煉を助けなければと思うが、煉の歌声を聞いてみたい気持ちが勝ってしまった湊。けれど、すぐにハッとして、助けられるのは自分しかいないのだと顔を上げる。
だが、時すでに遅し。夕陽が満面の笑みでRenにヘッドセットマイクを手渡していた。
「Renくんはサルバテラのファンらしいから、どれでもいけるよね」
「いや、聞いてねぇって····」
「それじゃ、新曲いってみようか」
刹那と綾斗からの嫌がらせが始まり、新曲のイントロが流れる。たじろぐRenだったが、曲が始まれば蒼のパートを完璧に歌い踊って見せた。
観客の歓声が止まない中、蒼はRenへ駆け寄る。
「Ren、踊れるんだね! 歌も上手いじゃない。なんでいつも歌ってくれなかったの?」
詰め寄る蒼から視線を逸らすRen。距離感のバグに気づかない蒼の肩を、そっと押して離そうとする。
「こらこら蒼、ここでイチャつかないでね」
「····あっ! ご、ごめんね」
夕陽が茶化すと、蒼の可愛らしさに温かい笑いが起こった。
「それじゃ、Renくんはもう用済みなのでぇ、いつもの最前列へどうぞ~」
刹那が言った『いつもの』とは、どういう事なのかと会場がどよめく。けれど、Renはお構いなしに蒼と観客へ手を振りながら、ステージの脇にある階段を降り観客席の最前列へと移動した。
そして、ベルトループにぶら下げていた変装用の帽子をかぶると、黒のジャケットを羽織って刹那から受け取ったペンライトを構えて“涙さん”の完成だ。それを目の当たりにしたファンは、絶叫にも似た悲鳴で会場を揺らした。
かくしてこの日、ファンよりも蒼がライブに集中できなかったことは言うまでもない。
このライブがSNSで拡散されるや好感度は爆上がりし、2人の関係が世間に受け入れられる第一歩となった。
ドラマも大好評で続編の制作が決定するなど、煉と湊の人気は上がるばかり。忙殺されそうな日々の中で、未来への希望と愛おしさに満ち溢れた毎日は、あっという間に過ぎていった。
季節は廻り、2人が出会って3度目の夏。
「ねぇ煉、僕の参考書知らない?」
玄関で鞄を漁りながら、湊は煉に尋ねる。
「昨日、俺の部屋で読んだまま置きっぱ」
探していた参考書を、煉が持ってきて手渡す。
「あ、そうだったね! って、昨日は煉が邪魔してきたんでしょ」
受け取った湊は、いそいそとそれを鞄に仕舞いながら文句を言う。
「俺が隣に居んのに、放置してるお前が悪いんだろ」
湊を背後から抱き締めて言う煉。クイッと顎を持ち上げて振り向かせ、斜め上から覆うようにキスをした。
「んっ··ふ····はァ······だからって、あ、あんなに遅くまでシなくても····。今日、落とせない試験があるって言ったでしょ」
「だから早めに起こしてやっただろ? 湊なら大丈夫だよ」
煉は、湊の頭をポンポンと撫でて言った。
「もう····。それじゃ、行ってくるね」
「ん、いってら。遅くなんの?」
「今日は雑誌の撮影もあるから20時帰宅予定かな」
「ンなら俺のが早ぇな。飯作っとくわ」
「うん! お願いね。煉も気をつけて」
「ん」
湊は日課のキスをしてから出掛ける。ようやくキスに慣れた湊からする、貴重な挨拶のキスだ。
煉は本格的に俳優業へ進み、湊も仕事の幅を広げて活動していた。知名度が爆上がりで人気絶頂だった高3終盤は、仕事に受験勉強にとあまりの忙しさですれ違う生活が続き、寂しさから別れ話が出た事もあった。けれど、やはり離れる事はできなかった。
そして、高校を卒業した2人は同じ大学へ進学したが専攻は別。思うように会えない日々が続いていた中、ある人の後押しがあって同棲を始めた。
焦れったい2人を見かねて、同棲の話を切り出したのは意外にも惟吹だった。湊が家族の事を想い同棲に踏み切れないでいると知っていた惟吹は、唐突に開いた家族会議で碧と光を説得し、渋る湊の背中を押したのだ。
晴れて同棲を開始した2人は、どんなに多忙を極める中でも、一緒に居られる時間や他愛ない日常を大切に過ごすよう心掛けていた。
仕事の合間、カフェのテラス席でお茶をしている2人。いつしか公認のカップルとなり、変装もかつてよりザルになっていた。
「あの、Renと蒼ですよね? サインとか──」
「わりぃな。プライベートなんだよ」
そう言って、ニコッと笑顔を向けるようになった煉。声を掛けた女の子たちは、キャッキャと喜びながら退き下がってゆく。
「すぐそうやって誑かすんだから。分かってても心配だなぁ」
「ヤキモチかよ。可愛いな」
「むぅ····煉のばーか」
遠目から2人のやり取りをほのぼのと見守るファンがいる事など、気にも留めずにイチャつく。
いつか相楽が言っていた“文句を言わせないくらいの実力”へ着実に手を伸ばす2人は、こうして白昼堂々イチャつく姿を目撃されてはSNSで話題になっていた。
「そういえば昨日ね、仁くんから連絡きてたんだ。結婚式はいつやるのって····相当ヒマだったのかな」
「相変わらずバカかよ」
「超絶ヒマしてるバカで悪かったね~」
煉の背後から忍び寄り、当然のように2人の間に座ったのは仁。ドリンクを2つ手に少し遅れてきた樹も、しれっと2人の間に座る。
「なんで居んだよ」
「2人の居場所なんてSNSで即バレだから。もうちょっと変装とかすれば?」
「いーんだよ。堂々とデートできるようになったんだから変装する必要とかねぇだろ」
「はぁ····。独占欲の強い彼氏持つと苦労するよねぇ。やっぱ心配だし、結婚式で湊のコト攫ってみよっかな~」
「
樹と煉のくだらない言い合いが始まる。それを呆れつつも愛おしそうな顔で眺める湊と仁。
ひと悶着を終え一息ついた煉は、湊を優しく見つめて言う。
「まぁでも、いつかやってもいいかもな」
「んぇ? 何を?」
「結婚式」
ぶわわっと顔を真っ赤にする湊。小さな声で『うん』と返事をした。
「うへぇ~甘々過ぎぃ。この席辛いんですけど~」
「それな~。相変わらずのノロハラいい加減にしろっての。あ~、帰りたくなってきた~」
仁に続いて樹も文句を垂れる。
「ンじゃ帰れよ。勝手に来て邪魔して文句言って何なんだよお前ら。結婚式しても、お前らだけは絶対呼ばねぇかんな」
仁と樹は『なんでだよ』と声を揃えた。ケラケラと笑う湊を見て、煉はふわっと幸せそうに笑う。
気の置けない友人と自分を偽りなく見てくれる恋人、そして陰から支えてくれる多くの味方。得難いものをたくさん得た2人は、これからも大切なモノを失わない為、輝かしい未来を夢見て躍進していくのであった。