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第36話 尚弥のコンプレックス


 照りつける太陽の下、落ち込む尚弥をチラチラと覗き見る湊。掛ける言葉を探すが、気の利いた言葉が見つからない。耳を劈くような蝉の声が、湊の思考を邪魔している。

 尚弥の真似をして、ベンチの上で膝を抱える湊。背中がジリジリと熱い。湊は尚弥への罪悪感から、段々と落ち込み始めた。

 並んで項垂れる美少年が2人。遠くから微かに、綾斗のシャッター音が聞こえた。


 そして、シャッター音に気づかなかった湊は、チラリと尚弥へ視線を向ける。ビー玉の様なキラキラの瞳が湊を見つめていた。陽の光で、薄茶色の瞳が透明感を増している。

 湊は、心を覗かれているような気になり、慌てて目を逸らす。ドキッとしたのは勘違いだと言い聞かせて。膝越しにプールサイドのタイルを見つめ、懸命に素数を数えた。


「ね、湊。どうして目を逸らしたの? さっきはボクのこと、チラチラ見てたくせに」


 膝へ置いた手に顔をうずめ、薄茶色の大きな瞳だけで湊を見つめる尚弥。普段のツンとしていて愛らしい尚弥ではない。

 悪戯を企んでいるような、小悪魔的な雰囲気を纏っている。


「え、っと、ごめんね。チラチラ見られるの、ヤだったよね。····ごめん」

「いいよ。気にしてない。むしろ、目が合って嬉しいよ。けど、どうして目を逸らしたのか··は、気になる」


(目が合って··嬉しい? そんなふうに思ってくれるんだ。ナオくんは本当にいい子だなぁ)


 湊は、尚弥の真意に気がつかず、向けられた好意を純粋に喜んだ。えへっと笑う湊に、今度は尚弥がときめく。

 視線を正面に戻した尚弥は、蝉の声に負けそうなほど弱々しい声で話す。


「湊は狡いね」

「えっ、何が?」

「可愛い」

「··え、えぇぇ····。可愛いのはナオくんのほうでしょぉ」


 照れた湊は、膝を抱えていた腕に顔を埋めてしまった。


「へ··? 湊、ボクのこと可愛いと思ってたの?」

「うん。ナオくん、目がおっきいし色白だし、社長と秋紘くんとファン以外にはおっとりしてるし。あと、いつの間にかトレードマークになってる前下がりのボブ、すっごく似合ってると思うし、パッツン前髪だって可愛いなって····」

「も、もういいよ。なんなのもう····照れるでしょぉ······」


 ツラツラと並べられた褒め言葉に、ボボッと赤くなる尚弥。

 互いに照れて、どんどん顔が熱くなってゆく2人。一瞬の沈黙を破り、尚弥が再度質問する。


「それで、さっきはなんで目を逸らしたの? 湊は、ボクと目が合うの嫌?」


 不安げな表情かおを覗かせて聞く尚弥。湊は、バッと顔を上げて答える。


「嫌なんかじゃないよ! えっとね、ナオくんの瞳がキラキラで綺麗すぎて、ちょっとびっくりしちゃったんだ」

「ボクの目····綺麗なの?」

「え? うん、すごく綺麗だよ」


 尚弥は、ぱぁぁっと表情を明るくし、頬が林檎色に染まった。それを隠すように、さっと前を向いて話し始める。


「ボク、この目の色コンプレックスだったんだ。色素が薄い··のかな。小さい頃、人形みたいで気持ち悪いって言われた事があってね、ずっと、そうなんだって····」


 湊には、思い当たる節があった。そして、瞬時に理解した。

 尚弥はカメラ目線を嫌うので、ブロマイドは視線をズラしたものが多い。明るい色の服は、金に近い銀髪や肌の白さを目立たせない為。ツンとした態度は、きっと虚勢を張っているのだろう。


 湊は、引き寄せられるように尚弥へそっと手を伸ばし、人差し指で垂れた前髪を攫った。そして、ぽそっと呟く。


「こんなに綺麗なのに····」


 尚弥の心臓が跳ねる。ゆっくりと湊へ視線を移し、優しい笑顔を盗み見た。けれど、即座に逸らして平静を装う。

 尚弥の白い肌が、肩、項、耳と濃い桃色に染まってゆく。


 耐えきれなくなった尚弥は、勢い良く立ち上がり湊の手を取る。

 そして、何も言わずに駆け出し、湊を連れたままプールへ飛び込んだ。それはきっと、頭を冷やす為に。


 水面に黒と黄金色の丸い影が浮いてくる。


「ぷはぁっ!」


 先に顔を出したのは湊。大きく息を吸い込み、両手で髪を掻き上げる。

 少し遅れて、尚弥が水を纏ってザバァッと立ち上がった。水を払うように顔を振ってから、片手で乱れた髪を後ろへ流す。尚弥の細く柔らかい髪は、濡れていてもサラッと艶めいている。


「ふぅ····」

「何キレーに『ふぅ····』とかキメてんの!? 急に飛び込んだらびっくりするでしょ!!」


 珍しく声を荒らげる湊に、驚きながらも笑って謝る尚弥。そこへ、綾斗が静かに近づいてきた。柔らかな笑顔を浮かべているが、怒っているのだと雰囲気で察する2人。


「こーら、飛び込んじゃダメでしょ。今日は特に、小さい子が見てるんだよ」

「あ····」


 尚弥は失念していたと綾斗に謝罪し、碧と光にも謝った。ただ1人、謝るどころか存在すら忘れられている秋紘は、キィーキィー喚きながらプールサイドへ上がる。

 ブツブツと文句を垂れながら、秋紘は置かれているお菓子を1人で頬張っている。秋紘を不憫に思った綾斗が、『可哀想だから相手してあげてくるね』と言って行ってしまった。

 なんだかんだ言いながら、秋紘の相手をして宥めるのはいつだって綾斗なのだ。


 湊と尚弥は、碧と光をたんまりと遊ばせる。湊は、煉との事も一時ひととき忘れ、楽しむ事に全力を注いでいた。

 夕方になり双子を帰すまで、秋紘と綾斗も混じって全力で遊んだ。結果、レッスンへ向かう頃には全員がヘトヘト。先生からお叱りを受けたのは言わずもがな。

 けれど、幾分かスッキリした顔でレッスンに挑む湊を見た綾斗と秋紘は、顔を見合わせて胸を撫で下ろした。2人の思惑は、概ね叶ったと言っていいだろう。

 こうして、夏休みの楽しい1ページが増えたのだった。



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