告白された日から、天良鬼は還初太子を避けることにした。
しかし、場所を移動しても三日もない内に、必ず見つけられる。
「鬼さんの好きな場所、私は全部把握しているから!」
と、還初太子は自信満々に宣言した。
そんなことをどうやってできたのか分からない。
でもあんなにしつこく付きまとってくるから、自分はどこに引越ししても逃げられないだろう。
天良鬼は人間の良心の化身だから、人間からの負的な感情にとても敏感。なので、人間との接触が好きじゃない。人間への対処法も詳しくない。
仕方がなく、隣さんの白烏に助言を求めた。
「あんな人間、どうやって退けばいいですか?」
白烏は修行途中の霊鳥、知識を勉強するために、よく人間の町や里を通う。
知識を求められた烏は、胸を張って意見を述べた。
「北の村に、人夫の男がいる。妻の友人と不倫、家族に捨てられた」
「……なんか違いますね」
「西の町に、顔のよい男がいる。浮気者、三十人の女子と、飲み、遊ぶ。バレた。女子たち、もう誰も近寄らない」
「……ほかに例はないのか?」
「海の近くに、結婚に近い男がいる。勝手に結納金を闇商売に投資、失敗。婚約、破棄された」
「……クズ男になる方法を聞いていない」
天良鬼にツッコまれたら、烏は興奮して、翼を叩きながら大声で叫んだ。
「鬼!クズになればいい!クズになれば、捨てられる!」
天良鬼は一気に烏の両足を掴んで、木の下に投げた。
「がぁぁ!!」
天良鬼はさっきよりも痛くなった頭を抑える。
烏は頼りにならないのか……
しかし、人間の友達もいなく、相談相手はほかにもいない……
でも冷静に考えれば、還初太子は自分に好意を寄せたのは、自分に救われたら。
自分のことについて詳しく知らないから、脳内で勝手に恩人を美化したのだろう。
烏の言ったことは一理があるかも。
クズ男のようなひどいことをしなくても、自分の醜い一面を見せれば、きっと彼を失望させる。
死ぬほど悩んだあげく、天良鬼は嘘をつくことを決めた。
「東の海の底に、人間ではない存在を人間にする真珠が存在します。それを取ってくれれば、私は太子様の言いなりになります」
そんなわがままを聞けば、還初太子がドン引きすると天良鬼は思ったが、還初太子はあっさりと承諾して、山を離れた。
数か月後、皇宮から使者が山に訪れた。
太子はまだ皇宮に戻っていないと、訊ねに来た。
天良鬼はとても嫌な予感がして、急いで東の海に向かった。
東の海は魚人の領域。
魚人は陸地で生活しているが、海で餌を取り、資源を採取するかなり原始的な種族。
鱗と尻尾と鰭を持っていて、性格が大体短気で凶暴。
万が一、あの脳天気な還初太子は魚人たちの逆鱗に触ったら……
不安な気持ちで駆け付けた天良鬼を接待したのは魚人族の長老だった。
長老は還初太子という人間は彼たちの集落に居ることを認めた。
「なんだか、好きな人のために、別の種族を人間にする真珠を探しに来たそうだ。そんなものがないと何度も説明したのに、聞き耳をもたないようだ。毎日もうちの働きものたちと一緒に隧道を掘って、海の真珠を採取しに行っている。よく働いているが、報酬もいらない……実に変なものだ」
「まあ、でも、海の太陽のように、人間らしくない素直なもので、皆に好かれているから、そのまま自由にさせた」
長老の評価を聴く暇もなく、天良鬼はその場で長老に頼んで、海中隧道に入った。
魚人たちに訊ねて、探していたら、ほかの誰もいない小さな分かれ道の片隅で、貝を選別している還初太子を見つけた。
いつも優雅に振舞っていて、高貴な気質の人なのに、魚人たちと同じような粗布と貝殻でできた服を身に纏って、体にあちこち砂と海藻とがついている。
「何をしていますか?馬鹿太子」
内心でほっとしたが、天良鬼は思わず厳しい顔をした。
「もう知っているのでしょ?私はあなたを追い払うために嘘をつきました。なぜこんなところで存在もしないものを探しているのですか?」
「鬼さんは嘘を付いたのかも知れないけど、存在しないとは限らないよ。魚人たちの伝説によると、魚人を人間にする深海の秘宝が存在している。だったら、鬼さんを人間にするものが存在する可能性も十分あると思う」
怒りも失望もなく、還初太子は当たらりまえのような表情で言葉を返した。
「……」
(この人、どこまで馬鹿なんだ!)
良心が咎められたのか、還初太子の楽観に降参したのか、
とにかく、天良鬼は非常にムカつく。
いっそう袖を巻き上げて、還初太子に腕の肌を見せた。
「たとえそんなものがあっても、私は人間になれません!私がなれるものは、一つだけ――」
天良鬼の腕の所々に、黒い焦げた肌があり、石のような硬化したところもある。
「世界を滅ぼす悪鬼だ!人間たちが完全に良心が失った時、私も完全に悪鬼化する。腐りきった世界を滅ぼす。それは私がこの世に存在する意味なんだ!分かるのか?私は人間にならないし、なるつもりもないんだ!」
天良鬼は血相を変えて、大声を出した。
彼のきれいな声は隧道の中でよく響いた。
「知っているよ」
還初太子は驚きもせず、天良鬼の腕を受け止めて、焦げた肌を軽く撫でた。
「!!」
驚きで言葉が出なくなったのは天良鬼のほうだ。
「私は見たから。鬼さんは、よく自分の体を確認していた。黒くなった肌を見て、悲しそうにため息をついた」
還初太子は嘆きのように微笑んだ。
「私が話した人間界のことに興味があるのに、人間の里に行ったことがない。私に願いを聞かれても、いつも人々を幸せにしてほしいと私に頼む」
「本当は、この世界が好きで、世界を滅ぼす悪鬼になりたくないだろ?」
「!!」
還初太子の「結論」に、天良鬼の心臓が貫かれたような衝撃を感じた。
それは、遥か昔に彼が忘れていた願いだ。
還初太子は懐から、拳の大きさの白い貝を取り出した。
貝は丸くてつるつる、虹色に光っている。
還初太子は大事そうに蓋を開けたら、その中に、一粒の澄み切った結晶が眠っている。
まるで誰かの涙のように、夜空から落ちてきた星のようにキラキラ輝いている。
還初太子は貝を天良鬼の目の前に差し出し、悲しいほどやさしい笑顔でもう一度心を明かす。
「鬼さんが好きなのは本当だけど、恋人になるとか、ずっと一緒いるとか、全然考えていない。私が本当に望んでいるのは、鬼さんを鬼さんがなりたい姿にしてあげることだ」
「!!」
天良鬼は体も、頭も、魂も震える。
「この海の深いところに、人の願いや念力を食って、術玉を育てる幻の真珠貝が存在する。運が良くて、つい見つけたよ」
「鬼さんは人々の心の化身で、人々の心によって変わるのなら、私の心によって変わることもできると思う」
「私は鬼さんが変わると願い続ければ、きっと鬼さんを変える術玉を育てられる。今世でできなくても、生まれ変わったら願い続ける!」
「……」
天良鬼は、何か熱いものがじんわりと魂の奥に滲んでいくのを感じた。
恐ろしい。
嫌な意味ではなく、何か未知のものが解放され、自分でなくなるような恐ろしさだった。
還初太子は、やっぱりとんでもない奇想天外な馬鹿だ。
そんな術玉ができるかどうかの問題じゃない。
彼は今、自分に「天命に背く」と言っているのだ。
そんなことは絶対にありえないと知っているのに、なぜか心が小さく踊る。
もし、天良鬼でなくなれば、自分はどんなものになるのだろう……?
そんな好奇心と期待が舞い上がるのは、瞬きの間だけだった。
生れてから魂に植え付けられた不動な意志が、その躍起した気持ちを胸の中に押し込んでいた。
天良鬼は腕を引き戻して、視線を下げた。
「私は、今のままでいいから……人々が、世界が腐りきった日が本当に訪れたら、最後の幕を降ろすものが要る。私は、そのために生れたんだ。自分の責任から逃れてはいけない」
ただいま、天良鬼は自分の中で何かが殺されて、鮮血が流された痛みを感じた。
「……」
天良鬼の言葉と共に、還初太子の目から光が消えていく。
彼は乾いた笑いで震える声をごまかした。
「ごめんね、余計なことしちゃって……もう変なことを言わない、これからも、鬼さんにご迷惑をかけるようなことを……」
「それより、早く皇宮に帰りなさい」
少年の泣きそうな顔を見て、天良鬼は目を閉じて、彼の話を断ち切った。
「こんなことのために、皇帝や大臣たちの信頼を失ったら、長期休暇を取れなくなるんじゃないですか」
「!!」
その言葉に含まれた意味に気付いて、還初太子の目が再び光った。
「……それって、また鬼さんのところに行っていいってこと?!」
「言っておくけど、あなたを弟子にするつもりはありません。あと、私の監視もやめてくれ。体を確認するところまで覗かれた私の気持ちを考えてみてください」
天良鬼は怒るように鼻で息を吹いて、還初太子に背中を向けた。
「は、はい!もう覗かない!知りたいときは、礼儀正しく頼むから!」
「頼むんじゃない!!」