乱していた。

 母はどうにも出来なかった。でも、この人の大切な人はまだ生きていて、戦っていて、俺には少しだけ人と違う力があるらしい。

 それなら、なんとかしてあげたい。


「あの! 俺で力になれる事があるならやります」


 勢い込んで言ってみたものの、俺の力は凄く微々たるものだ。医学とか分からないし、何か凄い魔法が使えたりもしない。精々料理くらいなんだけれど。


「でもあの、料理くらいしか……あと、部屋の掃除とか!」


 慌てて付け加えたら殿下は目をまん丸にしていて、次にはおかしそうに笑った。


「あの……」

「いや、本当に人がいいと思って」


 笑うと白い、先の丸っこい耳も震える。そして細い尾に先端がフサッとした白い尻尾も揺れていた。


「それは私の方からお願いしたいくらいだよ。トモマサ、私と、私の大切な者の為に料理を作ってくれないだろうか。報酬は勿論用意する」

「報酬なんて。ただ、元気になってくれたら嬉しいです」


 確かに大事な事なのかもしれない。労働に対しての報酬というのはもらう権利があるんだと思う。

 でも今はそんな事よりも、大事な人が元気になってくれることが一番だから。

 目の前の殿下がジッと俺を見る。少し気圧されそうな感じだ。見定める……と言えばいいのか。とにかく居心地が悪くて緊張してしまう。


「王族への貸しと、思っていいんだよ?」

「そんな。俺の出来る事なんてほんの少しですし。料理する時の食材費くらいで」

「欲がないね。欲しいものはないのかい?」

「今で十分良くしてもらってます」


 本当にそう思っている。

 それでも見透かすみたいな視線は続いていて、緊張で喉が渇いてくる。

 そんな俺の頭を、ポンとクナルが撫でた。


「殿下、その辺にしてくださいよ。こいつビビリなんで」

「うーん……そうだね。協力をお願いする相手にあんまり圧をかけるのも良くないよね」


 瞬間、重苦しい空気は霧散して息ができるようになった。今更ながら心臓がバクバクしている。


「ルートヴィヒ、お前のその癖少し直せ。こいつは裏なんざねーよ」

「すみません、叔父上。どうにも城に居ると癖になってしまって」

「……叔父上?」


 フッと息をついた俺の耳に飛び込む衝撃呼称。叔父? 王子の叔父は=王族なのでは?

 信じられず見ると、デレクはキョトッとした後でニッと笑った。


「言ってなかったか? 俺は現王の弟になるんだ」

「風変わりで城に居つかずに、騎士団なんて立ち上げた変人だけどな」

「うえぇぇぇ!」


 俺の驚きように「悪戯成功!」とでも言いそうな満足顔をするデレク。そういえば巻き込まれ召喚の時も何故か城にいたしね。よくよく考えればおかしいよ。


 何にしても、俺は今ドッキリ被害者の気持ちがよく分かった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?