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第31話 機密情報漏洩はランチの後で

第三十一話『機密情報漏洩はランチの後で』


 あんな小さなUSB一つに、私の今後が左右される。「USBに」じゃなくて、「中のデータに」ってことだけど、流れ的にはダンジョン探索、ここ最近の探索データだろうな。それなら観たい! 観たいに決まってる! あのダンジョンの反省会もしていないし、他の人の配信も観れていないんだもの。観たいに決まってる。でも観た後、何かしら選択を迫られるのかな? そうなったら、私に拒否権はあるのかな?


 クラブサンドを食べながら、美月は悶々と考えていました。


「観るのは、怖いですか?」


 目の前でパンケーキを食べながら、黒崎先生が聞きました。


 ナイフとフォーク、器用に使いこなしてる。一口大に切った生地に器用に生クリームと果物を絡めて、口までスムーズに運んで… ホテルのディナーを食べているみたい。ってか、そんなに甘いの、よく食べらるなぁ。私、甘いのが苦手なんだよね。ダンジョン配信者のオフィシャルファンブックには「甘いものが好き」て、載せているけれど。だって私の中で、ギャルって甘い物が好きなイメージだから。


「そりゃぁ、怖いですよ。人生を左右されるって言われたんですから、身構えますよ」


 怖いけれど、観たい! でも、観た後にあり得ることは何だろう? 私のダンジョン保険レベルは4だけれど、危険だから未成年も探索中止とか? いやいや、それなら、動画を見せなくてもいいよね。見せるってことは、逆に『原因の調査』をしろ。とかかな? でも、暫くは単独探索は駄目なはず… あ、そうじゃん! 私、保険クリアしてても、ダンジョンに入れない! なら、この映像を見て意見出しやらアイデア出しやらの後方支援しろって事? やれって言われたらやるけど、ギャルでも探索者。探索者は現場に入ってなんぼじゃない? やっぱりダンジョン入って、自分で探索したいな〜。… 年齢詐称しちゃおうかな。


「脅しが過ぎましたね」


 黙々とクラブサンドを食べながら、視線は真っ黒のモニターを見つめながら悶々と考え込んでいた美月に、黒崎先生はクスリと笑ってそのモニターを再稼働させました。


「えっ?! 脅しだったんですか? 酷いです」


 黒崎先生の言葉にホッとしながら、美月はワクワクとモニターを見つめ直しました。


「「ながら」食事は消化に悪いですからね」


 いや、言い方。色々考えちゃったから、データ観ながら食べても同じですよ。クラブサンドの味、分からなかったもん。


 リモコンを操作している黒崎先生の横顔を見ながら、心の中で突っ込んでいました。


 あ、先生、口元にクリーム付いてる。


 スッと自然に出た人差し指は、黒崎先生の口元のクリームを拭う前に大きな手に掴まれました。


 隙なしか!


「何か?」


 怒ってはいない。けれど空気がほんの少し、爪の垢位だけれど、ピリッと緊張した気がした。いつもの柔和な表情だけれど、感情の読めない視線を向けられて、美月は少し怖くなりました。


「ク、クリーム、付いています。ご、ごめんなさい。気になっちゃって、つ、つい」


 何やってるんだろう、私ったら。軽率だった。急に触れようとしたら驚くし、嫌だよね。場所も場所だし。


「ああ、すみません。子どもみたいで恥ずかしいですね」


 ほんの少しの緊張感は消えて、表情もいつも通りに戻ると、握った美月の指先を引き寄せて


「取れました?」


 その指先で口元のクリームを拭うと、美月を見つめたまま、その指先を唇の先で軽く咥えました。ハムっと。


「あ… あの… は、はい」


 く、唇で… わた、私の指先…


 今までの思考を飛ばして、ポン! と顔を真赤にさせた美月は、落ち着こうと抹茶ソイに手を伸ばしました。黒崎先生はそんな美月を見てクスクス笑いながら、リモコンを再度いじりました。


 か、揶揄われた。完璧に遊ばられてる。


 美月はまだ火照っている顔を意識しながら、残っていた抹茶ソイを飲みほしました。


「ここからですね。ここからのデータは一ヶ月前からの探索になります」


 USBのデータが読み込まれて、画面が変わりました。美月の気持ちも瞬時に戻ります。


「あれ? これはさっきのダンジョンですよね? 探索者は違うけれど」


 見間違えじゃないよね? うん。マップを見ても同じダンジョンだ。


「ここ。先程開かなかった扉なのですが…」


「開いた」


 あれだけ押しても引いても左右にスライドさせようとしてもダメだったのに、すんなり開いた。


「ただの部屋だ。モンスターも宝箱もなしかぁ」


 残念。


「次はこちらのダンジョン」


 ピッと画面が切り替わりました。


「あ、こっちも開いた」


 また、ただの部屋。次もその次も、開かなかった扉が開いた。どれもこれも、ただの部屋だけど。


「… それとも、調べれば隠し扉とかあったかも? 皆、見渡して出ちゃうなんて勿体ないなぁ」


「深追いをして、怪我をするかもしれないリスクを回避したのでは? モニター越しでは分からない、現場に立っていないと感じられない臭いや風、雰囲気や緊張感がありますからね」


 うっ。 なんか、撃たれた感じ。確かに、確かにそうなんだけれど。


「で、でも、「かもしれない」で動かないのは勿体なくないですか? そもそも、ダンジョン探索なんて何があるかわからないのが前提なのだから、怪我の一つや2つはしょうがないことだし、そのための保険だし…」


「好奇心は、探検者にとって重要な要素ですね。けれど大人になると、好奇心にリスク回避がブレーキをかけてしまうんですよ。もしくは、腕に自信がないか。そこそこのレベルまでしかいけない探索者は、そのブレーキの動きが良いのと、腕を磨かないのですよね。けれど、リスク回避能力も大切ですよ。やたらに好奇心をむき出しにすればいいわけでもない。ある程度のリスクは回避して次に進む、もしくは無事に帰還する事も探索者にとって大切な事です。『好奇心は猫を殺す』と言います。要は、バランスだと思っていますよ、僕は」


 うっ、また撃たれた感じ。直感には従っているんだけどな。まぁ、直感にばかり頼るなって事だよね。経験から学んで、リスクを回避しなさい。て事だよね。


「あ~ら、随分と偉そうじゃない。貴方、リスク回避していたかしら?」


 頭上から不意に聞こえた声に、美月は慌てて顔を上げました。


「おつか… あ、こんにちは?」


 え~、なんで社長がここに? しかも、スーツじゃない。胸元にサングラスを引っ掛けた白いTシャツの上に、袖をまくったカーキ色のサファリシャツ、ボトムは白いパンツで裾をロールアップ。白いスニーカーに、髪もいつも以上にナチュラルセット。いつもとは違った存在感。


「こんにちは、美月ちゃん。お隣、失礼するわね」


 カルミア社長はニコニコと美月の隣に座ると、左手に持っていたトレーを目の前に、右腕に下げていた紙袋を横に置きました。トレーの上には温かなカフェラテと、ナッツの詰め合わせの小袋が3つ。


 「美月」の名前で呼ばれたから、仕事モードじゃなくていいのかな。あ、でも、観ているのは会社のデータだよね? たぶん。それなら、やっぱり仕事?


「していますよ、色々と。大人ですから」


 黒崎先生、余裕そうにココアを飲んでいるけれど、社長が来ること知っていたのかな?


「色々… ねぇ。それ(USB)、機密情報漏洩なんだけど。不正競争防止法違反と窃盗罪が該当するわよ。あ、未成年者略取及び誘拐と淫行罪もつけようかしら?」


 え? なに? 黒崎先生、黙って会社から持ってきちゃたの? 会社のセキュリティ、大丈夫なのかなぁ。

 しかもこの二人、仲が悪い? こんな所で雰囲気を悪くしてほしく無いんだけれど。… まぁ、いいや。データを持ち出したのは黒崎先生だし、下手に口を挟むのはやめて、私はデータの続きを見ていよう。これも、リスク回避だよね。


「データ持ち出しの許可は取りましたし、制服は着替えてもらいましたよ」


 美月は黒崎先生とカルミア社長の会話に耳を貸すでもなく、入って行くわけでもなく、一人モニターに集中し始めました。


美月、見たかったダンジョン映像にかぶり付きです。でも、探索者達の引きの良さにちょっとご不満気味。自分の目で見て、自分の足で調べたくってウズウズし始めました。Next→



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