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第133話 理央は私のものだ。誰にも……渡しはしない……

「……」


「……」


(ど、どうしよう。クラスメイトに騙されたなんて、瑛斗先輩に知られたくないよ……)


 瑛斗先輩へ今さっき起ったことを素直に話してしまうのは簡単だった。


 けれど、こんなくだらない嫌がらせを受けていること自体が恥ずかしくて、俺は瑛斗先輩にだけは知られたくないと思った。


「たしか……。ノアがLL教室にこの後移動だって、昼休みに言っていたが……。この、化学実験室と書かれているメモはなんだ?」


「えっ、あっ……。その……」


 何か気の利いた嘘をつけばいいもの、何も浮かばなかった俺は、惚けるのも白々しいと思いながらも首の後ろを掻き、瑛斗先輩から目を逸らした。


「お、俺。もう行きますね。瑛斗先輩も授業に戻らないとダメですよ……」


 慌てて瑛斗先輩の横をすり抜けて、この場から逃げ出すように立ち去ろうとする俺の腕を、瑛斗先輩は何も言わず掴んできた。


(痛っ……えっ……?)


 掴まれた腕に痛みを感じるほど、瑛斗先輩の手に強い力が込められていることに驚いた俺は、瑛斗先輩を見上げた。


「瑛斗……先輩……」


 俺を真っ直ぐ見下ろすように見つめてくる、瑛斗先輩の碧い瞳。


 その奥に、静かな怒りがあることを俺は感じ取った。


(怒ってる……? なんで……)


 状況が理解できずに不安ばかり募らせていると、瑛斗先輩は俺のことを引き寄せるように、思いっきり腕を引っ張ってきた。


(えっ……)


 突然のことに驚いて、俺は抱えていた教科書やペンケースを床に落として散らばらせてしまう。


 だが、瑛斗先輩は表情一つ変えず、そのまま俺のことを壁を背にする形で押しやった。


「誰に呼び出されたんだ?」


「え……?」


「誰に呼び出されたのかと、私は聞いているんだ?」


(呼び出された? 一体、瑛斗先輩は何を言ってるんだ?)


 瑛斗先輩の言っている意味が分からず、俺は何も答えられずにいると、瑛斗先輩は苛立ったように音を立てて壁に手をついた。


「……!」


 俺は驚いて肩をビクっとさせてしまうが、それでも瑛斗先輩の表情は変わらなかった。


「私には言えないというのか?」


「……」


 俺を見下ろしてくる瑛斗先輩の碧い瞳が、いつもは優しく光り輝いて綺麗だと思うのに、今は冷たい氷のように寒々しいものに思えて、思考が止まってしまう。


「こんなメモに呼び出されて、理央はノコノコ行ったのか? ソイツのために、あんな必死になって、走っていたというのか?」


(何言って……)


 瑛斗先輩の言っていることが理解できず黙り続ける俺に、瑛斗先輩は奥歯を噛みしめたような表情で顔を近づけてきた。


「理央は私のものだ。誰にも……渡しはしない……」


 独り言のようにそう呟きながら、俺に顔を近づけてきた瑛斗先輩は、まるで噛みつくように唇を重ねようとしてきた。


(いやだ……。こわい……!)


 俺は反射的にそう思って、瑛斗先輩の肩を、突き飛ばすように思いっきり押し返した。


「り……お……」


 突然の俺の行動に驚いたのか、体をよろめかせた瑛斗先輩は、何が起こったのか理解できないといった様子で俺のことを見つめてきた。


「ごめんなさい、瑛斗先輩。俺、もう行きますね……!」


 動けずにいる瑛斗先輩を尻目に、床へ落とした教科書とペンケースを慌てて拾い上げ、階段を駆け下りた。


 そのまま無心で駆け下り、やっと一階に辿り着いて足を止めた俺は後ろを振り向いた。


(追いかけてこない……)


 瑛斗先輩が追いかけてきていないことを確認して、安心したのと同時に、自分の行動が瑛斗先輩を傷つけてしまったかもしれないと不安に襲われた。


(どうしよう……。でも……)


 俺を見つめていた、あの冷たい碧い瞳を思い出し、俺は教科書とペンケースを抱え込むように強く抱き締めた。


 初めて瑛斗先輩を怖いと思ってしまった俺は、どうしていいかわからず、ノアが言っていたというLL教室へ、とりあえず向かうことにした。

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