目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第29話

科×妖・怪異事件譚


第29話 


悪食の縄事件【後編】



「黒縄球餓……なんて気持ち悪い姿の式神なの?

まる…花蓮の心を反映したような……」


「今なんてったぁ!?

誰の心を反映しただってぇ!!?」


「花蓮の心みたいって言ったんだけど

何か問題でもある?」


「大ありだ!

寄生縄の要素と餓鬼玉を合わせたんだから仕方がないだろ!?

ふざけたこと言うと本気で怒るぞ!」


式神を生み出して早々、言い合いを始める茆妃と花蓮。


しかし、その隙を見逃すほど進化した悪気の縄は甘くなかった。


再び、周囲を囲むように近づいてくる死人の群れ。


その数は数にして30体程だった。


ハッキリって、簡単に対処できる数ではなく……。


その状況に危機感を感じた早苗が激高する。


「貴方たち、そんなことしてる場合じゃないでしょ!?

早く、何とかしなさいよ!」


しかし、この状況にあって尚、何故か花蓮は落ち着き払った様子で言う。


「やれやれ、少しは落ち着けって……

コイツは見栄えは褒められたものじゃないが間違いなく、この状況を打破できる超優秀な式神だぞ?」

「なんで使ってもみないうちから断言できるわけ?」


「性質を考えたら、その結論にしか至らないんだよ

まあ、見てろって」


花蓮は自信満々にそう告げるなり人造式神・黒縄球餓に対し迅速なる対処を命じる。


その直後、黒縄球餓が自身の胴体から生えた触手を死人たちの方向へと向けた……。


そして次の瞬間、薄暗き闇夜の空間を生み出す。


黒縄球餓によって生み出された空間は強力な吸引力を生み出し……。


死人の群れはをその空間へと吸い込まれていく。


「うわっ!?

なによ、この吸引力は!?

死人たちが次々を黒い空間の中に吸い込まれていくわ!」


「ふっ、どうだ凄いだろ?

これぞ、黒縄球餓の秘められし能力だ!

まあ、見た目はアレなのは玉に瑕だがな……」


驚きの声を上げる茆妃に対し、花蓮が自慢気にそう告げる。


しかし……茆妃の驚きは別の方向に向けられていた。


「ええ、本当に凄いと思うわ……

これを掃除する時に使ったら、どれだけ便利なことか

こんな使い方宝の持ち腐れだよね?」


「いや……驚くところは、そこじゃないよな

評価が明らかにおかしいぞ?」


こうして、そんな気の抜けたやり取りが続く中、動く死体を全て平らげ黒縄球餓が漸くその動きを止める。


それから1分ほどが経過した頃だろうか?


「ちょっとぉ?

貴女が作ったキモ神が突然、動かなくなったけど

これは悪食の縄を退治できたって考えていいのかしら?」


「キモ神ってなんだよ!

この放火魔女!?」


「気持ち悪い式神の略に決まっているでしょ?

そんなことよりも聞いたことに答えなさいよね!」


「うーん、それなんだが黒縄球餓によれば、悪食の縄を退治できていないみたいだな」


「ならなんで、動きを止めたわけ?」


「それはだな、寄生縄を取り込んで本体を炙り出すためだ」


花蓮が面倒くさそうに手先をプラプラさせながら早苗に告げる。


その最中、黒縄球餓がビクンと震え触手の先に生じた空間が蜃気楼のように僅かに歪む。


そして、僅かな間をおいて、その黒い空間の中から大量の遺体が排出される。


「あ……あああ……

悪食の縄の犠牲になった人たちの遺体が生ゴミでも吐き出すかのように放り出されていくわ……

なんて罰当たりなことを……」


「そんなこと言われても仕方がないだろ

現段階では感覚の完全同調が難しいから微調整とかが上手くいかないんだからさ」


茆妃から放たれた非難めいた一言に、いたたまれなくなった花蓮が顔をしかめながら言い訳じみた弁明をする。


それに対し、茆妃が再び物申そうと口を開くが、突如として発生した地鳴りによって、その言葉は困惑の声へと変わった。


「わっ!?

何なのよ一体……?」


「これは悪食の縄に本体が、こちら側に引きずり出されてことで生じた反動だな」


「反動って、どういう事?」


「悪食の縄は自身で作り上げた亜空間に潜んでいるんだよ」


「それと地鳴りがどう関係してくるわけ?」


「まあ、要するにだな

身を細めている空間から離れたくないって、しがみ付いて抵抗してるんだよ

だから周囲の空間が振動してるってことだ」


「なるほどね……って、あれ?

ということは間もなく、こっちに来るってこと??」


「ああ、概ねそんな感じだろうな

恐らく、こっちの方に引っ張り出されるのも時間の問題だろうよ」


そして、花蓮が茆妃にそう告げた直後……。


周辺にパキンッ!という陶器が砕けるような音が響き渡った。


それとほぼ同時、音が鳴り響いた周辺の空間にひび割れたガラスのよう亀裂が……。


その亀裂はどんどん範囲を拡大させ……花蓮や茆妃たちが見つめている空間を打ち砕いた。


「来るぞ……」


「みたいね」


砕けた空間の隙間から窺える真っ黒な暗黒。


闇夜と見紛うような無機質な光景だった。


「真っ黒で何も見えないわね?」


「いえ、よく見て!

あの場所にいるわよ、悪食の縄の本体が!」


首を傾げながら呟く茆妃に対し、早苗が注意を促すように暗黒空間のある場所を指差し警告する。


指差した先にあったのは……真っ黒で暗黒世界に溶け込んだ巨大な手のようなもの……。


それが、砕けた空間の淵を掴みながら這い上がるかのように、よじ登ってくる。


「え……

あ、あれは……まるで……」


「ああ、黒い縄で出来た鬼だな……」


嫌悪感を示しながら呟く、茆妃。


その言葉を捕捉するように花蓮が青ざめた顔で言う。


現世の世界に現れた異形化した特異な妖、悪食の縄。


現在の悪食の縄の姿を一言で表現するならば……。


それはまさに縄で作られた悪鬼。


そう表現するしかなかった。


だが……。


「それより、悪食の縄に絡みついているのって、もしかして?」


「見ての通りだよ、黒縄球餓の触手だな」


「でも、なんで絡みついた状態なわけ?」


「うん、それなんだが黒縄球餓に脅威を殲滅せよって命じたのはいいんだが、その結果、黒縄球餓が悪食の縄の本体を見つけ出して、

即攻撃を仕掛けてしまったんだよ」

「つまり……?」

「内側から浸食して食べちゃってる状態ってことだな」


「花蓮みたいに食いしん坊なんだね」


「誰が食いしん坊だ!?」


「それはいいから説明して」


「くっ……まあ、つまりだな

これは黒縄球餓の潜在的な本能ってことだ

要するに寄生縄と餓鬼玉の要素が強く前面に出てるんだよ」


「味方だとしても、これは流石に気持ち悪いわね

見苦しいから止めてくれないかな」


「それがだな、本能が強すぎて私の命令を聞いてくれないんだよ

だから無理」


「ちょっと!?

黒縄球餓が私たちに反旗を翻したら、どうする気よ!?」


「大丈夫だ、安心しろ

使役している主との契約は絶対だ

反逆なんてことはあり得ないさ」


「でも万が一、反旗を翻すようなことがあったら?」


「絶対にありえないが、あれが私の手を離れたら多分、私たちは全滅するな

もっとも、古乃破姉さんが居れば何とかなるとは思うが

あと主を襲うことはないから私だけは安全だぞ」


「それって私たちの安全は保障されてないよね?」


「思い過ごしだ……

気にせずに、ここからの対処を考えよう」


「なんで話を挿げ替えるわけ?」


その直後、怪しむような素振りをしながら茆妃は花蓮へと冷たい視線を向ける。


だが、その直後だった。


悪食の縄が突然、怒声が響かせる。


「ちょっと、そこ!

無駄話している暇があったら少しは手を貸しなさいよ!?」


その声にハッとさせられた茆妃と花蓮が、慌てて声が放たれた方向を確認する。


そこには術式を用いて悪食の縄と戦う、早苗と由羅の姿があった。


炎の壁を生み出し、悪食の縄が放った寄生縄を焼き尽くそうと奮戦する早苗。


由羅の方はというと影の刃を地面の影から生み出しながら早苗の攻撃をサポートするかのような攻防一体の動きを繰り返す。


だが、どれ一つとして決定打に繋がってはいないかった。


「あ、悪い悪い

もう終わったのかと思って失念してたよ」


「この……エセ巫女ぉぉ!

頭の中に、お花畑でも詰まっているの!?」


「失礼な奴だな……

そんなこと言うと手伝わないで傍観するぞ?」


「ま、待ちなさいよ!

そんな勝手なことが許されると思っているの!?」


「そう言われても正式な退魔の依頼が来ているわけじゃないからな

それに私は茆妃の手伝いできてるだけだから手伝ってやる義理はないぞ?」


「そ、そんな無責任なことが許されるわけないでしょ!?」


「無責任なのは正式に依頼を受けたのは、お前たちの方だと思うがな?

ここまで弱体化してやったわけだし、後は頑張ってくれ」


「このエセ巫女がぁぁぁ!!

死んだら化けて出てやるぅぅぅ!!!」


「そうなったら除霊してやるよ」


早苗のそんな切なさを含む一言を花蓮はニヤニヤしながら受け流す。


しかし、早苗のことを気の毒に思った茆妃が苦笑しつつも花蓮に対し諭すような口調で告げる。


「あのね、花蓮……

そんな意地悪いこと言わないで、協力してあげましょうよ?

困った時はお互い様って言うし」


「うーん、茆妃がそう言うなら仕方がない……

仕方がないから手伝ってやるとするか」


花蓮は面倒そうに頷きながら悪食の縄に絡みついていた黒縄球餓に向かって命じた。


「主たる我が命じる!

悪食の縄を喰らい尽くせ、黒縄球餓!」


そして、そう命じられた瞬間。


黒縄球餓の球体型の胴体の中央がパカッと開き……巨大な口を形成。


悪食の縄はその中に瞬時に飲み込まれ、一瞬で消滅する。


「へっ……?」


「まさか、こんな簡単に……」


状況が呑み込めず立ち尽くす、早苗と由羅。


茆妃もまた予想の斜め上を行く状況に呆然としていた。


こうして神出鬼没な脅威として猛威を振るってきた妖、悪食の縄は……。


黒縄球餓の想像以上の活躍により、あっけない最後を迎えたのであった。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?