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9話 聖樹の森(12)

§


 試しにやってみた転移魔法はちゃんと発動したけれど、イメージした場所がエルフの里の謁見の間だったからもの凄く驚かれた。

 目をまん丸にしたルルララ様と警戒して弓を向けられた俺達でアワアワして、次にはどうにか笑い話になったのだった。


 ただ、笑えたのはここまでだった。

 俺達がルルララ様とアルに事の次第を話すと途端に二人は顔色を無くしていく。そして直ぐさま腕の良いエルフの精鋭を集めてくれた。


「まさか、エルダートレントとはの」

「そんなに強いんですか?」


 異世界人の俺にとって魔物の強さは分からない。ただ、もの凄く強そうだなってのは感じている。

 ルルララ様は腕を組んだまま頷いた。


「かなり厄介じゃ。まず硬い。そして奴には痛覚がない。故に怯むという事がないの」

「うわ……」


 そうか、痛くないなら怯まないよな。でも、倒せるんだよね?


「どうやって倒すんですか?」

「核がある。それを破壊するか燃やし尽くすかだよ。ただ、直径が数十メートルにもなる大樹だからの。そう簡単ではないわ」

「あ……」


 ただの大木を切るのだって大変そうなのに、その木が全力で暴れて魔法まで使うんじゃ簡単じゃないよな……怖くなってきた。


「加えて、エルフにはあまり火属性を使える奴がいない」

「え?」


 これには俺じゃなくクナルが驚いた顔をしてリンデンを見る。見られた彼はちょっとばつが悪そうだ。


「リンデンは火属性だろ? しかも、かなり高火力の」

「え?」


 これにルルララ様が驚く。二人分の視線を浴びて、リンデンは苦笑いを浮かべた。


「第二騎士団時代に、こいつはかなり強い火属性魔法を連発していた。更に風属性も使うから凄い延焼力だったぞ」

「そうなのか!」

「あっ、いや……はい」


 凄い事なのに、何故かリンデンは小さくなっていく。首を傾げると、代わりにルルララ様が教えてくれた。


「エルフは森の民。多くの者が木属性か水属性なのよ。故に火属性は珍しく、森を傷つける恐ろしい力と言われて嫌われておる。だから言えなかったのだろ、リンデン」

「……はい」


 項垂れたリンデンは杖をギュッと握る。そんなリンデンを見て、ルルララ様は申し訳なさそうな顔をした。


「すまなかったな。随分辛い思いをしただろう」

「そんな。風も使えたので、一応の体裁は保てていましたし」

「だが、それもあって森を去ったのではないか? 中には兄とお前を比べる者もいた。嫌な思いをさせてしまったな」


 これにリンデンは返さなかった。それだけでこれが間違っていないんだと思えてしまった。


「けれど、今回の事案であんたくらい頼りになる魔術師もいないだろ」

「そうだよ! エルダートレントを倒さないと!」

「うむ! 大いに期待しておるぞ!」

「え! あっ、いや……期待が重いので勘弁してください!」


 口々に言う俺達にリンデンは恥ずかしそうに叫ぶ。それを笑って、俺達は緊張感漂う中でひとときの明るさを得たのだった。



 その夜、俺はやっぱり上手く寝付けずにいた。何度かゴロゴロ寝返りを打って……ふと、隣にいるクナルと目が合った。


「眠れないか?」

「……うん。なんか、ソワソワして」


 明日は早朝からエルダートレント討伐に向けて動き出す。俺が全員を一度妖精女王の神殿まで飛ばす。多分ここでちょっと休憩しないといけないだろう。

 俺はクナルと休憩して、その間にキキがエルダートレントの元へとエルフ達を連れていく。俺は魔力が回復してから追いかける事になる。


 エルダートレントは巨大な木の魔物。リンデンを含む数人の火属性魔法が使える人が主軸となって攻撃し、風魔法の人が更に火を広げる。弓が得意な人は弓で、他は周囲に結界を張る。被害の拡大を防ぐ為に。

 ルルララ様は参加しないが、聖樹に力を注ぎ込んで結界を強化するという。

 現場の指揮はアルが執る事になった。


 クナルは高い氷属性を活かして地表を凍らせ根を弱らせるそうだ。氷属性だけで巨大な魔物が倒される事はないが、相手は植物。極端に冷えれば動きが鈍くなるだろうと言っていた。

 そして俺はある程度魔物が弱った所で浄化をかけてみる。もしかしたらリヴァイアサンの様な変化があるかもしれない。


 それでも、俺は後方で待機。危険な前衛の人達とは違う。

 一応、後方支援に入って傷ついた人の手当などをするが、後々の事を考えて魔法は使わないように言われた。


「そっち、行っていいか?」

「え?」


 不意に問われて彼を見る。真っ直ぐにこちらを見る薄青い瞳を見つめている間に、クナルは自分のベッドを出て俺の隣に寝転んだ。


「えっ」

「嫌か?」

「……じゃ、ないです」


 嫌なわけがない。ただ……余計に落ち着かない。

 ドキドキと音を立てる心臓は忙しくて、巡る血液が脳を活性化させている気がする。

 腕枕と、抱きしめる腕。引き寄せられた体を預けてしまえば心地よくなる。


「大丈夫だ」

「クナル」

「ちゃんと出来る」

「……うん」


 俺の不安、分かってるんだな。

 上手く行かなかったらどうしよう。誰かが死んでしまったらどうしよう。

 戦いの度、俺はそう思う。あり得ない事じゃない! 実際に、あるんだ。

 ベヒーモスと対峙したクナルは死にかけた。リヴァイアサン襲撃を退けた紫釉も死ぬところだった。この世界では死はとても近くにあると感じる。しかも、過酷な死だ。

 それが分かってて、どうして暢気にしていられる。どうして、大丈夫なんて簡単に言える。

 いざとなれば俺は頑張る。この人達を助けられるなら頑張る。でも取りこぼしだってある。犠牲の無い戦いはない。

 それが、俺を眠らせなくしているんだ。


「あんたはよくやってるよ」

「まだまだだよ」

「そうか? 随分逞しくなったと思うぞ」

「腹ぷにぷにだし、長時間歩くと足ブルブルするけれど」


 何とも情けない。だが腕だけは細いが筋肉質でプルプルしていない。腐っても料理人だ。

 そんな事を言ったからか、クナルはキョトッとした顔をした後で、何故か俺の腹をムニッと触った。


「な!」

「おぉ、柔らか。うわ、気持ちいい」

「ちょ! もぉ……クナル!」

「いや、マジで。いつまででも触ってられるなこれ」


 そう言いながら人の腹を揉むのはセクハラだろうが!


「嫌いになるぞ」

「え! いや、褒めてるって」

「褒めてない」

「マサ」

「もぉ、クナル最低だぞ」


 怒ったらシュンとした。耳がぺたんと折れている。

 くそ、こういう時しおらしいの何か可愛いんだよな。俺よりデカいのに。


「もうしない」

「約束だからな」


 ……腹筋でも始めようかな。

 そんな事を思う俺は緊張も解れたのかその後直ぐに眠れた。温かい腕の中で、ぬくぬくの優しい夢を見ていた気がする。


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