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ガランドゥ第10話『砂糖21g』

10-1

【1】


『どうもー』

『……』

『ダビのプールに入った野生のワニ殺したって本当ですか?』

『……私じゃない。やったのはお姉ちゃん達』

 鬱陶しそうな表情をしていた幼いラジオは視線を少女から外し、窓の外の景色に目を向ける。ミドルスクールの教室の隅で、二人の少女が出会いを果たす。それが二人の人生を変える出会いということを、彼らはまだ知らない。

 物静かなラジオと、もう一人の活発な少女。

『あれ、バッフハルト姉妹ってあなたじゃないんですか?』

『双子の姉の方……家族だけど関係ない』

『何だ、とんでもない子が居るんじゃないかって怯えてたんですよ』

 ラジオが大きく息を吐く。彼女の姉である双子はとんでもない問題児だ。そして、歴史に名を残せるレベルの天才である。幼い頃から特許を取得し起業を行い、会社を売り払うなど思ったことを何でも行動に移す行動力の塊。学校教育などすぐに飛び級で終えられるというのに、まだ友達と遊びたいという理由で残っている理解し難い人物。

 そして、その双子の妹でありながら何の才能も持たないのがラジオだ。

『ああ、私はプラネ・コールマンです。よろしく』

『……話は終わり?』

『釣れませんね。実は昼食食べる相手が居ないんですよ、私』

『……誘いをかけたいなら姉の話はしない方が良かったよ』

 彼女は不愛想な態度でプラネを拒むと歩き出し、そのまま振り切ろうとするもプラネはその後を付いて来る。愛想のない彼女と対極に愛想に溢れたプラネは諦めることなく付いて行き、教室を二人で出た。

『あー気に障ったなら謝りますよ!』

『……何でそんな喋り方なの?』

『ん?昔からこういう喋り方をする機会が多かったので。その癖です』

『……クラスメイトなんだから必要ない』

 素っ気ないラジオだが傲慢というわけでもない。クラスメイトからそんな畏まった態度をされて居心地が良い筈がなく、普通の対等な関係を望んでいる。仲の良い友人が学校におらず孤立気味の彼女に話しかける者は少なく、せめて一人くらいには普通に話して欲しかったのだ。

 その言葉を聞いて笑みを浮かべるプラネ。

『いやーこのままにさせてください。性に合わないんで』

『……姉のせいでみんな私を怖がるから、普通に喋ってくれない』

『そりゃバッフハルト姉妹は怖いですからね』

『……まあ、虐められないのは楽だけど』

『ははは!それは便利ですね!私も仲間に入れてくださいよ』

 アメリカのスクールカーストはシャレにならないレベルで、下手に中庸でいるよりはこうして振り切れてしまった方がいい。人付き合いがあまり好きではないラジオだが、二人の姉が暴れ回ることで彼女は自然と守られていたわけである。ラジオがそれを知るのは今よりもずっと先のことだ。

 足を止め、背を向けたまま彼女と話すラジオ。

『……アウラ・フレア・バッフハルト』

『えっ?』

『私の名前、言ってなかったから』

 後にラジオというコードネームで呼ばれるようになる女の本名。故郷の家族や親戚は覚えているかもしれないが、彼女が最後にその名前で呼ばれたのは数年前のことだ。だが、この時は確かに確かに本名で呼ばれていた。プラネが居たのだから。

『うーん呼び難いので……ここはフレアさんと呼びましょう』

『……好きにすれば』

 全ての始まりは十六前、二人の少女がまだ十二歳だった頃。アラスカ州アンカレッジにある小さなミドルスクールで、正反対な二人は出会ってしまった。司祭とも犯罪とも無縁だった遥か昔、堅物で陰気なアウラ・Fフレア・バッフハルトが『ラジオ』になる前のお話。

 夏だというのにその町は雪が降っていた。


「……あれ、寝てたか」

 いつの間にか寝てしまっていたことに気が付くラジオ。彼女が突っ伏していた机の上には電源が入ったままの二台のパソコンがあり、スリープモードにならない設定にしていたこともあり煌々と輝いていた。仕事のし過ぎだと思った彼女は大きく伸びをし、低い天井を見つめる。

 椅子から立ち上がり冷蔵庫に向かうラジオ。

「流石に疲れる……」

 何時間も椅子に座って、脳内に流れ込む音声をパソコンに入力するという過酷な作業。彼女の祭具は体力を消費しない為に常時出すことができ、任意で祭具を解除しなければ権能は常に発動する。

 ラジオは冷蔵庫からキンキンに冷えた缶コーヒーを取り出してプルタブを引っ張る。缶には無糖と書かれており、彼女はそれを飲んで休憩しながら部屋を見渡した。壁には一面に事件の資料が貼り付けられ、地面には資料の入った段ボール箱が積まれている。新品のベッドは脱ぎ散らかした服が散乱し、まともに寝ることは叶わない。

「……ん?」

 パソコンの画面の端にあるメールの通知に彼女が気が付き、一体何の連絡なのかと近付いてマウスを操作する。何度かクリックしてメールの文面を確認すると、ラジオはそこに書かれていた英文に思わず目を開く。再確認するも文面は変わらず、彼女は空き缶をゴミ箱に放り投げた。

「やっと、やっとγ+になったよ……!」

 その文面は彼女の昇進が認められたということ。長らくγの等級だった彼女だったが、これでγ+の等級まで上り詰めることができたわけだ。普通の司祭が努力で辿り着けるのは最終的にγ+が殆ど。弱いγ+と、Ω-になれないだけで強者であるγ+は格が違う。主に染野飾身などが後者だが、ラジオはγ+にさえなれればそれでいいのだ。

「あと少し……」




【2】


「……流石に私も怒りたくなってきました」

「俺なんか病室から引っ張り出されたぞ……」

「時間を無駄にするな。とっとと説明しろ、ラジオ」

 ようやく戦いが終わりシャワーを浴びて休息を取った粳部と、重傷故に病室で休んでいた藍川。万全の谷口に不満はなかったが二人からすれば我慢ならない状況だった。蓮向かいのある会議室にて、ラジオに集められた六人の職員達が話が始まるのを待っている。

 パソコンを操作するラジオが答えた。

「皆さんお待たせしました。ご説明しますよー」

「あの……昨日激戦繰り広げたばかりじゃないっすか……」

「大丈夫、今回は普通の事件の捜査ですよ」

 とは言え、前回の任務も当初は司祭が三人も居るなんて想定ではなかったのだが。司祭が関わる事件は早々起きない以上、粳部達は運が悪かったとしか言いようがない。しかし、今回は司祭が関わっている可能性が低いとラジオは睨んでいた。調べ上げ、分かっていたのだ。

 パイプ椅子に座って待つ職員達と壁際に立っている粳部達。プロジェクターが資料を映す。

「今回の事件は八年前、アメリカのアラスカ州アンカレッジで発生しました」

「……まさか、次アメリカ行くんですか……?」

「当時二十歳のプラネ・コールマンが行方不明、現在も所在が不明です」

 プロジェクターによって表示されたのは若い白人女性。二十歳の時に撮られたと思われる写真の彼女は、粳部から見れば陽気などこにでも居そうな女性だった。そして、彼女が今どこに居るのかは分からない。

 ラジオが淡々と説明を行う。

「失踪したのは七月十五日、午後六時過ぎに父親が見たのが最後です」

 プロジェクターの表示が切り替わる。彼女の父親の供述が記載されており、そこには仕事が終わり近くのコンビニへ向かうと言っていた親子の最後の会話があった。ただコンビニに行くだけなのであればそこまで気にすることではなく、父親が止めなかったということはコンビニが近かったということが粳部には伺えた。

 谷口が内容に興味を持つ。

「父親のケーキ屋で仕事か。監視カメラなどに映っているか?」

「ええ、店員と少し会話して店を出る所が映ってます。それが最後の記録です」

「……で、行方不明か」

「近くのコンビニまでは四百メートルで徒歩六分ですが、店を出てから行方不明です」

 新しい資料が表示される。彼女の勤めていた店から最寄りのコンビニまでは四百メートルの距離があり、迷う筈のない一直線の道のりだった。これで六分しか掛からないのだから尚更消えた理由が分からない。粳部は少ない情報から考えていくが、現時点では自発的な失踪ではなく誘拐の線が自然だった。

「ただ、当時は雪が降ってたので六分より時間が掛かった筈です」

「えっ?七月って言ってなかったっスか?」

「粳部、アラスカ州はアメリカで一番寒い。雪が降ることもあるぞ」

「そういうことです。だから、彼女は吹雪を避けて迂回した可能性があります」

 現在のアンカレッジの夏季平均気温は零度程度であり、最低気温がマイナス二十度程度になることも多い。夏だというのに雪が降る街。千九百九十八年以前は今よりも遥かに暖かく、夏に雪など滅多に降らなかった。だが、プラネがミドルスクールに入学した頃は既に寒冷化していたのだ。

「最短ルートが開けた通りなので、吹雪が特にキツイんですよ」

「つまり、迂回中に事件に巻き込まれた可能性があるというのか」

「ええ、治安の悪い路地を通ったのなら有り得ない話ではない」

 その時、谷口が手を上げるとラジオに質問する。

「この事件は蓮向かいよりも地元警察が担当すべき案件だ。優先する理由を知りたい」

「……まあそうだな。八年も未解決ではあるが、ウチの捜査対象じゃないな」

「おお、良いこと聞くね」

 前屈みでパソコンを操作していたラジオが起き上がり、腰を伸ばして藍川達の方を見る。確かに谷口達の言うようにこの事件は蓮向かいが優先して担当すべき事案ではない。確かに蓮向かいが担当すれば早期に解決できるだろうが、それは効率的な観点から推奨されていない。

「私、γ+に昇格したんです。なので、特権を使って普通の職員を招集しました」

「えっ?そんなことできるんですか?」

「γ+からはできるんだよ。人員が不足している場合はこれで補うわけだな」

 ただ、事件の捜査であれば許されるものの私用では認められないことが多い。今回はギリギリ認められた形だ。昇格早々、自分が使える特権を惜しまず使うのがラジオという人間だ。目的の為に躊躇しない、谷口に似た極端な合理性。

「それで私達も招集されたと」

「いえ、皆さんは私のチームなので呼びました。私これでもリーダーですよ」

「あっ」

「す、すっかり忘れてましたそのこと……」

「イマイチ威厳ないんだよな、ラジオって」

 笑顔が崩れそうになるラジオだったが気を取り直し、会議用の指示棒を伸ばすとプロジェクターに指す。威厳のないリーダーではあるが、それでも従うのが部下達だ。例え、その内心を一人しか知らないとしても。

「これは私の個人的な捜査です。プラネ・コールマンを捜索します」

「……あの、何でこの人なんですか?」

 粳部の問いに、少し考えてからラジオが答えた。真顔に近い表情で。

「本当ですね。何で、この人なんでしょう」

 その言葉の意味を粳部が知るのは、今から半日後のことである。


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