照りつける太陽の下、落ち込む尚弥をチラチラと覗き見る湊。掛ける言葉を探すが、気の利いた言葉が見つからない。耳を劈くような蝉の声が、湊の思考を邪魔している。
尚弥の真似をして、ベンチの上で膝を抱える湊。背中がジリジリと熱い。湊は尚弥への罪悪感から、段々と落ち込み始めた。
並んで項垂れる美少年が2人。遠くから微かに、綾斗のシャッター音が聞こえた。
そして、シャッター音に気づかなかった湊は、チラリと尚弥へ視線を向ける。ビー玉の様なキラキラの瞳が湊を見つめていた。陽の光で、薄茶色の瞳が透明感を増している。
湊は、心を覗かれているような気になり、慌てて目を逸らす。ドキッとしたのは勘違いだと言い聞かせて。膝越しにプールサイドのタイルを見つめ、懸命に素数を数えた。
「ね、湊。どうして目を逸らしたの? さっきはボクのこと、チラチラ見てたくせに」
膝へ置いた手に顔を
悪戯を企んでいるような、小悪魔的な雰囲気を纏っている。
「え、っと、ごめんね。チラチラ見られるの、ヤだったよね。····ごめん」
「いいよ。気にしてない。むしろ、目が合って嬉しいよ。けど、どうして目を逸らしたのか··は、気になる」
(目が合って··嬉しい? そんなふうに思ってくれるんだ。ナオくんは本当にいい子だなぁ)
湊は、尚弥の真意に気がつかず、向けられた好意を純粋に喜んだ。えへっと笑う湊に、今度は尚弥がときめく。
視線を正面に戻した尚弥は、蝉の声に負けそうなほど弱々しい声で話す。
「湊は狡いね」
「えっ、何が?」
「可愛い」
「··え、えぇぇ····。可愛いのはナオくんのほうでしょぉ」
照れた湊は、膝を抱えていた腕に顔を埋めてしまった。
「へ··? 湊、ボクのこと可愛いと思ってたの?」
「うん。ナオくん、目がおっきいし色白だし、社長と秋紘くんとファン以外にはおっとりしてるし。あと、いつの間にかトレードマークになってる前下がりのボブ、すっごく似合ってると思うし、パッツン前髪だって可愛いなって····」
「も、もういいよ。なんなのもう····照れるでしょぉ······」
ツラツラと並べられた褒め言葉に、ボボッと赤くなる尚弥。
互いに照れて、どんどん顔が熱くなってゆく2人。一瞬の沈黙を破り、尚弥が再度質問する。
「それで、さっきはなんで目を逸らしたの? 湊は、ボクと目が合うの嫌?」
不安げな
「嫌なんかじゃないよ! えっとね、ナオくんの瞳がキラキラで綺麗すぎて、ちょっとびっくりしちゃったんだ」
「ボクの目····綺麗なの?」
「え? うん、すごく綺麗だよ」
尚弥は、ぱぁぁっと表情を明るくし、頬が林檎色に染まった。それを隠すように、さっと前を向いて話し始める。
「ボク、この目の色コンプレックスだったんだ。色素が薄い··のかな。小さい頃、人形みたいで気持ち悪いって言われた事があってね、ずっと、そうなんだって····」
湊には、思い当たる節があった。そして、瞬時に理解した。
尚弥はカメラ目線を嫌うので、ブロマイドは視線をズラしたものが多い。明るい色の服は、金に近い銀髪や肌の白さを目立たせない為。ツンとした態度は、きっと虚勢を張っているのだろう。
湊は、引き寄せられるように尚弥へそっと手を伸ばし、人差し指で垂れた前髪を攫った。そして、ぽそっと呟く。
「こんなに綺麗なのに····」
尚弥の心臓が跳ねる。ゆっくりと湊へ視線を移し、優しい笑顔を盗み見た。けれど、即座に逸らして平静を装う。
尚弥の白い肌が、肩、項、耳と濃い桃色に染まってゆく。
耐えきれなくなった尚弥は、勢い良く立ち上がり湊の手を取る。
そして、何も言わずに駆け出し、湊を連れたままプールへ飛び込んだ。それはきっと、頭を冷やす為に。
水面に黒と黄金色の丸い影が浮いてくる。
「ぷはぁっ!」
先に顔を出したのは湊。大きく息を吸い込み、両手で髪を掻き上げる。
少し遅れて、尚弥が水を纏ってザバァッと立ち上がった。水を払うように顔を振ってから、片手で乱れた髪を後ろへ流す。尚弥の細く柔らかい髪は、濡れていてもサラッと艶めいている。
「ふぅ····」
「何キレーに『ふぅ····』とかキメてんの!? 急に飛び込んだらびっくりするでしょ!!」
珍しく声を荒らげる湊に、驚きながらも笑って謝る尚弥。そこへ、綾斗が静かに近づいてきた。柔らかな笑顔を浮かべているが、怒っているのだと雰囲気で察する2人。
「こーら、飛び込んじゃダメでしょ。今日は特に、小さい子が見てるんだよ」
「あ····」
尚弥は失念していたと綾斗に謝罪し、碧と光にも謝った。ただ1人、謝るどころか存在すら忘れられている秋紘は、キィーキィー喚きながらプールサイドへ上がる。
ブツブツと文句を垂れながら、秋紘は置かれているお菓子を1人で頬張っている。秋紘を不憫に思った綾斗が、『可哀想だから相手してあげてくるね』と言って行ってしまった。
なんだかんだ言いながら、秋紘の相手をして宥めるのはいつだって綾斗なのだ。
湊と尚弥は、碧と光をたんまりと遊ばせる。湊は、煉との事も
夕方になり双子を帰すまで、秋紘と綾斗も混じって全力で遊んだ。結果、レッスンへ向かう頃には全員がヘトヘト。先生からお叱りを受けたのは言わずもがな。
けれど、幾分かスッキリした顔でレッスンに挑む湊を見た綾斗と秋紘は、顔を見合わせて胸を撫で下ろした。2人の思惑は、概ね叶ったと言っていいだろう。
こうして、夏休みの楽しい1ページが増えたのだった。