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第29話 リップ一本、ギャルへの入り口?

第二十九話『リップ一本、ギャルへの入り口?』


 なんだか、怒濤の展開で頭がついて行かない。やらなきゃいけない事、あった気がするんだよね…。

 黒崎先生の意外過ぎる一面と言うか、裏の顔を見たというか… あ、生徒指導室の掃除だ! … 無理。今から戻ってやる気力も体力もない。明日の朝、早く登校してやろう。その時、清掃用ロッカーに結界魔法もかけて…。となったら、ギャルの恰好しなきゃだよね。今日の恰好だと効果が薄かったもんな~。… ああそうだった、モンスターに、野良ダンジョンの入り口! 社長に電話しなきゃと思ってたんだった。今すぐ…


「今北産業」


 スルっと目の前に香坂が現れて、思わずビクッとした美月。そんな美月の横に、戻ってきた小川が座りました。


「注文済みなり」


「三行ない。一行じゃん」


 小川の返事に香坂は笑いながら鞄を漁って、小さな紙袋を美月の前に出しました。


「これ、ミズッチにあげる。ワタシとユイチーからプレゼント」


 え? プレゼントって、なんで私に? 貰う理由がないと思うんだけれど。


 小さな紙袋を前に困惑している美月に構わず、香坂はその袋を自分の手で開けました。


「さっき、学校でつけたリップだよ。とっても似合ってたしぃ、気に入ったみたいだしぃ、なにより好きぴに「似合ってる」言われたんしょ。だから、使って」


 とたんに、美月の頭の中で「とてもお似合いですよ」と、黒崎先生の声が響きました。表情つきで。


「違う、違います。黒崎先生は先生であって、好きぴじゃないです。それに、こんな素敵なリップ…」


「それな。先生と生徒のBIG LOVEはマズいもんね~。でも、BIG  LOVEなんだから、しょうがないっしょ。だ~いじょうぶ。皆にはキチョるから」


 「BIG LOVE」は恋愛の事だったよね。「キチョる」は内緒だったかな? いやいや、内緒もなにも勘違いだって。香坂さん、そんなプルプルの唇に人差し指をあてて、可愛らしいポーズをとられても~。


「これプチプラだから気にしないで。使い切ったら、次は自分で買ってな」


もちろんです、小川さん。


「黒崎先生の事は、先生としか思っていません。でも、どうして私に?」


 なんとか、言いきれた。小川さん、ふ~ん… て顔しているけれど、分かってくれたかな? 香坂さんは無理そうだけれど。


「ミズッチってさ、変わってるよね。なんでアタシらを観察してんの?」


 上手く覗き見が出来てたと思っていたんだけどな。小川さん、観察力が高いのかな? まぁ、ジロジロ見られていたら嫌な気持ちになるよね。怒って当然。


「えっと… ごめんなさい」


「あ、おこでも激おこぷんぷん丸でもないよ。おこなら、プレゼントなんてしないし。ただ、聞きたいだけ。興味?」


 香坂さんがニコニコ笑いながら言ってくれたけれど、怒ってないの? … ここは、素直に言った方がいいかな。


「メイクとかネイルが可愛いし、カッコいいし、皆でいつも楽しそうだなって思って」


 メイクとかネイルとか、ギャルっぽい事は勉強させてもらっています。


「ほら〜! アタシの言った通りじゃん! やっぱり、ミズッチはギャルやりたいんだよ」


「声かければいいじゃん」


 香坂さんと小川さんが、同時に言いました。


「あ、そこまでは望んでいないです。見てるのが好きなの。見ているだけでいいの」


 「ストップ」と手を向けられた香坂と小川は、「え?」と驚いた顔を見合わせました。


「やっぱり、変わってる」


 小川さん、呆れちゃったみたい。でも、私の髪をいじり始めたから、気分を悪くしたわけじゃないよね。どんな髪型にしてくれるんだろう?


「でもでも、このリップでアゲぽよだったじゃん」


 香坂さんてば、そんな拗ねたような顔をしなくても…。でも、このリップは嬉しかったな。


「うん。リップ一つでこんなに変わるなんて思ってもいなかったから、ビックリしちゃった。嬉しかった。ありがとう」


 あれ? 変な事、言ったかな? 二人とも黙っちゃった。


「ミズッチて、本当に普通だよね」


「あ、うん。普通です」


 香坂さんに言われて、変な返し方しちゃった。


「普通だから、アタシと楓がミズッチにプレゼントしたかったんだ」


 … よく分からない。


「ミズッチさ、私達ギャルにも普通に話しかけてくるっしょ。ミズッチの普通、ちょい根暗っぽいよね。ほとんど下向いて、オドオドしてて」


 はい、そうです。基本、人に見られるのが苦手だから。まぁ、そんな私がよく生配信なんてやっているなぁ~と、自分自身驚きですよ。アイの恰好じゃなかったら、絶対に無理だよね。でもそう考えると、私も二面性があるのかな? 黒崎先生みたいに。… 黒崎先生かぁ。あの人、本当に何者なんだろう? いや、あの剣捌きに身のこなし、私を庇ってくれた時の感触… 私の知っている人の中で合致するのは一人しかいないんだよね。


「で、急に考え込むところも変わってるよね。ミズッチの思考回路って、どーなってん?」


 パン! と小川に目の前で手を叩かれて、美月はビクッと思考を中断させられます。ビックリした~と、胸を押さえる美月を見て、小川は自分の頭に人差し指を立ててクルクルと回しました。


「ワタシらよりシナプスの数が多いんしょ」


「楓、それ、絶対に違うとおも。話、戻すよ。ミズッチはさ、アタシらギャルにも普通だし、かと思ったらさっきみたいにギャル語の分からんとこ聞いて、分かろうとしてくれるじゃん」


 はい。ギャルを理解することは、私にとって死活問題ですから。


「そこが、うれしみ。ギャルの恰好しているだけでさ、汚いものを見る様な目で見る奴も少なくないから。まぁ、他人に迷惑かけてる自覚はある。普通が一番うれしみなんだよ」


 それを言うなら、香坂さんや小川さんも同じだよね。ギャル仲間じゃない私に、普通に接してくれてるよね。


「ワタシらの事ガン見してるから、ギャルになりたいのかと思ったのに~。かわちぃ思うなら、ミズッチもやればいいんよ」


「あ、結構なんで。香坂さんや小川さんを見ているだけで満足… だったんですけれど、今日、このリップを塗ってもらった自分を見て、いつもとちょっと違う自分が恥ずかしかったけれど、嬉しかった。嬉しくって、明日、香坂さんにどこで買えるのか聞いてみようとか思ったりもして…」


 でも、ダンジョン以外でギャルはいいかな。とは思う。


「ミズッチ、かわちぃ~。んじゃ、そんな見るだけギャルのミズッチに、今度はネイル教えたげる~」


「うん。よろしくお願いします」


 こんなに香坂さんと小川さんと話したのは初めて。リップを探している時間も楽しくって、注文したモカとベイクドチーズケーキが予想以上に美味しくて、小川さんが作ってくれたハーフアップのお団子が可愛かったり


「クルクルドライヤー使うのが面倒な時はこれ」


 て、見せてくれた動画が、空のペットボトルを使って時短で巻き毛セットが出来るもので驚いたり…


「女子高生満喫した…」


 ああ、自分のベッドがこんなにも幸せな場所だったと再認識。何だろう、この今まで感じた事のない疲労感。同じぐらい、満足感もあるけれど。制服ぬがないと皺になる。お風呂にも入りたいし、お夕飯も食べたい。今日のお夕飯、何だろう? お祖母ちゃんの作った太刀魚の天麩羅が食べたいなぁ…。


 帰宅してすぐにベッドに沈んだ美月は、あれやこれと考えながら心地いい疲労感から来る睡魔に、トロトロと飲み込まれて行きました。


 美月、今日一日の体験量は完全にキャパオーバー。でも、楽しい事も多くて、良い夢が見れそうです。肝心な事、忘れているみたいだけれど。Next→



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