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ガランドゥ第18話『舌を冠する者』

18-1

【1】


 奥が見えない程に薄暗い照明の中、コンクリートが打ちっぱなしの空間にポツンと屋台が鎮座している。提灯が仄かに光るラーメン屋の屋台で、大きな背格好の鎧がラーメンを食べていた。広い空間の無駄遣いでしかない使い方だが、それを気にする者はどこにも居ないのである。

 ギョロ目ことヴィスナは席に着き、鎧の隙間の暗闇に麺を突っ込んでいた。

「ラーメンって一年に一度食べると美味しいよね」

「司祭の俺にゃ分からん話だな」

「バニシングも食べれば分かるよ」

「生憎、弱点のせいでネギアレルギーなんでね」

 そう語るのはバニシングと呼ばれたハチマキの男。ラーメン屋の店主風のコスチュームをしているが、別にラーメン屋が本業なわけではない。彼自身が語った通り、彼もまた司祭の一人だ。

 ネギが弱点だというのに迂闊に触っていいのかと言うツッコミはあるが、ヴィスナはそこについて触れるつもりはない。

「……んでヴィスナの大将、これからどうする?」

「コロンビアのテロが失敗したのは期待外れだったね」

 ヴィスナがけしかけさせたLSTのテロ。複数の兵士と武器、そして司祭と概怪の供与という前代未聞の大規模支援。それだけのバックアップがありながら藍川達の活躍によって目標のキルスコアを達成することは叶わなかったわけだ。ヴィスナとしてもそれは無念だろう。

「蓮向かい……だったかな。彼らに邪魔されたようだ」

「儀式はもう近いってのに。死体の貯蓄、目標までいくのかねぇ?」

「最低量は達成しつつあるけど、確実に成功させるにはまだ不足かな」

 ヴィスナの目標は神になること。その詳細は未だ不明だが、奴が現在進行形でしているのは死体の収集。世界中から死体を集めることにご執心の奴が、具体的にどうやって神になるのかまでは誰にも分からない。積み上がった死体の上に立つ無情な王を、理解する者は存在しない。

「バニシングの複製の権能でかさ増しできたらなあ」

「俺の権能は司祭とかのヤバい物を除いて何でも複製できるが、壊れたら消滅するからな」

「複製品は数にカウントされないからな……でもまあ結局は使いようか」

 コロンビアであれだけの戦力を用意できたのは、バニシングがその権能を使ってあらゆる物を複製したからだ。武器弾薬や人間、装甲車まで複製して供給できるのは大きな強みだろう。とはいえ、その権能で肝心の死体の数をかさ増しすることはできない。

 彼が丸椅子に座る。

「ところで、何で急にラーメン食べたいなんて?」

「ん?自分そんなこと言ったかな?」

「……はあ……大将の気まぐれはもう多重人格だな」

「実際そうかもよ」

 笑うようにそう言うヴィスナの表情は誰にも分からない。鎧で覆われた奴の正体を知る者はこの世界に片手の指で数える程度だ。ヴィスナがラーメンの汁を飲み干すと台に置く。その衝撃で腕の金具が外れ、地面を転がって震えながら止まる。

 クーヤーに破壊された鎧はもう崩壊寸前だった。

「計算してんのかしてないのか……俺とか色んな奴らを金で雇ってるのはどういう理由なんだ?」

「職場の環境より、いつだって人は金で動くだろう?」

「そりゃそうだが……大将なら洗脳したり自分で操作すれば確実じゃねえか」

 対価を支払う必要なんてない。ただ自分の都合で操れば良いだけ。

 鎧が一枚剥がれて落ちる。

「君たちは、僕が操るよりも放っておいた方が役に立つと思ったからさ」

「……まあ、自由意思があるのはありがたいがね」

「ホントに自由意思だと思うかい?もしかしたら、深層心理を改竄されて今従ってるのかもよ」

「んー……だとしても、俺は不快じゃねえからな」

 報酬が支払わられ、自分が不快でないのであれば何も気にする必要はない。バニシングはただ自分の為に行動し続け、自分の為にヴィスナに加担する。ヴィスナはそれを良しとし、彼らのような者達と意思を持たない人形と化した者達を率いて戦い続けるのだ。

 ヴィスナが席を立ち上がる。

「さて、そろそろ爆弾を落としに行こう」

「と言うと次は何でい?」

「文字通り爆弾級の奴を使うのさ」

 ヴィスナは目的達成の為なら一切の躊躇をしない。




【2】


「……やっぱり、効率悪くないですか?」

「急に何を言い出す」

 蓮向かいの基地にて、白く無機質な訓練室で粳部があることを口にする。その言葉の意味を分かりかねている谷口は聞き返し、藍川やラジオは組み手を止めて彼女の方を見た。

 忙しそうな彼らと対照的に卜部うらべはベンチに横になってサングラスを掛けている。

「法術って……発動の度に時間と無駄な力が掛かってると思うんですよ」

「……それはそういうもんだからじゃないか?」

「訓練で……多少は無駄を減らせるでしょ」

「そうじゃなくて!根本的に限界が来てると思うんです!」

 それは構造的な限界。現在使われている法術は年々改良を施されているが、そもそも平安時代に生み出された物が基礎となっている。いくら優秀だとしても何百年も昔に作られたものならばいつか必ず限界がやって来る。彼女が実感しているのはその限界なのだ。

 卜部がサングラスを外して彼女を見る。

「一から体内に術式を構築するんじゃなくて、全身に予め回路のような物を作るんす」

「それ……夢物語」

「そんなのどうやってやんだよ」

 話を聞いていた卜部が立ち上がると彼女の方へ歩いて行く。法術の話とあらば黙っていられない。彼女はその道の専門家であり、蓮向かいでは師範代なのだから。

「その発想はなかったけど、それって実現可能なの粳部?」

「聞き逃したんだが、何故彼女はここに居るんだ?」

「法術の師範代として雇われてる……あなた以上の天才」

「……もう辞めたくなってきたな」

 当初は法術の天才だった彼も今ではその座を降りざるを得なくなってきている。苦笑する谷口だったが、粳部と卜部が規格外過ぎるのが悪いのだ。彼が弱いわけでは決してない。こうして追いつこうとトレーニングしているのだから、いつかは卜部に並べるかもしれないだろう。

 その時、粳部の手に光が集まりスリングショットのようになっていく。

「例えば……」

 彼女がゴムを強く引っ張ると、弾け飛んでいった弾丸が部屋中を飛び回っていく。壁や天井、床を一秒間に何十回も目にも止まらぬ速度で跳ね回っていく中、粳部が伸ばす指の先で弾丸が急停止した。これだけの速度で飛ばして誰にも当たらないコントロール能力、誰の目から見ても今までの法術とは桁違いだった。

 スリングショットと弾が消えていく。

「こんなこともできるわけっす。早いでしょ?」

「……まあ、理屈としては分かる。工程を短縮できるな」

「えっ?分かるのか?俺サッパリだが」

「でも、発動の為の感覚が分かんないんだよねー」

「じゃあ……」

 卜部がそう言うと彼女が背後に回り、後ろから腕を掴む。側から見れば謎の行為でしかなかったが、卜部はその意味をすぐに理解することになる。

「こうやるんです」

「うおっ!?」

 粳部から卜部へ青い電流が伝わり、腕を迸っていくとその指の先から電流が放たれる。粳部に実演してもらったことで彼女も感覚で理解したのか、難問が解けた時のような明るい表情になった。口下手な粳部が説明するよりも実演した方が余程参考になる。

「あーそういうこと!分かった!分かった!」

「待てまるで意味が分からんぞ」

「た、谷口さんにもやってあげます」

「よろし……あーそういうことだな」

「理解早いなお前」

 自分の体を使って実演されることで、感覚的にその仕組みを理解することができる。続けて藍川やラジオもそれを教わって新しいやり方について理解した。側から見れば謎の行為でしかなかったが、一度やりさえすれば理解は簡単なのだ。

 谷口が強化と硬化の法術を使うと、全身へ回路のように光が駆け巡る。そのまま勢いよく駆け出すと粳部と組み手を組み、急な出来事への対応に追われる粳部の腹へ肘打ちを打ち込むと壁へ叩き付けた。その圧倒的な速さはただでさえ身体能力最強の彼に拍車を掛けている。

「ぐえっ!早っ!?」

「うむ、確かに早くなっている」

「やるなら言ってください!」

「本調子……なった?」

「ああ、やっと傷が治った。数ヶ月ぶりに完全だ」

 司祭は自然治癒力が常人の数百倍近い。とはいえ、それは通常の外科処置が行えないことへの代償だ。司祭の概念防御は身を守り治癒すると同時に、薬品を用いた治療行為も無効化してしまう。医者の司祭を呼ばない限りはまともな治療は叶わないのだ。

「俺もやっと本調子だな」

「数ヶ月ぶり?」

「粳部と再会する前に俺と谷口は厄介な概怪と戦ってな。その時の怪我だよ」

「倒した後も毒が残留していた。ずっと衰弱してたがやっと治ったわけだ」

 つまり、彼らはようやく百パーセントの力を発揮できるようになったわけだ。身体能力最強の司祭と、全司祭最強の司祭。完全復帰した彼らを止める者はこの世にはそう居ない。チームの戦力は万全だ。

「まだ本気じゃなかったんですか!?」

「傷は治っても毒は抜けてなくてな」

「だから……こうしてようやく全力で特訓」

「へー何かと大変なんだね」

「簡単に言ってくれる」

 他人事の卜部と当事者の谷口。だが、数ヶ月経ってようやく毒が抜けたことでようやく本調子だ。藍川は精神以外は完全であり、谷口は権能を使えないこと以外は完全だった。これからは今までできずにいた派手な特訓を行えるようになる。

 その時、訓練室の扉が開いて二人の職員が料理を積んだキッチンワゴンを押して来た。

「お待たせしましたーご注文の品です」

「おう、助かる」

「ああ休憩っ……って多くないですか?」

「多めに頼んだんだから……そりゃ多いよ」

 山積みされた料理に皆が集まっていく中、奥の扉から入ってきた別の職員が椅子とテーブルを並べていく。師範として来ている卜部を含めて五人で食べるとしても、その量は明らかに過剰だった。現にこうしてテーブルに乗せられなかった料理がキッチンワゴンに余っている。

 これでは、どこかのグラスなんたらさんの日常のようだった。

「いや多いですって!」

「粳部、司祭と法術使いの共通点知ってるか?」

「殉職率の高さですか?」

「違う。食えば食うほど強くなること」

「……マジ?」

 職員が追加のキッチンワゴンを持ってくる中、五人が食事を開始する。卜部は修行しているわけではない為に不要なのだが、完全に流れで食べていた。谷口も口の部分が開いている半面マスクに付け替え、口に押し込むように食事を始める。

「か、辛いねこれ……辛いのばっかじゃん」

「舌が壊れそうです……」

「私が甘い物食べられないから、辛いのにした」

「味わってる暇はないぞ。とにかく流し込め」

 そんな根性論のような修行をこの時代に行うのはどうなのだろうと思う粳部であったが、今はテーブルを埋め尽くす料理を無駄にしない為に食べるしかない。流れ作業のように食事が進み、お腹が痛くなりそうな中それでも料理をかき込む。

「食べ終えたら法術の修行を行うからな」

「は、吐きそう」

「卜部さん無理しないで!」


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